七十七話 あーれー

深夜の未央宮、金色龍袍に身を包まれた劉協は期待を胸に膨らませ、毅然とした目付きで遠くを眺めていた。

その左右には董承、伏完、王子服、呉碩などの忠臣も控えていていた。

もちろん彼らの顔も期待や興奮で満ち溢れていた。


劉協「準備は良いか?」

董承「陛下、ご安心を!既に整ってあります。このあと紀霊の大軍がこの許昌城を攻めれば我々は混乱に乗じて西門から脱出します!そうなれば天子の名のもとに諸侯を招集し、再び天下に君臨するでしょう!」

董承は胸を張り髭を撫で下ろし得意気に続けて言った。


劉協「よくやった!」

劉協は太腿をパンと叩いて喜んでいた。

この時を彼は長らく待っていた。


劉協「朕は唯一心配しているのは典黙だ。彼が兵を連れこの許昌に向かったと聞いている。何か不測な事態が無ければ良いが…」


董承「ご安心成されよ、典黙は確かに向かって来ていますが僅か二千の騎兵しか連れていないと聞いてます」


王子服「騎兵二千など三万の大軍を前にしては為す術なく散るだけでしょう!仮に淮南軍が何の抵抗もせずともそれを全部屠り去るのには何日も時間がかかります」

王子服は冷笑して典黙の事を気に求めなかった


王子服の話に多くの忠臣たちは頷いた。


劉協はやっと安心して合図の太鼓の音を待ち続けた。


横にある水時計のポタポタ落ちる音が皆の心を打ち続けていた。

この待ち時間がとても長く感じられた。


結局太鼓の音が鳴るのよりも速く長水校尉が急いで走って来た

「陛下!状況が変わりました!」


劉協は袖を振り緊張した顔つきで

「早く申せ!」


長水校尉「典黙が紀霊の大軍を城西にある軍営に誘い込み、その軍営に火油や硝石が仕込まれていました。昨晩火矢の攻撃によりその軍営は火の海と化し、淮南軍の大半がその場で焼き殺され、紀霊は残兵を連れ清風谷まで追い込まれ曹仁に討たれ、淮南軍は全滅との事です」


シーン

未央宮は再び静寂に包まれ水時計と呼吸音しか聞こえない。


しばらくして我に返った劉協が聞き返した

「三万の軍勢が全滅したのか?」


長水校尉「一人残らずです」

劉協「一晩で?」

長水校尉「戦闘自体は今朝未明まででした」


劉協は全身の力が抜け龍椅にもたれ掛かり地面に滑り落ちた。

彼もたま希望を見出し、そしてその光をつかみ損ねていた。


劉協は事実を受け止められずに気絶した、周りの大臣たちは急いで駆け寄り劉協の人中を押さえて目覚めた彼を起こした。


目を覚ました劉協は空虚な目付きで何か独り言をブツブツ言っていた。

「…くれた…本当にやってくれた…朕の生きる道を断ってくれた…典黙…」

やっとの思いで曹操の遠征を待ち、自由を手にできると思った劉協は心を痛めた。


今回のようなチャンスは二度とない事は劉協も理解した。


「なんという事を…僅か二千で本当に三万の軍勢を壊滅させるなど。ありえない…」


「曹操は何を考えてる!軍師を一人のさばらせて…メチャクチャだ!」


「紀霊も紀霊でなんで軍営の検査をしなかったんだ!それでよく三軍主将が務まるな!ワシの方がまだマシだろう!」


伏完、王子服、董承らは矛先を典黙や紀霊に向ける事で劉協を慰めるつもりでいたが、劉協からすれば傷口に塩のようなもの。


董承は伏完を横へ引っ張り耳打ちをした

「この状況は予想外だ、もうこれ以上待つことはできない」


伏完は泣きそうになりながらも

「わかっておる…陛下のため、天下のためなら仕方の無いこと…」


未央宮で嘆く劉協たちと時を同じにして、典黙の方は宴会がますます盛り上がっていた。

典韋と許褚の腹芸が場の全員を涙が出るほど笑わせた。

宴の終わる時が近づいて、李典と夏侯淵は捕虜の処遇を決めてから別れを告げた。

お腹に落書きを付けたままの典韋と許褚はお互いの肩を組み、今夜中に妓楼を落とすぞ!とか喚いていた。


泥酔状態に近い典黙も千鳥足で自分の部屋に戻り、上着を地面に脱ぎ捨てて布団に潜り込んだ


なんかいい香りがする…それに暖かい…糜貞が暖めてくれたのかな…お嫁に来てくれないかな


この夜典黙はとてもよく眠れた、夢の中での彼は曹操を補佐して天下を取らせて自分はハーレムを築いた。

そのハーレムの中には糜貞、蔡琰、甄姫、大喬、小喬、孫尚香、呂玲綺が居て皆仲良く暮らしていた。


「キャー!!」

心地いい夢を見ている最中に突然悲鳴が聞こえた。


「なんで君が僕の布団に入ってるんだ?何か用か?」

悲鳴に起こされた典黙は眠たい目を擦り糜貞を見た


薄い肌着を着ていた糜貞の長い髪が肩に掛かっていて、怯えた顔で典黙を見ていた。


典黙はハッとなり周りを見渡しておデコをパンと叩いた。

典黙「昨晩飲み過ぎて部屋を間違えたみたいだ…君は酔った僕に何もしていないよね」


典黙は謝るところかまるで被害者のように体を抱えて聞いた


「はい?まったく!信じられない!」

糜貞は両腕を胸の前に組み、典黙を問い詰める様子を見せた。


典黙はえへへっと笑って誤魔化そうとした

「まぁ大した事じゃないし、次徐州へ行く時にでも糜家に行って責任を取るから」


この話に糜貞は納得した、下女として典家に来た時から彼女はある程度覚悟していた。


典黙はスケベであると自白していたし、無頼だし、小狡い。

でもまさかこんな早くこの日が来ると思わなかった。

まぁでも正直な人だし、金目当ての劉備より見た目もいいから悪くない!


「じゃ、私は正妻ですか?妾ですか?」

唯一の心配事を糜貞は典黙に確認してみた。


典黙「それは兄さんが決めることだね、両親が居ないから兄さんが親代わりになる」


糜貞は流れに身を任せようと頷いて

「じゃ、これから兄さんの所へ行く?」


典黙「こんな時間だ、兄さんは未だ起きてないだろうな!それよりもまずは朝の鍛錬だ!」


糜貞「えっ?」


そう言いながら典黙は鼻の下を伸ばして糜貞の肌着へその邪悪な手も伸ばした。


典黙「うへへへ…良いでは無いか、良いでは無いか!もうワシのもんじゃ!」


糜貞「あーれー……」

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