六十九話 開城
本来、曹操は彭城へ褒賞手型を何百通送ろうとしていた
典黙の意見を聞き入れ三十通に下げた。
下げた事により、褒賞手型の数が少なくなり、その価値と効果が上がることを狙った
そして当日の夜から曹軍の褒賞手型の噂が彭城内で広まった。
数少ない手型をめぐり仲間割れする事も起きるほどに至った。
翌日早朝、笮融も身支度してこの事を耳にした
「けしからん!褒賞手型をめぐり仲間割れするなどけしからん!私の部下にそのような輩は居ないだろうな!」
部下「百夫長の陳威が一通手に入れたと聞いておりす!それで民衆を焚きつけるのではないかと思います!」
笮融「徐州の将兵として恥ずかしくないのか!直接会って文句をつけてくる!」
笮融は数名の部下を連れて軍営に行くと、ちょうど陳威が手下を洗脳しているのを見た
笮融は声のトーンを落とし
「この笮融、一番嫌いな人種は捕虜になる軍人だ、軍人なら軍人らしく最後まで戦い抜いて死ぬべきだろ!」
陳威らは互いに顔を見合わせ、渋々手型を取り出し、笮融に渡した。
「よろしい!」
笮融は手型を手に取ると一抹の笑みを浮かべた
勝った!最終的に徐州は落ちてもこの手型を持って城門を開ければ私はまだ助かる道はある!
そう思いながら笮融は軍営から出ようとした。
「大変だ!曹豹が城門を開き、曹操軍を城内に迎え入れました!」
「何!!?」
笮融の思惑とは裏腹に曹豹が一足先にそれを実行した。
「曹豹!お前は主公からの恩義を仇で返すつもりか!卑怯者め、恥ずかしくないのか!」
強がっていたが笮融は内心慌てていた、曹豹が先に寝返れば自分の入る余地がなくなってしまう。
そして何よりも自分は曹豹と仲が悪い。
笮融は酷く怯えたが突然良い案を思い浮かべた
「死にたくなければ着いて来て」
一方、曹豹が城門を開くと曹操はすぐに城内へ入ったのではなく、曹仁に城の衛兵を入れ替えさせた。
何も問題が無いことを確認した曹操はやっと中へ入って、典黙との約束を思い出した
「曹豹、劉備は何処だ?」
曹豹「劉備の一味は明け方彭城を出て幽州の方角へ向かいました!」
曹操「逃げたのか…」
曹豹「…はい、ここに置き手紙が一通ございます」
曹操が手紙を開くと内容を読み上げた
「本来であれば徐州に残り、生死を共にするつもりでありましたが。中山靖王の末裔として漢王朝の復興の責任を全うするまで死ぬ事は出来ません!心の痛みを押し殺し徐州を離れます」
内容を初めて知った曹豹は冷笑し呟いた
「漢王朝の復興だと……?」
曹操は典黙と顔を見合わせ、2人ともため息をついた。
曹操「兵糧庫へ案内しろ」
曹豹の案内で皆が兵糧倉庫へ到着すると、そこには笮融の姿があった。
笮融が自分の部下たちと共に洪水から兵糧を守るように堤防を築いていた。
曹操を見た笮融はその元に走り寄った。
「主公、長旅での行軍お疲れ様です!遠征で兵糧の消耗も激しいだろうと思い、城内の二十万石の糧食を洪水から守り、ここで献上しようと考えて行動しました!そのため出迎えに遅れまして申し訳ございません」
当然のように主公と呼ぶ笮融は曹豹の気分を悪くしていた、曹豹は地に唾を吐き捨て複雑な目で笮融を見た。
曹操は気にせず笮融の肩をポンポンしながら
「ご苦労であった、何か望みはあるか?」
笮融は媚びことにたけるが間抜けでは無い、官職や金銭よりも上へ上り詰める方法が欲しかった。
笮融は敬虔そうに典黙の方を見て
「典軍師の兵法、策略は天下無二と聞いてます。典軍師の元で学ばせていただければ幸いと存じ上げます」
典黙の弟子にでもなれば、上り詰めるのもまだ簡単な事だと思った笮融は図々しくその要求を口にした。
笮融の話につられて操軍全員が笑った
曹昂は冷笑し
「ふんっ先生の弟子に成りたいなどと、よくも図々しく言えものだ」
曹操も曹昂を指さして
「我が長男曹昂だ、彼ですら護衛の身分で子寂の元で奉仕しているのだぞ…お主の望みは叶うと思うか?」
笮融の取り柄は媚とその図々しさ、侮辱されてもそれに乗っかり自虐を入れて続けた
「主公は賢明で、人を最大限に利用できると聞きました、例えそれが私のような…シリ拭き布のような人でも同じ。私は典軍師の元で何でもします!」
下限の無い自虐は曹操をも黙らせた。
ここまで自尊心が無い人は初めて見たからだ。
自分をシリ拭き布に例えるか…?
確かに曹操は降伏する将も起用する上使いこなせるが、それは張遼や張郃のような実力が有る人に限る。
笮融はどう見てもそのような人ではない上、その存在自体に対して嫌悪感すら抱いた。
曹操はいくらか金銭を与えて追い出そうと考えたが、典黙は口を開いた
「フーン、いいんじゃない?何でもするって言ってたし。手元に残そう」
「軍師殿の申し付けとあらば、嫌な顔せずに必ず遂行します!火の海だろうと向かいます!」
笮融の全身が震えた、このビッグウェーブに乗るのが正しい判断だとすぐにわかった。
典黙の元にいる限り曹氏一族すらも簡単に手出しできない。
典黙「じゃまずこれをやって欲しいな、とても大切な役割だ心して取り掛かるように!」
笮融、曹操、曹昂の三人だけ聞こえるように小声で話した。
典黙の策略を聞いた曹昂は驚いて言葉も出なかった。
曹操は頷いて
「機は熟している…人選も悪くない!」
曹昂「先生、この策略は許昌に居た頃からお考えではありませんか?でなければ都合が良すぎます…」
典黙「ふふん、どうでしょう…」
笮融は胸をポンと叩き
「お任せ下さい!必ず遂行します!」
典黙の策を聞いた笮融は内心大喜びしていた、この策があれば次の戦いはもはや武勲をタダで手に入れるようなもの。
投降してよかった、典黙の下に付けて良かった!
「この作戦が上手く行けば、天子に報告してお主を彭城の太守に据えよう!」
曹操の許諾を聞いて笮融は跪き
「ありがとうございます!しかし私は典軍師の元に居たいです、下僕として働きます!」
利害関係の計算も笮融の得意分野、典黙の元に居ることは彭城太守どころが、徐州の州牧よりも価値があるとわかっていた。
曹操「そっ?よかろう。曹豹、笮融に合わせて行動するように」
曹豹「はい!」
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