四十五話 劉協絶望

黄城の戦いの後東に向かう曹操軍の前に立ちはだかる敵は居なかった。黄巾賊や白波賊等の山賊も大人しく曹操軍の邪魔はしなかった。


曹操軍は半月をかけて無事許昌に戻った

そこで待ち受けていた荀彧と程昱たちも迎え入れる準備をしていた、更に南門を天子専用の白馬門に変えていた。


劉協の馬車は白馬門を通り皇宮に到着した


皇宮と言っても曹操達が長安へ出発前に荀彧に改造させた許昌の議庁、豪華とは程遠いが業務に支障はない。


劉協と家臣たちに簡単に説明した後に曹操は荀彧に天子の名義で勅令を出させた。その内容とは天子が許昌を都と定める事だった。


天下の諸侯は来ない事は知っていたが形式上認めさせる事に意味があった。


この勅令が各地に伝われば"崇高"な穎川士族たちは金銭、糧食、人材を送って来るのが明白な事。


僅か半月後

鍾家、荀家、陳家、杜家などの士族からは合計銭二十万、兵糧四万石に大量の人材が届いた。

縄張りが広くなり各地を管理に悩まされた曹操からすればとっても助かった。


長安に赴いた事で多くの損失を出したがその見返りに比べれば大した事ない、やはり我には子寂が必要だ...

曹操は仕事を終わらせて次の日の朝議に備え早めに寝床についた。


翌日


久々開かれる朝議では曹操が決めた新しい制服に身を包む文官武将達が宮殿へと入った。


この時劉協も新しい龍袍を着ていたが九珠冠の下に光の宿らない目をしていた。


文官武将「皇帝陛下万歳」


この時代では既に跪拜礼は流行らなかったが朝議等の厳粛な場では一応残っていた。


劉協「よい、始めよう!」


文官武将たちが再び立ち上がり左右に別れたが曹操は依然と中央に立っていた、そして手に持った竹簡を広げ内容を読み上げた


曹操「陛下が許昌を都としてお決めになって以来至る所安寧秩序、百姓昭明な政治により天下万民は漏れなく鼓腹撃壌。天意に添う事を証明したかのように気候も五風十雨、まさに天下泰平............」


フッ、貴様は董卓よりいくらか分をわきまえているな......


儀式上のお世辞が永遠に続く中劉協は心の中で思っていた。


お世辞の言葉もある程度終わり、そろそろ本題に入ろうとした曹操は劉協をちらっと見て少し口角が上がったようにも見えた。


曹操「お願い申し上げます!冀州の袁紹を大将軍とし武亭侯の位を授け、淮南の袁術を驃騎将軍とし忠義侯の位を授け、荊州の劉表を前将軍とし安東侯の位を授け、幽州の公孫瓚を後将軍とし靖安候の位を授け、呂布を左将軍とし彭城候の位を授ける事をお許しください!」


どういうつもりだ?

董承、种輯、呉碩、王子服らは困惑な目で曹操を見た。


事実、曹操の企みはこの程度の人達が知る由もない。

それに限らず、一緒に朝議に参加する曹仁たちにも理解できなかった、自分たちが頑張ったのに褒賞されないのは少し納得いかないようだ。


最終的に董承は耐えきれず曹操の目の前に近づき

「曹将軍、褒賞の名簿に一人足りないじゃありませんか?」


曹操「ほう?では教えて頂けますか?」


董承「曹将軍、あなたの名前ですよ。三公九卿か丞相の位が相応しいかと!」


曹操「クッ...フッフフ...アッハハハ!」

曹操は見事に苦笑、嘲笑、爆笑の変化を見せつけた。

笑い過ぎて出た涙を拭き取ると曹操は董承の肩をポンと手を乗せて、董承にしか聞こえない声で

「燕雀安んぞ鴻鵠の志を知らんや。大人物が何を考えているかは小人物には理解できない...そんな虚名なんぞ興味も無い!」


お前を買い被りすぎたようだ...警戒して損した

曹操は言わなかったが、自分の慎重さに少しツボっていた。


董承「おっ、お前...」

董承は反論するにも何を言えばいいかも分からなく顔を真っ赤にしていた。


曹操はそんな董承を無視して劉協へお辞儀と拱手をして

「陛下!先程申し上げた人物こそ褒賞に値する。臣は国の為に尽くす気持ちはあれど未だに功労も無く、褒賞を強請る真似は出来ません」


この時劉協の目は更に光を無くしていた、掌に爪が食い込むほど拳を固く握った。


劉協はしばらく傀儡にされたが間抜けでは無い、董承に分からなかった事を彼はすぐ理解していた。


董卓が諸侯から恨みを買うようになったのは虚名に取り憑かれ、権力を振りかざしていたからだ。

曹操からしてみれば興味のない事だった。

これなら反董卓連合のように反曹操連合はできるはずもない


劉協は始めてこれ程の絶望を感じた、董卓の時はまだ希望はあった。

暴虐による政治がもたらす副作用は簡単に想像が着くからだ。

でも目の前の曹操はそんな無知蒙昧な董卓とは次元が違った。


劉協は涙を堪え

「卿の言う通りだ...」


朝議が終わると文官武将達がガッカリして宮殿から出てきた、曹仁たちもガッカリで肩を落としていた、典黙もガッカリしていた。

唯一清々しい顔をしているのは曹操だった。


文官たちは国を盗られた事を痛感してガッカリしていた、曹仁たちは褒められると思ったのに何も無い事にガッカリしていた。


そして曹操はガッカリする典黙を見て清々しい顔が急にガッカリした。

曹操「子寂...他の人が我の考えを理解しないのは仕方ない事だが、君までも理解出来ないのか......?」


典黙「あぁ...いやっそれは理解出来ますが...もう二度と朝議は出たくないです!話の大半が建前でつまらない上に長い...もう膝が痛いですよ...」


少し怒っている典黙を見て曹操は思わずプッと笑ってしまった

「お前な…どれだけの人間が参加したくてもできない朝議だぞ...まぁ良い、出たくないならそうすればいい、何か大事な決め事があれば子脩を遣って知らせる」


典黙「ありがとうございます」

典黙は左手で壁を伝って歩きながら右手で膝を叩いて家に向かった


曹操「あっ!そうだ!今夜我の邸宅に来てくれ、話したい事がある!」


典黙「分かりました!」

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