六十五話 帰還

この時劉備はどれほど泣きたいだろうか、皆の自分に向かう怒りや憎しみが、曹操へのそれよりも強かった。


劉備傷心


当時、自分が幽州から三千の兵馬を引き連れ、陶謙を助けに駆け付けて来たが、このような結末を迎えるとは思わなかった…


張飛、張翼徳。彼は我慢などできる人でも無ければ無実な罪を着せられる事を許せる人でもなかった。

弁明できないと分かった彼は開き直り、死ぬ時も道連れだと思い曹軍へ大声で


「そうだよ、俺が捕まえて隠した!城攻めでもなんでもやれるもんならやってみな!」


この一声で城楼上の混乱は静まり返った、劉備と関羽を含め全員が茫然と張飛を見つめた


静寂も一瞬で消え、爆発したかのように罵声や雄叫び、鎧がぶつかる音が鳴り響いた。城楼上は殴り合いの喧嘩にまで発展した。


馬車の方、曹操はゆっくり目を開けて

「時間だ」


曹操は馬車を降りて、混乱している城楼を見るとその光景に驚いた

「何が起きているのだ…」


曹仁「分かりません、劉備たち三兄弟を袋叩きにしてるように見えますが…」


曹操は鼻でフンッと笑い

典韋と許褚の護衛で跳ね橋の前に着くと天子剣を抜いた。


曹操が号令を出す前に笮融が顔を出して

「曹操殿、私たち本当に典軍師を知りません!劉備を差し出しますのでどうかお許しください!」


とんでもない事を言い出す笮融

ただ、この一言は徐州の首脳たちが言いたくても言えなかった言葉


「劉備…?そんヤツがなんの役に立つ?」

しびれを切らした曹操は全軍の方を振り向き号令を出した

「城攻めだ!」


大軍がついに動き出した、盾兵の後に雲梯部隊が続いて、後方には弓兵が支援をする、典型的な城攻めの陣形。


城楼上の人達は皆息を止め、顔に血の気も失せ。劉備の前にひれ伏し典黙を差す出すようお願いする人も居た。


工兵部隊が浮き橋を設置する間に典韋、許褚、趙雲、張繍、曹仁らも突撃の準備を整った。

浮き橋さえ完成すれば彭城は血で血を洗う戦いが始まる。


すると遠く後方から声が響いた

「主公!主公!只今戻りました!」


皆声の方へ見ると見慣れた姿が近づいてきた、典黙である。


彭城ではなく自軍の後方から現れた典黙を見て、驚きと喜びが混ざり全員が固まった。


典黙が馬から降りると典韋が真っ先駆け付け全力で典黙を抱き締めた。


「くっ苦しいぃー、死ぬ…」

典韋の抱擁で息ができない典黙は虫の息


「お前ぇ、どごにいっでたんだよぉ…」

子供のように泣き喚く典韋


「お前に何かあったら俺は生きていけないよぉ!」


「劉備にさらわれたかと思ってこれから突入して皆殺しするところだったぜ!」

許褚も走って来て典黙の肩に腕を回して言った


「軍師殿!皆心配していましたよ!ともあれ、無事で何よりです」

趙雲も心配そうに言った


「これには深い訳があります、後ほど説明します」

三人に囲まれた典黙は少し恥ずかしそうに言った


「速く主公の所へ行ってください、主公は心配で体調を崩しております!」

趙雲の一言で典黙はハッとなって曹操の元へ走って行った。


自分の失踪で典韋はもちろん、許褚と趙雲が取り乱すことはなんとなく予想できていたがまさか曹操までも城攻めするほど怒り狂うとは思わなかった

そう思うと典黙は少し感動していた。


曹操の元へ駆け付けた典黙は両腕を広げてクルっと周り

「主公!僕は無事帰りました!」


曹操は典黙を見ると先程の酷い頭痛も嘘のように消えて、深くため息をついた。

そして複雑な目で典黙を見つめて、素直に喜べなかった。


典黙が無事に帰ってきた事はいい事だが、その失踪で危うく城攻めでいらない損失を出すところだった。

今回は運が良かったもののいつまでもその運があるとは限らない。

これはキツいお仕置をするべきと曹操は思った


曹操は袖を振り払い、ぷいっと顔を横に振り

「東観令典黙、軍規に反し無断外出、むち打ちの刑八十に処する!」


典韋「その罰俺が代わりに受ける!」


許褚「俺もだ、これで一人四十、大した事ない!」


趙雲「喜んで受けます!」


曹仁「それだと割り切れません、私も入れて一人二十ですね!」


典黙は珍しく媚びた笑顔を浮かべ

「主公、僕はか弱いモヤシっ子です、この八十を受けたら今度こそ生きて主公の顔を拝めませんので…ツケとかってできますか?」


曹操「そっ?ならつけておく、次にこのような事があったら上乗せでキツく罰する」


城下の団欒する光景が城楼の徐州軍にも伝染した、彼らもまた嬉しかった、むしろ曹軍よりも嬉しかった


笮融「典軍師が無事に戻り、何よりです!さすがは典軍師簡単に捕まる事は無いと思っていました!」


撤退の準備に取り掛かる曹軍を見て徐州軍の皆はホッとした


「ほらなっ俺じゃないって言ったじゃんか!誰も信じてくれねぇし、続きやんのか?」

不機嫌な張飛は文句を大きい声で言った


この件は確かに張飛を信用したかった陶商の一味に非があり、皆気まずそうに「えへへっ」と笑いかけたが謝る素振りは無かった。


「翼徳よ、玄徳公の仁義は知らぬ者はいない、この件に関係がな事は私が最初から思っていた。しかし事の重大さもあり…さきのは一芝居を打って曹操らに見せていたのだよ。玄徳公も器の大きいお方、許してくれますよね?」

さすが笮融、劉備の仁義に付け込み無理やりさきの出来事を無かった事にしようとした。


これでは許すしかない、でなければ器が小さいと自己紹介するようなもの。

劉備は混乱で乱れた衣服を整理して

「事がハッキリすれば大丈夫です。さぁ雲長、翼徳、行きましょ!」


呼ばれて付いて行った二人は去る際に笮融を一睨みした。


笮融は不满そうに

「器が小さいこと…」




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