四十九話 穎川郭嘉

荀彧が城門で三十分程待ち続けると心地良い鈴の音が聞こえて来た、音のなる方へ見ると一頭のロバがゆっくり向かって来た。

その驢馬の首に鈴が掛かっており、二十四五歳の青年が後ろ向きで乗せていた。

その青年は藍色の漢服に身を包み腰に紅色の酒瓢箪をかけていた。


荀彧「奉孝!やっと来たか!」


郭嘉、字名奉孝で鬼才と呼ばれる男が冀州から許昌に来た!


郭嘉「なんでお一人なの?長文、元常、子緒らはどうした?」


郭嘉の言う三人は陳群、鍾繇、杜襲である、彼らも穎川の有望な一族であると同時に郭嘉の友人でもあった


荀彧「彼らなら我が家に居るから戻って話そ!ここは人目が多い、我々穎川氏族が派閥を起こすと疑われたら潔白の証明が難しい…」


二人は荀彧宅に着いて三人と合流した


鍾繇「奉孝!君が来ると聞いたから二十年物の紫金醸造酒を用意したぞ!」


郭嘉「元常!やはり君が一番僕の事をわかっている!アハハハハ…」


この二人は歳が二十近く離れているけど穎川の文学聖地ではこのように忘年の交は数多く存在する。


酒を数杯飲んだ後陳群が郭嘉に問いかける

「奉孝、我々の中で君が一番聡明叡智で兵法にも通ずる、これからは我々穎川一派の大旗は君が担ぐしかないだろう!」


郭嘉「長文、酒が弱くなったのか?もう酔っ払ってデタラメな事を言うとは…」


杜襲「奉孝、長文の言うことも一理ある。典子寂の名前くらい聞いた事あるでしょ?あれは噂以上の強者だ。こう言っちゃ笑われるかもしれないがここ数年我々の補佐よりも子寂の数ヶ月に及ばなかった…」


荀彧は何も言わなかったが眼光から同意の意思が伺えた。


古来より文人同士は惹かれ合う、特にここ穎川に居る文人は嫉み等を考えるよりも自分を磨き上げる事を専念して来た。


事実上郭嘉が来る前までは彼らも典黙には感服していた、けど時間が経つにつれて巷ではある噂が広まってしまった。

それは"例え穎川全ての策士を集めても子寂に敵わない"


この噂には穎川の士族達が悩まされていた、さすがの荀彧もこの噂を耳にしてからしばらく落ち込んでいた。


そして彼らは何を思ったか、典黙に一泡吹かせようと二人の人物を思い出した、郭嘉と荀攸である。


荀彧は五歳上の甥っ子荀攸にも手紙を出したが荀攸は蜀川へ旅行しに行った。郭嘉はこの頃袁紹の元で働いてると聞いて手紙を出した。


丁度良かったか郭嘉は優柔不断の袁紹に嫌気をさして、手紙を受け取ってすぐ許昌へ来たのだった。


郭嘉「許昌へ来る前、既に曹公へ贈り物を用意してある、後は合わせて貰えるだけです」


郭嘉は余裕そうに右膝を右手でリズミカルに叩いて言った。


荀彧たちはそれを聞き顔を見合わせて少し似合わないが悪戯めいた笑みを浮かべた。


荀彧「今日のところはゆっくり休んで、明日主公へ紹介する」


翌日朝荀彧が郭嘉を連れて曹操の宅へと向かった。徹夜仕事をしたか曹操は眠そうにしていた、軽くアクビをした後和やかに

「奉孝のことはよく文若から聞く、まさかこのような若さとは…さすが穎川の地、英才集結」


この時郭嘉は未だ名をあげる前にも関わらず、それでも曹操は謙虚に振る舞っていた


この頃の曹操は未だ郭嘉の実力を知ら無かった、郭嘉その人の価値よりも四世三公の袁紹から人材を奪えた事が嬉しかった。

つまり天下の優秀な人材は袁紹よりも自分を認め始めたという事だ。


郭嘉「アハハッ、主公褒めすぎですよ。僕もよく文若から主公の話を聞きます、天下の英雄で優柔不断な袁紹と違って進取果敢!ここへ来る前に策を一つ考えてあります、主公の為に何か出来ればと思います!」


郭嘉の言う事に曹操は目を細め、快く思わなかった。

まるで自分が郭嘉の言う事を聞かなければ袁紹のような凡庸な主と同じでは無いか。


曹操は気持ちを押し殺しにこやかに

「お聞かせ願います」


郭嘉は慌てずに腰から瓢箪を取り酒を一口飲んでから言う

「褒賞状から察するに、主公の次の標的は徐州では無いでしょうか?陶謙の死後劉備がその遺産を引き継いだ、その兵力は三万前後で兵糧の蓄えも充分あります。更には小沛の呂布と掎角の勢いをなし、主公が無理に攻城すれば呂布は後方を奇襲するでしょう」


この分析を聞いて曹操は姿勢と態度をただした


郭嘉「つまり主公の取るべき行動は二つあります。その一は呂布と劉備の離間、もう一つは劉備軍を平野に誘い出して殲滅する。呂布は武力こそ凄いが頭が弱いので脅威に成りません、後でゆっくり潰してしまえばいいでしょう」


郭嘉の話は曹操に対して効果バツグンでした、曹操は離間計こそ発動できたが劉備を誘い出す方法に困っていた。


曹操の心を見透かしたかのように郭嘉は続いて話す

「劉備を誘い出す方法はあります!」


曹操「お聞かせ願います!」


郭嘉「天子名義で劉備を徐州占拠の逆賊にしたてれば劉備も反撃として主公を天子拉致を名目に諸侯に助けを求めるでしょう、その遣いは恐らく冀州、淮南と荊州。冀州の袁紹は優柔不断ですぐに兵を出さない、漁夫の利を狙う淮南の袁術はそもそも兵を出さない、荊州の劉表は争いに興味無く兵を出さないだろう。」


郭嘉は考え込む曹操を見て更に続けて言う

「その後主公は袁紹の遣いと偽り劉備と連絡を取り、挟み撃ちの名目で劉備軍を誘い出せば大きい魚が釣れるでしょう」


言い終わると郭嘉は瓢箪の酒をもう一口飲む

そんな郭嘉を見て曹操は息が上がった

自分の離間計を利用して魚を釣る連環の計、目の前の少年に典黙の面影を重ねた。


曹操「袁本初、お主はこのような策士を持ちながら重宝しないとはな…しかしまさか子寂以外にもこのような大材がいるとはな!」


褒められた郭嘉は微笑んで会釈をして、荀彧は曹操の目の届かないところで小さくガッツポーズをした。


曹操「文若!」

荀彧「はいっ!」

曹操「奉孝の言う通りに天子名義の檄文を用意しておけ、それと袁本初の筆跡を真似て手紙もだ!」

荀彧「はい!」


曹操は郭嘉の前まで近寄り

「成功すれば奉孝が一等の功績だ!」


郭嘉「ありがとうございます!!」

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