七十話 抗えない天意

「己袁術、小沛を守れと抜かしながら自分は三万の兵を率い汝南を狙うとは自分の利益しか考えてない!」

呂布は手に持つ竹簡を見て真っ赤の目が張り裂けそうになっていた。

そして力がこもり竹簡を引きちぎってしまった


元々呂布は袁術と淮南で合流する予定だったが、これでは袁術が汝南を攻める間に呂布軍が曹操軍を牽制する形になってしまった。

大変な役割なのになんの得も無し。


「温侯!先程報告を受けました!曹操軍が川を氾濫させて彭城は無血開城との事です!」

張遼が走って来て報告した。


「何!」

呂布は硬直した筋肉を緩み

「典黙の小僧、一夜にしてあの彭城を無血開城しただと…まさか本当に六丁六甲の妖術が使えるのか…」


張遼「はい!今では、この雨自体が彼の妖術で降らせたものという噂すら立っています」

張遼は憂いの顔を浮かべて言った。

曹操が彭城を落とせば次に狙うのはこの小沛である事を心配していた。

絶対的な兵力差に加え妖術となると確かに勝つ見込みが限りなく少ない。


「典黙って誰よ?」

義政庁に方天画戟を持った呂玲綺が入って来た。


呂布はチラッと見たが何も言わなかった、彼は娘に対して少し拗ねていた。


呂玲綺が諸葛なんとか(典黙)とのスキャンダルが無ければ自分はここまでの苦境も無かった。


呂布が何も言わないのを見て、張遼は代わりに答えた

「お嬢、典黙とは曹操の軍師で、齢十八にして天文地理に通じ、昨夜彭城を無血開城にした張本人です」


「へぇー、そうなんだ」

呂玲綺は興味無いふうに頷いた


「お前の諸葛適当は?迎えに来んのか?同じ十八歳でもこれ程の差があるのか?」


呂布の皮肉に対して呂玲綺は少しも動揺しない

「さぁー、道にでも迷ったんじゃない?」

袁術の息子との婚約が無事回避出来た呂玲綺にとってはそんな事はどうで良かった。


彼女が一番心配していたのは、自分が妊娠しているかどうかが分からない事。

知識もろくに無い彼女は男女が同じ布団で寝るだけで子供ができると思っていた。


呂布「お前…!」


張遼「温侯、落ち着いてください!」


張遼が止めに入ると呂布も呂玲綺へ向けた指を下ろした。親バカの呂布もこの時どうすればいいのか分からないで居た。


呂布は陳宮へ顔を向け

「先生、これからはどうするべきだろうか」


陳宮はヤギ髭を弄り

「一つ、ハッキリせねばなりませんね、これがハッキリしないと選択肢は見えてきません。」


呂布「何事だ?」


陳宮「袁術の言う汝南への襲撃は本当かどうかですね」


呂布から見れば、襲撃が本当かどうかはどうでもいい事。

どっちにしろ自分らと手を切るつもりに見えたから。


高順「嘘ではないと思います、淮南へ差し向けた偵察の報告によりますと、袁術軍は集まる動きがありました」


高順の話を聞いた陳宮は高らかに笑って

「アハハハハ!それでしたら温侯、おめでとうございます!」


呂布はえっ?みたいな顔で

「何がめでたいだ?」


「温侯!曹操軍は今回五万の兵を連れ遠征して来ました、兗州の許昌には曹洪と夏侯淵と四千の兵しか残りません。汝南が落ちれば袁術は許昌へ向かうでしょう!そこには天子が居ます、曹操はそれを放ておく訳にはいきません!」


呂布は状況を理解したようでしていない

「つまりこれで徐州は助かったという事か?」


「否!」

陳宮は叡智の笑みを浮かべ

「これは温侯への贈り物でございます!」


理解が追いつかない呂布を見て陳宮は更に詳しく説明する

「曹操は下邳を落としたが、許昌を守るために戻れば彭城にどのくらいの兵を残せるだろうか?落としたばかりの彭城は未だ完全なる支配下に置いてないはずです、そこで我々が攻めいればどうなりますか?」


いくらか単純な呂布でも陳宮の言ってる意味が理解できた

呂布はこわばっていた頬を緩み、久しぶりにその不敵な笑みを見せた

「徐州が手に入る!」


陳宮「その通りでございます!」


兗州を手にした時、呂布は喜びのあまり夜も眠れなかった。

しかし急に出て来た典黙によりそれもまた夢のように儚く消えた。


今回曹操軍が許昌の救援に向かえば暫くは帰って来れない!

徐州を手に入れるのは十中八九、前回のように無駄に終わらない!

兗州は長年戦争により荒れすさんでいた、対して徐州は陶謙の統治によりまだ豊かに繁栄していた上、海沿いに港も塩田もある。

兗州を取るよりも数段税収も取れる。


更に徐州には徐州氏族や五十万の軍民が居て、時間さえ足りればあっという間に数十万の兵士を募ることが出来る!


中原第一雄関、数多くの諸侯が喉から手が出るほど欲しがる地、手に入るなら再び夢が広がる

全てをやり直せる。


「ガハハハハ!典黙の小僧に感謝せねばだな!」

呂布は立ち上がり右拳を左掌に叩きつける

「アイツが劉備と陶商を追い出したおかけで徐州が手に入る機会ができた!!」


張遼「否!温侯が徐州を収めるのもまた運命!ハハハハハ!」


陳宮「運命ね、同感です!諸行無常、いくらか典黙が兵法卓越と言えど天意には逆らえまい」


張遼と陳宮の言う事で呂布は更に舞い上がった。


陳宮も顔には出さないが内心では浮かれていた

徐州を曹操の手から奪うことができればこれすなわち陳宮が典黙に勝つ事同然


高順「軍師殿、何か準備しておく事はありますか?」

この場で唯一冷静で居れるのはただ高順一人


陳宮「うん、兵馬と兵糧の準備を怠らず、汝南の消息を待ち、機を伺い。時が来れば電光石火の如く彭城を占領すれば他の県、郡も簡単に手に入る!」

陳宮の不敵な笑みが皆の心を強くした


高順「はい!」


機嫌が良くなった呂布は机をパンと叩き、呂玲綺の方を見て

「玲綺よ、俺が徐州を手にしたらその諸葛なんとかを探し出して、お前に突き出してやる!もしそいつが責任から逃げようとするならその首をもぎ取ってやる!」


呂玲綺は特に関心を持たずに

「もうすぐ徐州の主になるのですね、良かったね、おめでとうございます」


呂布は早めに酒宴の用意でもしようかと思うほど舞い上がり、地図で徐州を見て笑いこらえずに居た。

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