四十四話 軍拡計画

通常なら曹操軍の急行軍は一日百五十里を下らないが、お年寄りの家臣たちが足を引っ張てそうもいかない。

どこかで捨ててしまおうか...と曹操は何回も考えていた。


未明に始まった逃亡は休息をとる時にはすっかり夕方、辺りに駅や城も無かったから曹操軍は野営する事にした。


一日の急行軍の疲労もあり哨兵以外の皆は早めに寝床についた。

寝付けない曹操は典黙を連れて散歩していた


長安からはだいぶ距離も離れて一安心できた曹操は散歩がてらこれからの発展の方向性で典黙と相談しようとした。


しばらく歩いたら、男二人の泣き声が聞こえて来た。

二人は声の方へ辿って営所に入ると張繍が泣いてるのが見えた。


張繍「叔父上...遺体を野ざらしにしてしまった...私は不孝者だ!育んでくれたご恩も返せていないと言うのに!叔母上の世話は必ず私がします!」


隣の趙雲がずっと慰めるが張繍は泣き続けていた。


張繍は幼少期から両親を亡くしていて、親代わりの張済が全ての面倒を見ていた、育ての恩は生みの親と変わらない。

それなのに目の前で張済が殺された上、遺体も奪い返せていない、このショックは確かに大き過ぎる。


張繍の気持ちは典黙と曹操も理解できるが、理解に苦しむのはもう一人、典韋


コイツもコイツで顔中に涙や鼻水をべったりにして号泣している、で慰めるのは許褚。


張繍と違って彼は泣いてばかりで何も言わない


理由が気になる!すごく気になる!

典黙も曹操も話を聞こうとしたが今のこの状況はどう見ても張繍を優先すべき。

張済の犠牲は自分たちにも責任があるから。


曹操「祐維...」

張繍の肩に手をポンと載せる曹操

「叔父さんは国のために身を呈したのだ!陛下は忘れない、我々は忘れない、将来天下の民もそれを忘れない!許昌に戻ったら陛下に追悼と褒賞をするように提案する。どうか立ち直って欲しい。」


趙雲「その通りだ祐維!今日の戦いで叔父様の必死な抵抗が無ければ僕らも危なかった、陛下も無事逃げられなかった!叔父様は国の英雄だ!」


ここまで言われて泣き止まない男はいない

張繍は涙を拭いて

「ありがとうございます!叔父上の代わりに礼を申し上げます!」


曹操は頷いて優しく肩をポンポンと叩いた。


張繍への優しさは典韋に対しては無かった

曹操は典韋目掛けていきなり足蹴りした

「なんでお前も泣いてるだ?」

典韋は曹操を一目見て更に泣き続ける


話しにならないと感じた曹操は許褚に訳を訊ねる

曹操「コイツはどうしたのだ?」

許褚「主公...それは今日の足留め作戦の出来事です。本来地の利を有する俺らが勝っていましたが、急に李傕が飛熊軍を出して来て。対応出来なかった俺らは大打撃を受けて二千の損失を出しました」


許褚は更に顔を曇らせて言う

「八百あった典字営も残り僅か三百ちょっと」


死んでいった仲間たちのために泣いてるのか...

曹操と典黙はやっと理解した


典字営は典韋が最初に作った部隊でその一人一人を自ら選び抜いた、その典字営と共に汝南や穎川を手に入れた、その絆も深かった。


今日の一戦でその典字営は大半を失い、典韋は大将として心を痛めていた。


典韋「ごめんよ!俺のせいだ...あの畜生共が急に横から突っ込んで来て、俺は予測出来なかった!多くの兄弟は状況も理解できないまま殺された!それでも生き残った兄弟らは最後まで殿軍も果たしたんだ!」


ますます悲しくなった典韋はまた泣き出した

「俺のせいだ...!弟にも注意されたんだ...飛熊軍はやべーって...俺は気にも止めなかった!俺のせいだ...」


典黙はこの事を趙雲から聞いていた、彼らの四千騎兵と張繍、張済の部隊も合わされば七千はある。

対して相手は一万程度、地の利もあって本来勝ってもおかしくないが飛熊軍が出た時から局面が変わった。


撤退の時に趙雲の率いる弓騎兵が居なければもっと被害が出ていただろうに、軍備拡大を早急にしないとだな……


典黙は珍しく、後で曹操に軍拡を提案しようと思っていた。


曹操「そんな事で泣いてるのか!?えぇ?お前さえ無事に帰って来れば、部隊が尽きようと我はまた笑える!」


曹操は典韋の隣に座り

「数百の兵だろ、濮陽に戻れば全軍から選ばせてやろう!典字営再建だ!馬も機材も全て典字営優先だ!」


軽くない約束だ、典字営再建の上全軍最強の戦力を集結するという事にもなる


曹操は立ち上がってこの場にいる他の武将に向かって

「いい機会だ、話しておこう!これまでの成長から見て、これから我々は更にデカくなる!お前たちもいつまで経っても数百人の部隊では物足りないだろう!帰ったら各自部隊の編成を任せる!」


ひと段落がついて、曹操は典黙と外へ出た。


曹操「この行軍の速度なら、明日には平昌に着く......初平二年、我が七星刀を手に董卓暗殺に向かった、失敗に終えたが洛陽から逃げた時に最初に立ち寄ったのが平昌...まさか四年ぶりにまた立ち寄る事になろうとはな......」


星空の下で曹操は両手を後ろで組み、昔の事を思い出して典黙に語った。


典黙「主公がたった一人で董卓暗殺に向かった事は千年や二千年経っても語り継がれます!必ずですよ!必ず...!」


曹操「ほう...子寂が言うなら信じよう!」


典黙の言うことなら何でも無条件に信じる曹操。

この頃の彼はこの関係が永遠に続くと思っていた...


曹操「あの時は大変だった、暗殺の事が露見して呂布が...」


曹操は急に固まりそして典黙をじっと見て

「次は徐州を取るぞ!呂布と劉備の兵力は大した事じゃないが、今日の事で我への警鐘を鳴らした!たかが飛熊軍が相手でこのザマだ...」


曹操はあご髭をいじりながら

「劉備は陶謙の兵も受け継いだ、その中には三千の丹陽精兵がいる。その実力は飛熊軍と互角かそれ以上だ...そして何よりも呂布の配下には陥陣営がいる、あれは飛熊軍などが比べられるものでは無い!」


ちょうどいい、軍拡の話を切り出そう...

典黙がそう思うと曹操が先に口を開いた


曹操「早急に軍備拡大の必要があるな!我々にもかのような特殊部隊が必要だ!」


あれっ...歴史とだいぶズレてきたな...


本来ならば曹操が徐州でボッコボコにされてからこの事に気づき、後々お金に余裕が出てきてから有名な虎豹騎を立ち上げた


このような特殊部隊の編成はかなり金銭と労力が必要。

趙雲から聞いた話によると、公孫瓚の白馬義従に対抗するために袁紹は張郃に大戟士を編成させた。

その結果二十万冀州軍から二千の大戟士を選び抜いた、倍率は百対一。

その他に馬や装備品等も言うまでも無い。


典黙はニコッと笑い

「心配要りません、既に手を打ってあります!許昌の事が済みましたらすぐにでも取り掛かります!」


曹操の顔は真剣から間抜けに変わり呆然と典黙を見ていた。


子寂よ君は本当に何者だ?

手を打っては兗州、汝南、穎川をあっと言う間に手に入れて天子も奪還した。

今、徐州の心配を話した途端に"手を打ってある"だと?

それにその様子から察するに結構前から計画を立てていただろうか...


典黙「主公?そんなに見つめられたら鳥肌が立ちます……"どんな手を使うのか?"とかは聞かないのですか?」


それを聞いた曹操はクスッと笑って

曹操「我の考えは読めないのか?」

典黙「読めませんよそんなもの...」

曹操「今まで君が手を打った所に行けば必ず何かしらの収穫はあった!今度は劉備と呂布を同時に相手するんだ、どんな手を使うのかが気になっていたのだ」


典黙「それなら楽しみに待っていてください」

曹操「そうさせてもらおう!」

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