七十九話 子寂灯
小沛とは後から変わった呼び名で、秦末漢初期ここは沛国郡と呼ばれていて、五つの県がある。
呂布は小沛の治所の沛県に居る。
沛県内笮融は汗だくで巡回をしていた。
笮融は彭城から連れて来た仲間たちと荒い息をついて大きな木を見つけサボった。
「ったくよ、彭城に居た頃は陶謙も公子も私に礼儀正しくしていた、劉備すら私を引き抜こうとしたというのに。呂布ときたら私を巡回させるなんて」
笮融は唾を吐き捨て愚痴を零していた。
「ふんっ卑怯者呂布め、いつかは滅びる」
笮融は徐州に居た頃は陶謙の門客として人数を掻き集めて自分の勢力を作っていた。
少し名が通る彼を皆は建て前上"先生"と呼んでいた。
小沛に来てからは治安維持の巡回を任せられる事に不満を感じていた
「笮融殿、声を押さえてください。ここは市中、誰かに聞かれたらまずいです」
笮融の副官が注意を促した
少し涼んでいると急に馬鞭が飛んで来て笮融の背中に直撃した。
衝撃と焼けるような痛みが笮融を高く飛び跳ねさせた。
笮融「誰だ!この笮融様をよくも…」
「いい天気ですね!」
下手人を見ると笮融は背中の痛みを我慢して媚びた笑顔を見せた。
その相手は呂布の右腕、鬼教官の高順である
高順は鞭を振り下げて、ゴミを見る目で笮融を見下ろした。
「先に言っておく、ここは徐州では無い、軍には軍規がある。温侯より巡回を命じられながらもここで油を売るのは杖刑十回だ!」
笮融「お許しください、お願いします」
高順「ダメだ!」
笮融「…さすがは高順殿!軍規を厳密に決めていると、私は徐州に居た頃よりお噂を聞いております。そんな将軍殿に対する尊敬の念はまるで長江の水のように絶えず、又は氾濫した黄河のように抑え込むことができません!この度の杖刑は一先ず預けていただいて、また今度に精算しませんか?」
高順「ダメだ!」
笮融「…さすがは高順殿!賞罰の…」
高順「さっさとやれ、俺が直々にやってもいいんだぞ!」
結局笮融の媚びる言葉は高順に通じず、自分の部下に杖刑を執行された。
高順は手を抜いて執行した事は見逃してあげた
大敵を目の前にして猫の手も借りたいから。
刑罰を見届けた後高順は冷たく
「二度と俺の前でそんな気持ち悪い事を言うな、俺は陶謙とは違う!そんなんだからお前は曹豹に追われたんだろう?」
吐き捨てるように言い、高順は去って行った。
遠ざかる高順を見て笮融は背中の痛みを我慢して冷笑し
「お前に何がわかる、曹豹が私を追ったのはお前らに見せるための演技だよ。くくくっ、そう!全ては典軍師殿の策なのだよくくくっ…」
負け惜しみを顕にする笮融を見た副官たちは笑いを堪えずに吹き出した
笮融「おいっそこ、笑うでない!必ず高順に復讐してやる」
副官「はい!その通りです!」
笮融は副官の肩に手を乗せ
「私が武勲を立てばお前たちも美味しい思いができるぞ」
副官「笮融殿、私たちはここへ来てもうすぐひと月が経ちます。軍師殿の合図はいつ来ますか?」
笮融は水袋を口へ運びゴクゴク飲んでから
「軍師殿は常に人の心を読み解き、呂布のような頭の単純なヤツは弄ばれるだけだ。私ならその策の真髄を読めるがな」
副官「はぁ…なら、今回の作戦の真髄とは何でしょうか?」
笮融「お前たちに話すのはまだ早い、今は知らなくてもいい事だ。とりあえず今は軍師殿の合図を待ち、門を内側から開ければそれでいい」
副官「はい!わかりました」
当日夜、彭城より騎兵部隊が静かに小沛城の隣に位置する森へ隠れ込んだ。
厳重に警戒されている城を見て、曹操は静かに郭嘉へ質問した
「奉孝、彭城の戦い以来ここ小沛もまた警戒を怠らずに居た。手紙などは届くはずが無い、一体どのようにして敵にバレずに合図を送るのだ?」
郭嘉「ご安心ください、子寂が彭城から出発する前にその方法を遺して置きました」
郭嘉は手をかざすと数名の兵士がある物を持って来た。
曹操「これは一体?」
運ばれてきた物を見るとそれは竹で編まれていて、上に帆布を縫い、真ん中に七輪の様なものが置いてあった。熱気球であった。
郭嘉「僕も今まで見た事がない物です。子寂灯と言うらしい。子寂の話によりますと火を灯せばこの子寂灯が宙に浮き天に昇り、遠く城内にいる笮融たちに合図を送れます」
飛ぶのかこれ?
曹操は色んな角度から子寂灯を不思議そうに眺めていた
曹操「墨家の機関術ですら飛ぶ物を作れないだろう。子寂は一体このような知識を何処で覚えたんだ…」
郭嘉「早速試してみましょう!」
郭嘉は頭上を見渡し、障害物になりそうなものがない事を確認して懐から火折子を取り出し、息を吹きかけて子寂灯に投げ込んだ。
すると、子寂灯の火油が勢いよく燃え、中にある羊脂と木炭の練り物に引火し熱風を撒き散らした。
帆布がゆっくり膨らみゆらゆらと浮き上がった
曹操、郭嘉、夏侯惇ら一同「本当に飛んだ…」
もはや典黙が天仙と名乗っても皆信じてしまうのだろうか…
天下統一したら子寂にもっと大きなのを作らせて、天上の白玉京の仙人の所へ連れてってもらおうかな…
曹操は妄想を膨らませていた。
ゆっくり浮き上がった子寂灯はまるで明星のように暗闇を押し退け、天に昇って行った。
小沛城ではこの異変に多くの人が気づいた、百姓たちも兵士たちも光を指差しざわついていて、多くの人は跪き参拝しはじめた。
子寂灯の光を見た笮融の口元は一抹の狡猾な笑みを浮かべ
「一ヶ月待った甲斐があった!待ちに待った合図だ!」
すぐ笮融は徐州から連れて来た三百名の手下を集め静かに門番の所へ行った。
門番「なんだ貴様らは!巡回兵の仕事はどうした?なんでここに居る?」
門番の蔑む口調をものともせずに笮融は門番兵の頭数を数えた。
門番兵の人数は二十名程度、それ以外の多くの兵は城壁に居てすぐには降りられない。
笮融は笑顔ふ振りまいて
「敬意を表して贈り物を一つお渡したいと思い参りました」
門番「贈り物?俺にか?それをはなく言えば良かったのに、どんな物だ?」
笮融「こちらにあります、ついて来てください」
笮融は態度を和らげた門番を連れて裏路地に入った。
そこで待ち伏せしていた副官が後ろから門番の口を塞ぎ短刀で刺し殺した。
笮融「これで邪魔するものがいなくなった。いいか、よく聞け。城門を開いたらすぐに隠れろ、今の格好でうろついたら間違えて殺されても文句を言えない!」
副官たち「はい、笮融殿について行きます」
笮融は壁から頭を出して異常がないことを確認して行動に移った。
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