八十話 陥陣之志

笮融は三百名近くの手下と共に残りの門番に立ち向かった。


手下たち「あれを見ろ!仙人様の奇跡だ!」

その手下たちは敵門番の注意力を逸らしてから突撃を仕掛けた。

戦闘力こそ低いが人海戦術と奇策により笮融たちはすぐ城門を制圧した。

そして数百名の叫び声により門番たちの救援の声も消された。


城壁の衛兵たちが子寂灯を見てる間に笮融は三本の閂を外して重い城門を開いた。


副官が隣で松明を振り回すと、その明かりに夏侯惇は気づき、槍を片手で突き出して

「笮融の合図だ!行くぞ!」


夏侯惇の部隊が城門前に到着してから衛兵たちはやっと気づいて

「敵襲!敵襲!矢を放て!太鼓を鳴らせ!」


雨のように降り注ぐ矢は数百名の曹軍を射抜いたが、洪水のように流れ込む二万の大軍にとっては大した損害では無かった。


夏侯惇「文謙、先に関門を制圧しろ、その後は奉孝先生の指示通りに南門へ向かえ、やる事はわかってるだろ!」


楽進は馬から降りて剣を抜き

「あぁ!任せて!」


楽進隊が去った後夏侯惇は周りを見渡し

「笮融!どこにいる?速く!」


すぐ近くの民家から笮融は出て来て手を振りながら走って来た

「ここです!」


夏侯惇「軍営へ案内しろ」

「俺に続け!」

夏侯惇と合流した事で笮融はまるで歴戦を経験した猛将のように雄叫びを上げながら先頭を走る。

八千の騎兵が笮融の先導で街道を通り小沛城の軍営に着いた。


笮融「さぁ!目の前が敵軍営!いいかお前らよく聞け、三股戟使いの左頬に切り傷があるのは高順だソイツを殺せ!」


夏侯惇「もういい、邪魔だ退け!」


笮融「あっ、はい!気をつけて行ってらっしゃい」

当然のように笮融は突入部隊に参加しなかった

彼は後ろで手を振り夏侯惇たちを見送った後街に戻り、馬を縛って置くと暫く歩いてあまり目立たない民家に身を隠した。


さすが笮融さま、保身を考える事だけで言えば

おそらく賈詡なみだ。


呂布軍営では突然鳴り響いた襲撃の物音に皆急ぎ起き上がり、慌ただしく武器や鎧を探していた。


もちろん間に合うはずもなく、夏侯惇、于禁、曹純が既に軍営内で屠殺を始めていた。

三人の騎兵部隊が軍営内を駆け巡り、呂布軍の兵たちを馬で踏みつけ、槍で貫き、大刀で切り裂いた。


起きたばかりで状況を理解できないまま腕や足を切り飛ばされた兵士たちは彷徨い、叫びながら自分の残肢を探す者、馬に踏まれてお腹から腸等の臓物を腕で抱える者。


それらを見た曹純と于禁らは尚更興奮し焚き火を飛ばし、軍帳などに引火させて更に大きい混乱を作り出した。


「伯平、このままだとまずい!俺が時間を稼ぐから一刻も早く陥陣営を招集してくれ」

張遼は五百の兵を率い曹軍を食い止めに向かった。

この状況では混乱を安定させるには陥陣営のような強力な戦力が必要不可欠、でなければ士気が下がり切って全滅は回避不可能になる。


高順は無言で三股戟を担ぎ、奥へ走り去った。

陥陣営の所へ行くと既に兵士たちは準備を整い、周りの混乱をものともせず、命令を待ち続けていた。

高順は用意された馬に飛び乗り、三股戟を掲げ

「行くぞ!」とだけ言った。


馬の蹄まで鎧で装備された陥陣営はまるで鋼鉄の雪崩のように高順の跡を続いた。

「陥陣之志!有死無生!衝鋒陥陣!有我無敵!」

声を揃えて叫ばれた訓示は周りの悲鳴をかき消した!

陥陣営が中央軍帳へ到着すると、すぐさま曹軍へ突撃を仕掛けた。


曹軍の騎兵も精鋭ではあるが陥陣営の前では全く歯が立たなく、戦況は主導から互角へと変わり続ある。


自軍の攻撃が陥陣営の鎧に当たり、僅かな白い傷跡しか残らない。

曹軍はやがて士気が下がり、だんだん押され気味になり始めた。


陥陣営は五人一組に別れて曹軍の陣形に入りその陣形を崩し始めた。


夏侯惇は辛うじてその一人の喉笛を銀槍で貫いても、刺された陥陣営の兵は殺意の目を夏侯惇に向け、血反吐を吐きながらその槍を固く握り、隙を作った。

仲間の死を踏み台に残りの四人は左右から夏侯惇を目掛けて全力で攻撃を仕掛ける。


少しでも油断をすれば命が危ないと知った夏侯惇は応援を求める

「文則、文烈、子和、子丹!手を貸せ!」


「おう!」

乱戦の中于禁、曹純、曹休、曹真らが四方八方から駆けつけた。


戦場で陥陣営に出くわせば名の通る武将ですらお互い背中を預け保身を最優先にしなければならない。


陥陣営は最強の特殊部隊に相応しい働きをした。

彼らが乱戦に入って間もなく交戦する曹軍は勢いが無くなり防戦へ転じた。


しかし他の呂布軍は依然として圧倒されていた。

張遼の様な統率にたける武将ですらこの局面を打開しようと隊列を組む間もなく、曹軍の騎兵に切り崩されていた。


このままでは陥陣営以外は全滅だ…

高順「文遠!引け!俺が殿軍を務める!」


「退却!この張文遠に続け!」

張遼、郝萌、曹性らは自らの名を叫び、それを目印にして撤退を始めた。


将軍府では、準備を整い手に方天画戟を持った呂布は赤兎馬に跨り、軍営に赴く時に陳宮と会った。


陳宮「温侯!笮融が今回の事件の発端です!その正体は典黙が遣わせた間者で、城門を開き曹軍を手引きしました!」


呂布「笮融め!何処にいる!頭をかち割ってやる!」

陳宮「逃走した模様です!今我が軍営では混乱していて、先程文遠が敗残兵を率い南門へ向かうのを見ました!温侯はそこへ向かってください、何やら嫌な予感がします!」


こんなにあっさり負けを認めるのは呂布の性格には合わない。

やっとの思いで小沛を手にしたのにそれを捨て、また逃亡の道を行くのは認められない!


陳宮は呂布の気持ちを読み取り、再三にわたり勧告をする

「温侯!もう時間がありません!今は我が身を第一に考えてください!ご自身が無事であればいくらでもやり直せます!」


呂布「公台、俺の家族を連れて南内に向かえ!俺は伯平の所へ行く!」


陳宮「温侯!温侯!」


立ち去る呂布を止められなかった陳宮は仕方なく将軍府へ入った。


陳宮はかつて曹操に仕えた時に自分の家族を棄てたのに、今は他人の家族を救わなければならない…


陳宮「お嬢!急いでください!奥様たちを連れて南門へ向かってください!」


呂玲綺を見つけた陳宮はすぐさま避難場所を伝えた。


呂玲綺「母たちは身支度している、急がせて来る!」

暗紅の皮鎧を身に付け、手に方天画戟を持った呂玲綺は家族の護衛を一身に引き受けていた。


陳宮「こんな時に身支度してる場合か!万が一曹賊の手に落ちればどうなる事やら!」

呂玲綺「先生の言う通りだ!今すぐ連れて来る!」


曹操の癖を聞いた事がある呂玲綺はハッとして急ぎ厳氏と何名かの婦人を連れて来た。

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