八十五話 曹賊精神

おかしい…おかしいぞ…普通お客さんが来ていれば糜貞は誰なのかを教えてくれるはず。

糜貞が名前を言わなかったのはその人を知らないから?糜貞の知らない人なら誰だろう……


そう思いながら典黙は客堂に着いた。

そこで典黙が見たのは一人の女性の後ろ姿だった。

その女性はすらっと身長高く、高級材質だが造りは素朴な衣装を着ていて、長い髪を纏めて後頭部に巻いていた。


髪を巻いてるという事は既婚者か?そんな知り合い僕には居ないよ?


典黙が困っているとその女性は後ろに振り向いた。

振り向いた女性は高貴な気品を漂わせる美少女、巻き留められた髪で水墨画のような顔立ちが少しも惜しまずにさらけ出していた、柔らかい光沢が全身の露出した肌を包み、そこからは手入れが行き届いてる事が読み取れる

そして鼻の下を延ばした典黙の目に止まったのは良い形で熟した二つの胸器!

足元に落ちたもの拾えるんだろうか……


典黙「あの…どちらさんですか?」


このような童顔巨乳を現実で見るのは初めてだ!素晴らしい!


少女は軽い言葉遣いで

「伏寿です」


伏寿?伏皇後!

通りで十四五の見た目で髪を巻き止めてる訳だ、彼女は劉協皇帝の奥様だ!


典黙「皇後様はどうしてこのような場所に来られたのですか?」

拱手して訊ねる典黙はある程度要件を予想出来ていたが、あえて聞いてみた。


「あなたに会うためよ」

伏寿は水面のような瞳で典黙を見詰めた


「えっ!?僕はただの東観令でございます、何故わざわざ僕のような小物に会いに来られたのでございましょうか?」

どうせ味方に付けるための勧誘でもしに来たんだろう…

そう思いながらも典黙はわざと酷く驚いた様子を見せた。


そして典黙は椅子を二つ持って来て伏寿を座らせてから自分も足を組み椅子にかけた。


「やはり東観令では満足がいかないでしょうか!実は陛下も先生のような大才を惜しみ協力したいとおしゃっていました。曹操を補佐してもこのような閑職を与えられるのは屈辱でしょうか!もしその気持ちをお持ちであれば是非とも協力させて頂きたいです!」

伏寿は感情を顕にしながら演説を繰り広げたが典黙はその話の大半を聴き逃していた。

彼は今目の前の激しく揺れる二つの胸器に目を奪われていたから。


典黙「素晴らしい…!」


しめた!

典黙の呟きを聞いて勘違いした伏寿は内心とても喜んでいた。


若くして才覚を現す者は大体警戒心が強く、お高くとまり、何者も眼中に無く、傲慢で自尊心が高いから一筋縄では行かないと、出発する前に劉協から散々注意を促されていた。


思ったより簡単に解決出来そうだ!

自信で胸を膨らませる伏寿は自ら椅子を典黙の隣に運んで座った。

「そして何よりも今の曹操は名声を手にしています!先生の助力を得て他の諸侯を一掃すればきっと陛下を排除して帝の位を奪い取ると思います!そうなれば先生も危ういじゃありませんか?飛鳥尽、良弓蔵の理を先生も知っているはずです!そうなれば陛下と私も危ない目に会うかもしれません…!」

必死に事の重大さを伝えようとした伏寿は前のめりになって典黙へ語りかけた。


「おおう!!お守り致します……!」

典黙は相変わらず話の内容は耳に入らずに目の前にある果実の揺れる姿に釘付けになっていた


今典黙の価値観が大きく変わろうとしていた。人妻を愛する曹操を今まで理解出来なかったが、この時彼もまた曹操の精神を受け継いだ!


もし曹操が伏寿に対して何かをするなら典黙は全力で止めるだろう!


「ありがとうございます!でも先生のその気持ちは私だけでなく、天下百姓に対しても同じようにして欲しいです!陛下と私は信じています!先生が陛下を補佐して頂ければ大漢王朝は再び栄光を取り戻せます!」

伏寿は満足そうに頷き大詰めに入ろうとした。


しかし典黙は微笑み、首を横に振った。

「皇後様、僕はただの東観令です。陛下の補佐など僕には荷が重すぎます」


伏寿「どうして自分を卑下するのですか?あなたの補佐で曹操と談笑の間に幾千万の敵兵を屠り去っていると聞いてますよ!そんな嘘は私には通じません!」

伏寿は少し怒った風に典黙を問いただした。


典黙「はァ…正直、僕はただの東観令で満足しています。それに中立な立場に居れば平穏な日々を送ることもできます。何で自分からそんなめんど事に首を突っ込まなきゃ行けないんですかね?」


典黙はダルそうに背もたれにもたれ掛かり

「飛鳥尽、良弓蔵、狡兎死、走犬烹。飛ぶ鳥がいなくなったら弓をしまう、兎を狩り尽くしたら猟犬も食べてしまう……曹操は確かにそうするかもしれないが、陛下がそうしないと誰が保証できるのですか?陛下はあの大漢高祖の血筋を引いていますね…張良、韓信などの話をご存知ですか?」


伏寿は言葉に詰まり典黙を見つめていた、まさか自分の言い分を利用して反論してくると思わなかったから。

この時点で彼女は初めて典黙の警戒心に気づいた、僅か十四五の小娘が麒麟を落とす所か届いてすら無かった。


父上の言う通りだ...やはり一筋縄では行かない…

「なら天下百姓のためだと思ってください!陛下に助力すれば陛下はもちろん、天下百姓も又先生に感謝するでしょう!劉家を助けたと歴史に名を刻む光栄を欲しくないですか?」


典黙「皇後様は何か誤解をされているようですね、僕は主公の元で策を進言しているのは乱世を終わらせ百姓に平和を掴ませるためであります!天下を掴むのは明君であれば誰でも良かったですよ。歴史に名を刻むね…そんな物は別に要りませんよ」


伏寿の目は失望から絶望へと変わって行った。

一体何でならこの男を動かせるのか…富、名声、権力に興味を示さない人など見た事も聞いたことも無い…


"全ての人は価値ある物の前で自分を売り渡す、典黙にとっての価値ある物を見つけなさい!"

伏寿は劉協から聞かされた言葉を思い出した、彼女は未だ諦めてはいなかった。


伏寿「陛下は……なんでもしますと仰られました!私たちができる全ての事をします!ですからどうか望む物を教えてください!」

伏寿は最後の希望を全力で掴もうと誠意の込めた目で典黙を見詰めた。


"なんでもします!!!"

「なんでも…って、なんでもですか?本当に!?」

典黙は食らいついた!

普通皇帝に何でもと言われる事はありえない!

皇帝がそんな事を口にしては実権を握られる事になりかねないが典黙はそんな物に興味は皆無!

典黙は舐めるように伏寿の全身を見て、最終的にその眼光は伏寿の胸に定着した。


伏寿も世間知らずであっても馬鹿では無い、彼女は隠すように身構えて説教した

「大の男が功名そっちのけで異性にうつつを抜かすのは何たる事だ!」


典黙「いや〜天下の女子は多いけれども皇後様はただお一人です!」


伏寿は硬い壁にぶち当たると覚悟したがまさか壁ではなく違う物に当たると思わなかった。

彼女は袖を翻して

「ふざけるでない!あなたは未だ朝廷に入って間もないからこれ以上咎めはしないけど、よく考えてから決めてください!今日のところ一度帰ります!次会う時にいい返事を期待してますよ!」


伏寿は身の危険を感じたか、言い終わると逃げるように帰って行った。


なんという事だ…僕は一体いつからこうなってしまったのだ…きっと主公のせいだ!主公とよく話すから影響を受けてしまった!絶対そうだ!


帰る伏寿の後ろ姿を見て典黙は少し反省していた。

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