八十一話 生け捕り
真夜中の小沛城は叫び声や馬蹄の音で充満していた。
百姓たちは皆戸締りをして家の中でおびえていた。
通常、虐殺さえ起きなければ家の中に居るのは基本的に安全だ。
つまりこの乱戦で自分たちと違う装束を身に付けたものは皆敵。
呂布は目の前の障害になる者を薙ぎ倒して街頭を駆け抜けた。
「温侯!文遠が本隊を連れて南門に退却しています!ここは任せて文遠の所へお急ぎください!南門で合流しましょう!」
軍営に着くと陥陣営は殿軍の責務を果たして曹軍の大半を足止めしていた。
「よくやった伯平!あとで合流しよう!」
ほぼ無傷の高順と陥陣営を見て安心した呂布はすぐさま南門へ向かった。
南門では張遼はまだ奮戦していた、陥陣営の援護があるとはいえ、人数ではまだ曹軍の方が圧倒的に有利。
殿軍の陥陣営を相手に曹軍は大盾で防衛を固めながらそれを包囲する陣形を組み、進み続けてやがて完全に陥陣営を包囲した。
「温侯呂奉先参る!」
一声咆哮の後、寒光を帯びた方天画戟が七八名の騎兵を薙ぎ倒した。
呂奉先の三文字が戦意喪失した兵士たちに勇気を与えた、逃げ回っていた彼らは再び心を一つにして必死な抵抗をし始めた。
呂布が曹軍の陣列に一人で突っ込み、方天画戟を素早く振り回し、速すぎて残像しか残らない。
踊る戟影はほんの一瞬だけで周りの曹軍兵士たちを屠り去った。
呂布は曹軍の陣列を掻き乱しながら兵士たちを吹き飛ばし、残肢断臂と恐怖を撒き散らした。
小動物のように蹴散らされる兵士たちを見た曹純、曹真、曹休は三方向から呂布を囲い攻撃を仕掛けるが
呂布は方天画戟の端っこを片手で持ち、攻撃範囲を最大限にして頭上で円を描くように振り回した。
曹純と曹休の馬がそれに驚いて仰け反り、二人を振り落とした。
カキーン!パキッ
曹真は大刀で防いだが火花が散ったあとその大刀の柄は呂布の蛮力に耐えきれずに折れて、曹真はその衝撃出吹き飛ばされた。
如何に天下無双の呂布も、結局その一人の力で戦況を覆すことはできなかった。
人混みの中で陳宮と自分の家族見つてけると諦めて、小沛を手放す事にした。
「撤退だ!」
呂布は自ら南門の前に立ちはだかり、殿軍を務めた。
「この門を通りたくば俺を倒してから行け!」
曹軍は呂布を取り囲みはしたが誰一人前へ出る度胸はなかった。
残念な事に、呂布の威圧に立ち向かえる猛将はこの場にいなく、呂布は敗走するのに勝ち誇った顔で振り向き、南門から出て行った。
そして立ち去る呂布は陥陣営と高順の事をスッカリ忘れていた。
小沛の軍営では陥陣営は完全に取り囲まれていた、その周りに何千にも及ぶ曹軍の死体が山のように積もっていた。
如何に最強の陥陣営と言っても彼らは不死身では無い。
高順は負傷し、七百あった陥陣営の騎兵も、未だ馬に跨ってるのは五百程度。
「頃合だ、温侯たちは無事逃げられたんだろ…俺らも南門に向かうぞ!」
息が上がり、目にかかった返り血を袖で拭きながら高順はまだ呂布の安否を心配して撤退を命じた。
陥陣営は連携を取りながら常に負傷兵を中央に配置し南門に向かった。
曹軍の包囲網もその動きに合わせて移動をし続けた。
南門に着く頃には城門は既に固く閉じられ、無数の漁網が城壁から投げ込まれた。
防御力重視で機動性に欠ける陥陣営にとってそれは致命的だった。
陥陣営の兵士たちは刃物で網を切り裂こうとしたが大量の網を捌ききれなく、やがては繭のように絡まり、身動きが取れなくなった。
「高順!主公はお前の才能を見込み、生け捕りを命じられた!無駄な抵抗を止め降参しろ!」
城壁に居る楽進が得意気に高順を見下ろしていた。
楽進の隣には数百名の弓兵は既に火矢を構えていた。
陥陣営の周りは曹軍の包囲網はどんどん範囲を狭めていた。
ほんの数時間前まで呂布は二万の大軍を有していたが、今では五千前後の敗残兵しか残らない
唯一の救いは曹軍の追手が来ていないこと。
「先生、袁術はそれなりの勢力を保有している、本当に我らを助けてくれるのか…それに虎牢関では少なからず恨みも買ってるし…」
反復無常の袁術に対して呂布は少し心配していた。
「心配ご無用、袁術は兵力こそ多いが、それらをまとめられる猛将を持っていません。温侯がその勢力に参加するのは喜ばれましょう!しかし、今の状況では同盟は望めないでしょう…軍門に下るという形になりますが…」
人の下に着くのか…呂布はしばらく黙り込んだ
「配下に加わるのは少しの間だけです、天下情勢に変動があれば、機を伺い、独立はまたできます!気を落とさないでください」
ショックを受けた呂布を見て陳宮は慰める
「気を落とした訳では無い、悔しいのだ…笮融の卑怯者め…」
呂布は悔しかった。
当時から笮融の事を良く思わなく、曹豹に追われる彼を見殺しにするつもりでいたが、結局は人望を気にして笮融を受け入れた。
それ全体が典黙の策とも知らずに。
「笮融はただの捨て駒のようですね、この一手を打って来たのは間違えなく典黙です。きっと彼は彭城を落とした時から温侯の心理を読み解き、曹豹に笮融を追わせ、埋伏の毒を仕掛けて来ました。常に数手先を予測し、笮融の様な役立たずをここまで使いこなせるとはな…一体彼の碁盤はどこまで広いのやら…」
呂布は陳宮を不思議そうな目で見た。
陳宮は本来他人を褒めたりしない性格だが、典黙を褒めるのはこれで三回目。
ゴロゴロ…
二人が話しながら進むと隣の山から轟く音が響き渡る。
山の方を見ると大量の岩や大木の丸太が転がり落ちて来た!
多くの兵士は岩に当たり吐血して死んで行った
更に運が悪い人は丸ごと潰されていた。
騎兵が驚いた馬をなだめている間に矢の雨が降り注ぎ、一瞬にして左翼の騎兵が殆どハリネズミのようにされていた。
一連の襲撃で五千あった敗残兵も残り僅か二千程度。
張遼「敵襲だ!避けろ!」
張遼は注意喚起をした直後に四方八方から曹軍が蟻のように群がって来た。
その曹軍を束ねる武将を見ると呂布は驚いた
呂布「張繍!!」
張繍「ご無沙汰だ、呂布。主公の命により、ここでお前の首を貰い受ける!」
張繍は虎頭湛金槍を構えて、総攻撃の準備を整った。
張繍の率いる曹軍は八千前後だがその多くは歩兵、騎兵は千人程度だった。
これなら勝つのは無理でも包囲網を突破するのは可能。
少し安心した呂布は方天画戟を構え
「文遠、子芽、子望!お前らは突破しろ!俺は張繍をぶっ殺す!」
張繍個人の武力が弱くない事を呂布は知っていた。
当時李傕と共に長安を攻めた時に呂布は張繍と矛を交えた事がある、北地槍王の通り名は伊達じゃない。
それでも天下無敵の呂布からしてみれば、油断しなければ張繍一人を討ち取るのは難しくない。
「はい!」
張遼、郝萌、曹性らは返事し、騎兵を連れて包囲網に突っ込んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます