五十一話 劉協の企み

皇宮内、朝議が終わった劉協が一枚の位牌を抱え泣きじゃくり

「高祖たちよ、朕は八歳より皇帝の座を着いてから董卓の傀儡を乗り越え、李傕と郭汜の虐げにも耐えて来たが、今は曹操の傀儡となってしまいました…朕は一体いつになったら漢王朝を再建できるのやら分からない…」


劉協の抱える位牌は宗族图谶、言伝えによると先祖達に持ち手の声が届くと言うがその真実は定かでは無い。

洛陽に居た頃劉協も同じように祠で泣き付いていた。


???「漢高祖は四十四歳に白蛇を切り四十七歳に旗揚げ、五十四歳に漢王朝を建立した!まだこれから機会はありますゆえ、諦めるにはまだ速いですぞ!」


傷心真っ最中の劉協に話しかけたのは董承と伏完だった。


伏完とは劉協の奥さんの実父で、董承は劉協の叔父に当たる関係で、一言で言えば親戚


二人を見て安心した劉協は涙を拭きながら

「叔父上、調査の方は進展ありましたか?」


聞かれた二人は顔を見合わせ董承が先に口を開く

「陛下、調査の結果劉備は黄巾族の討伐で平原県令に着き、董卓討伐にも参加していました」


黄巾の乱の時期劉協は未だ八歳にも満たない子供、皇帝になってからも朝議すら開くことの無い彼にとって外の世界を知る事もできなかった。


今日の檄文が無ければ劉備など名前すら聞いたこともなかった。

曹操が攻めると聞いてから手駒にできるかが知りたかっただけだった。


劉協「ならコヤツも諸侯にのし上がった英雄とみて良いのか、曹操に勝てるのか?」


伏完は俯き、自信無さげにしていた。董承は窓を見て聞く耳が立って無い事を確認して

「是非とも勝って頂きたい!彼は忠臣なのですから!」


忠臣と聞いた劉協は鼻で笑った

「ふんっ朕はここ数年"忠臣"たちのおかげで苦汁を舐めさせられた…董卓と言い、曹操と言い。その結果はどうだ?」


董承「陛下、劉備は少しわけが違います。」

董承は劉協に近づき小声で

「劉備は漢室宗家と謳っていた、臣も最初は疑っていました、調べた結果…」


劉協「結果は!?」


董承「劉備は中山靖王の十八代目の孫で陛下の皇叔に当たる方でございます!」


劉協「皇叔…」


劉協は目を見開き急に増えた叔父さんに息が上がってきた。

叔父さんなら確かにアテになる、劉家の血脈があれば最悪の結果でも曹操よりはマシ


劉協「皇叔…皇叔なら曹操に勝てるか?」


ずっと黙っていた伏完がやっと口を開く

「陛下、臣の見立てではこの戦い皇叔の旗色は悪いように見えます。陛下名義の檄文によりますと皇叔は今逆賊の名を着せられています」


董承は笑みを浮かべ

「陛下、臣に一つ提案がございます!百姓の間でこっそり皇叔の正統性を広めれば彼にとって助けになると思います!」


劉協「善!」


劉協は満足気に頷く

「この件に関しては好きに動くと良い!」


この一手は間接的に檄文を弱める効果があると共に劉備へ恩を売る事にもなる、後々劉備に応援を頼む時劉備も断りずらくなるのは確実。


やっと有益な情報を手に入れられ、劉協は気分も良くなり龍袍を整え顔も穏やかになってきた


伏完「陛下、曹操は空前絶後の奸雄。その政治手腕、警戒心、兵法のどれも董卓の及ばないところにある。曹操は呂布を追い出し豫州の三郡を占領、長安への奇襲。これほどの相手に皇叔は勝ち目はあるだろうか…」


董承「心配要りません、それも既に調査済みで逆に良いお知らせもあります!」


またいい知らせがあると聞いた劉協は落ち着きが無く

「いい知らせとは?」


董承「実の所、先程の手柄は全てとある人物の考案した物で曹操はそれを実行したまで。そしてその人物の名は典黙!」


その名を聞いた劉協は呆然とした。

普通そんなに凄い人なら少なくても名前くらいは知ってるはずなのに


劉協「誰?聞いたことも無い…」


劉協は過去の記憶を探ると確かに曹操は褒賞名簿を出していた、でも重要な役職にその名前は無かったはず。


董承「陛下、この典黙とは典韋の弟で森羅万象を知り六丁六甲の仙術を使いこなすと聞いております。曹操も彼を麒麟の才と称しています。彼のおかげで曹操はここまで来れたのですぞ」


典韋の名前はまだ印象に残っている、北定将軍で上大将軍の一人。役職から察するに曹操軍の武将の長。


劉協「この様な人材が居るとは……待てよ、それなら褒賞名簿に名前があるはず!」


董承「そこが問題です!」


董承は懐から名簿の写しを取り出し、最後の行を指差した


劉協「東観令だと!!!」


通りで印象に残って無いわけだ、この役職は現代で言えば秘書みたいな物で、そんな役職ま逐一気にするはずもない。


董承「陛下、典黙はわずか十八歳にして鬼神不測の能を持ち、恐らく若さ故の傲慢で曹操を怒らせてこの様な閑職に追いやられたのでは無いでしょうか?麒麟の才なら麒麟の怒りは今頃心中を燃やして居るのでは無いでしょうか?」


董承はニヤリと笑いながら憶測を大胆に語り出した。

劉協は激動を抑えられずに皇冠の珠簾が揺れるほど全身が震えていた


劉協「裏切らせるのか?その力を持って曹操を制す?」


董承「かの大才を手にすれば曹操どころか、天下の諸侯を一掃して政還天子、再建大漢も夢ではありません!」


政還天子、再建大漢。たった八文字が劉協の心を強烈に叩く。

権力が再び戻り、漢王朝を建て直すのは彼の唯一の野望。


伏完「問題は典黙は典韋の弟で典韋は曹操配下第一の武将、一筋縄ではいけません…」


劉協「事の成否は人の努力次第、薄いだろうか希望があれば試したい!」


権力の前では誰もが自我を見失う事を劉協は一番知っていた。


董承「陛下英明!」


劉協「問題は誰を行かせるかだ、身分が低過ぎては誠意が無い。かと言って叔父上たちは曹操に見張られている…」


十四歳でありながらも度重なる経験がこの少年帝王の心知を成熟させた、劉協がじっくり考えている間に董承は一人の名前を挙げた。


董承の言った名前が場を凍り付かせ、伏完に至っては怒りの眼光で董承を睨みつけていた


しばらくすると劉協は深くため息をつき

「この人なら確かに適任、身分も高く曹操に勘づかれにくい!漢王朝の為に朕も伏卿も犠牲を覚悟しなければならい」


董承、伏完「仰せのままに」

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