七十八話 お主の番

彭城議政庁内、元帥の椅子に座っている曹操は疲弊した目付きでこめかみを揉んでいた。


典黙が離れて半月を過ぎて、曹操は少し彼のことが恋しく思った…ではなく許昌の方を心配していた。


「主公、そろそろ頃合です、これ以上待っていたら計画に変化が出るかもしれません」

郭嘉が催促しに来たのはこれで三日目。


典黙が離れてから曹操は少し優柔不断になっていた。

郭嘉はそんな曹操を見て一瞬冀州にいる袁紹の影を重ねた。


少し間が空いて曹操は髭を弄りながら

「もう少しだけ考えさせてくれ…」


「主公、もうこれ以上待てられません!!子寂が小沛に手配した布石も無駄になってしまっては意味がありません!」


曹操「許昌の方から未だ連絡が無い…どうしても心配してしまうのだ…」


程昱「子寂殿なら大丈夫です!それよりも呂布がこの計画に気づいたらそれこそ子寂殿に申し訳ないです!」

程昱の言い分には杜襲と陳群等も賛同した。


議政庁内では皆ざわついているがタヌキ賈詡だけは無言で居た、彼は誰からも反感を買わないように存在感を極限まで下げていた。


曹操はイライラし始めた、今までは典黙が居るだけで何事にも安心して取り掛かれた。


曹操は長く溜息をつき左右を見て皆が静かになるのを待った。

そして場に居る文官武将も次々と口を閉じて曹操の決定を待った。


静かになる瞬間を狙って曹操は大きく息を吸い込み趙雲の方を見て

「子龍!」


「はい!」

趙雲は前へ出て銀槍を右手に握ったまま拱手した。


曹操「騎兵を一部隊連れて許昌へ様子を見て来てくれんか?もし子寂に何か不測な事態が起きたら援護を頼む」


趙雲「…はい!」


郭嘉たちはガックリと肩を落とした。

趙雲は呂布戦において無くてはならない戦力、それを許昌へ向かわせるという事は計画が予定通りに遂行できない。


仮に布石が全て無事に発動できても、呂布を牽制できなければそれ以降の計略が無駄になってしまう…万事休すか…


ここ数日の間曹操は何をしても優柔不断、唯一の例外は許昌の状況を調べる偵察


伝令兵「許昌より緊急連絡です!」

趙雲が議政庁から出て行くより先に伝令兵が走って来た。

全員が注目する中で伝令兵は手に持った竹簡を曹操の手に渡した。


待ちに待った許昌の情報を、曹操はすぐには開かなかった。

曹操は深呼吸して震える手で竹簡を手に取りゆっくりそれを開いた。


暫くして曹操は天を仰いで

「天より遣わされた子寂、その働きは百万の兵以上だ!」


「主公、子寂は本当に三万の兵を退かせたのですか!?」

今日、タヌキ賈詡初めて言葉を発した


曹操は無言で竹簡を賈詡に渡した、そしてそれを皆に見せるように手で示した。


すぐ竹簡を中心に皆集まった

竹簡の内容は皆を笑わせたのでは無く固まらせた。


荀彧「子寂のこの戦、間違えなく歴史に記されるでしょ…」


典黙が彭城から出発した後郭嘉、賈詡、荀彧等の謀士たちは色んな予想を立てていた。


例えば典韋、許褚らが後方へ回りこみ補給部隊を断たせて大軍を撤退させるか。

又は典黙が偽兵の計で淮南軍の行軍速度を落とし、曹仁の援軍を待つか。

若しくは一騎打ちにより紀霊を討ち取って大軍を引かせるか。


彼らの予想はあくまで許昌を守るために淮南軍を撤退させる事だったが結果はその予想の全てを通り越した。

まさかたった二千の騎兵で大軍を全滅させたのか…

報告書は場の全員から言葉を奪い取った。


伝令兵「報告!曹仁殿の指示により敵将紀霊の首をお持ちしました!」


三軍主将である紀霊を討ち取った!これが何を意味するのかは言うまでもない。

袁術が暫く動けなければ間接的に曹操の徐州支配を助けたも同然。


郭嘉「…凄いな、子寂は…とても敵わないや…」

曹操「奉孝、お主竹簡をよく読んでいないな、続きをよく見ろ」

郭嘉「続き…」

郭嘉は竹簡の続きをよく見るとそこにこう記されていた。


【天生郭奉孝,豪傑冠群英,腹内蔵経史,胸中隠甲兵】


「お腹いっぱいの知識を持ち、胸に鎧兵を隠して豪傑たちを従わせる力を持っている…か。君に言われるのは少し恥ずかしいな」

郭嘉は言われたお通り最後まで読むと笑いだした

郭嘉「プッハハハハ…」


曹操「子寂に褒められるのは嬉しかろう!」

郭嘉「主公こそ続きをよく読んだ方がいいですよ」


竹簡を渡された曹操は更に続きを見ると最後こうに記されていた


【乱世梟雄曹孟德,用人不疑無人及,与之争锋谁力足,唯有天子与人妻】


曹操「ガハハハハハハ!確かにこの曹孟徳は梟雄だ!部下に任せた仕事を疑ったことも無かった!忘れていたよこの感覚を!」


曹操は再び闘志を燃やした、目に光が宿った!昔の多謀即決の性格を拾い直した彼は郭嘉に向かい

「奉孝!我らがここまで焚き付けられたのだ!全力を尽くして小沛を取って、子寂に自慢しよう!」


先までとまるで別人の様な曹操を見て郭嘉は固まっていた


曹操「次はお主の番だ!」

荀彧「奉孝、何をぼさっとしている?主公より許可が出たよ!」


荀彧に呼ばれて我に返った郭嘉は堂々と元帥卓まで行き、小沛周辺の地図を広げた。


郭嘉は既に印した兵種配合、伏兵場所、武将たちの役割分担を逐一説明した。

任命された武将たちも自信満々に承諾した。

その武将たちの中には降参したばかりの曹豹と臧覇の姿もあった。


曹操は常に疑わしい者を使わないが、逆に言えばその者を使えば決して疑わなかった。

その考え方を郭嘉も受け継いだのだった。


子寂がこの場に居たら兵の使い方は全く同じだろう!曹操はそう思いながら見て居た。


曹操「奉孝の布陣は気持ちが良いほど完璧!子寂の布石に奉孝の布陣…泣け!呂布め」


現段階では汝南は確かに袁術の手に落ちたが、小沛さえ手に出来れば汝南は穎川川(かわ)、陳留、瞧郡、小沛の四方包囲に入る!

袁術は戦略性の無くなる汝南を手放すしか無くなる!


そして汝南が再び手に入れば曹操は兗州、豫州、徐州の三地を名実共に治める。

天下十三州、その約四分の一を手にすればこの名ばかりの漢王朝で最強の勢力になる!


郭嘉「勿体ないお言葉です主公、これらは子寂のお陰です。僕は少し補佐をしただけです」


曹操「確かに子寂は思いつきでこの計画を思いついたが、布石しか打てなかった。お主の布陣がなければその布石もまた生かせられない。お主のお陰だ」


ここまで言われたんだ、謙虚すぎても良くない

郭嘉は拱手した。


曹操「勝算の方はどのくらいだ?」

郭嘉「ご安心を!布石の方は子寂の伝えた通りに進めてます。残るは武将たちの展開と僕の戦局判断です。九割九分かと思います!」


曹操「良し!いざゆかん!」

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