七十二話 仕掛け

典黙は二千の騎兵を連れて三日分の食糧以外に何も持たずに許昌に向かった。

二千の騎兵に対して乗り換えるために馬を四千匹用意した。

彭城を手にした事で馬の補充も難しくは無かった。


見晴らしのいい道を行く典黙は楽しそうにしていた、いつか景色の綺麗なところに隠居して嫁たちを連れて馬を走らせたいな〜とかを考えていた。


典韋「仲康、徐州に来る前妓楼のババァが新しい娘を入れるとか言ってたぜ!丁度いいな試してみようぜ!」


許褚「新しい娘?そなの興味ないね、そんなのよりも客引きのババァの方が魅力的だぜ」


典韋「なんて趣味してやがる、着いて行けねぇ」


許褚「新兵なんかより歴戦をくぐり抜けた武将の方がすごい技持ってるに決まってるだろ!考えてみるだけで興奮するぜ!」


典黙「……」


許昌に入る手前曹洪と夏侯淵が数十名の騎兵が向かって来た。

これらの騎兵は皆少なからず怪我をしている、曹洪すらも左手に包帯が巻かれていた。

その怪我が戦いの悲惨さを物語ている。


怪我している曹洪は典黙たちの騎兵部隊を見て質問を投げかけた

「応援部隊はどのくらいですか?」


典黙「騎兵が二千名、今はこれだけだ」


それを聞くと曹洪は鞍を殴りつけた、驚いた馬が暴れだして曹洪を落としかけた。

曹洪「紀霊軍の人数を知らないのですか?淮南軍の精鋭三万と二日に渡って激戦の末、四千あった兵が今はこれだけしか生き残ってません!二千などなんの役にもたちませんよ!主公は許昌より徐州を選んだのか…」


曹洪が怒るのも無理は無い、自分も召陵で命を落としかけて応援の時間を稼いだ。その結果、応援部隊が二千の騎兵では見捨てられた気分にもなる。


「役に立つかどうかは統率によるもの、四千あった兵も君は無駄死にさせたのではないか」

典黙は曹洪をチラッと見て冷たく言った


曹洪「どういう意味だコラ」

曹洪がイラつくのを見て典韋は双戟をカチャと鳴らして「もう片方の腕も怪我してぇのか」


「待って子廉、先生はこの人数で来られたのは何か策があるからではないか?我々はその指示を聞こう!」


曹洪とは違って夏侯淵は貧民の出身、小さい頃にイナゴの災害に遭い息子を餓死された事がある。そのため忍耐力があって常に落ち着いて居られる。


典黙「さすがですね!」

典黙は夏侯淵を見て満足気に微笑み

「敵軍の消息は?」


夏侯淵「恥ずかしながら、末将は昨夜召陵より脱出しここまで逃げました。恐らく紀霊軍はそこで軍を整え一日の休息を取るのではないかと思います。それから動くのであれば行軍速度を考え、許昌を攻めるのは遅くても明後日の午後だと思います」


典黙は頷いた。あと二日、李典の方が必要な物を整えれば計画は上手くいくはず。


典黙「行こ」


許昌城の関門に着くと李典は既に待っていた。

援軍を見ると李典は喜ひ駆け寄った


李典「軍師殿!」


「準備の方はどうなった?」

典黙は馬から降りて李典に尋ねた


李典は西の方角を指さし

「既に整ってあります!昨日から軍営を西十五里の所に設置しました。」


典黙「うん、部隊を城内で休ませましょう。兄さんたちは僕と様子を見に行きましょ!妙才将軍も来てくれますか?」


夏侯淵「もちろんです」


今回の計画は生死を分ける作戦、典黙も少しの油断もできないと思い、休息も取らずに現場を見に行く事にした。


「えっ、俺は……?」

放置された曹洪は少し寂しそうに呟いた


十五里の道程はあっという間に終わり、そこにあったのは三万の兵を収容できる広大な軍営で軍営の左側は森、右側は山に面していた。


「軍師殿、応援部隊は二千の騎兵と聞きましたが、この要塞は何に使うのですか?」

軍営を見た夏侯淵は不思議に思った。

普通なら城外に軍営を築く事で兵を分け掎角の勢いを狙う事も出来たが、二千の騎兵ではそれもできないはず。


典黙「フフっくれてやる」

夏侯淵「末将ですか?」


夏侯淵は周りを見渡して更に分からなくなっていた。

軍営があるのに兵が無ければ意味が無い…

まさか、曹洪に二千の騎兵と言ったのは嘘で、実は大軍を何処かに隠しているのか…


夏侯淵は期待を込めて

「それでは末将にはどのくらいの兵を分けるのですか?」


典黙「五百」


夏侯淵は目を見開き

「えっ?五百ですか?」


典黙「あぁ、五百だ、それにその五百も警備に当たる衛兵だ」

典黙は仕方ない風に両腕を開き

「二千の騎兵しかないですからね、全部くれてやるわけにわ行きませんよ」


ガッカリする夏侯淵を見て典黙は笑ってその肩をポンポンと叩きながら

「妙才将軍安心して、計画通りにいけばこの五百の兵は重要な役割を担っています。上手く行けば妙才将軍の名は功労簿に載ります」


夏侯淵は再び笑みを浮かべ

「なんなりとお申し付けください!」


典黙「よろしい!五百の衛兵を軍営に配置し、多くの旗を立て、疑兵が居ると思わせればいい。後のことは僕がする」


夏侯淵「はったりを仕掛けるのですか?上手く行きますか?」


典黙「僕を誰だと思ってる?上手くいくさぁ…最終的には…ね」


「はい!」

夏侯淵は理解できなかったが大人しく従った


典黙は指をパチンと鳴らして

「城内へ戻ろ、あとは紀霊を待つだけだ」

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