四十三話 衝突

典黙は蔡琰が衛仲道と結婚したと思っていた


父を亡くし、婚約も無下にされ、親戚や友達も離れ、これらの出来事は十六歳の少女には過酷すぎる。


衛家と言えば確か河東の士族、そもそも婚約も蔡邕の影響力を狙った政略婚。蔡邕が崩れたと知れば身を引くのも納得出来る......いやっ待ってよ!


典黙はあらすじを整理していると一番大事なポイントを抑えた、そして考え無しに口走った

典黙「って事は君はまだ処っ...初夜を...いやっ何でもない...」


凄惨な身の上話を語ってた蔡琰は典黙の突拍子もない反応に当てられてポカーンとしていた。


すぐさま自分の失態に気づいた典黙は誤魔化そうと

典黙「あれだ...昭姬ちゃんの話を聞いてたら僕も少し悲しくなって来たんだ...」


蔡琰「顔がにやけてますよ?」

蔡琰は淡々とした口調で聞き返した。


蔡琰は少し古典的な顔立ちで、儒教の教えを長らく受けたせいか振る舞いから格調の高さが伺える。そして隠せない奥ゆかしさが典黙のような少年の心をくすぶる


今のはまずかったな…とりあえずこの場を離れよ...

典黙「しょっ...昭姬ちゃん、濮陽までの道のりが未だ遠いから早く休みなさい」

言い終わると典黙は逃げるように帰って行った


そして宿泊の場所に帰るとすぐ寝た典黙は翌日未明に太鼓の音で起こされた

鎧を着た曹昂がいきなり部屋に入って来た

曹昂「先生!李傕と郭汜の追っ手が近くまで来ています!父上が僕らを逃がそうと何人かの校尉に殿軍を任せました、その間に逃げましょ!」


なるほど、李傕と郭汜も救いようのないバカでもないな...


急いで鎧に袖を通して外へ行くと蔡琰は既に準備を整え待っていた。

二人が馬に乗って曹昂の護衛で東門から突破し撤退部隊と合流した。


典黙たちの合流を確認した曹操は安心して命令を出した

曹操「濮陽へ急行軍だ!急げ!」

ヨボヨボの家臣たちはもはやどうでもいい、陛下と子寂さえ濮陽へ連れて行けば勝ち!


地平線から数多くの西涼軍が迫って来て、その圧迫感の中典韋、趙雲、許褚と共に張済や張繍らも迎撃の陣を展開し迎え撃つ準備を整えた。


典韋「仲康、子龍!昨日俺は城内で敵を六十七討ち取った!お前らより多いぞ!これからは振り出しにもどすから勝負だ!」


典韋は双戟を抜き出し構えて、少し興奮気味に見えた。


趙雲「昨日は訳が違います、あなたが切り込み隊で僕らが馬車の護衛でしたからね!」


許褚「その通り!これからは公平に行こうぜ!」

許昌も火雲刀をぶんぶん振り回してワクワクしていた。


趙雲「子盛、仲康!主公からの言い伝えを守り足留めだけでいい、追撃はくれぐれもしないように!」

趙雲は二人に注意を促し腰を落とし足を前後に槍を構えた。


両軍の距離が百歩に達した頃典韋が戟を高く掲げ最大声量で掛け声をした

典韋「行くぜ!」


掛け声をきっかけに両軍がぶつかり合った

お互いに小細工無しの正面衝突、戦いは一瞬にして白熱した。

通常ならまず弓兵が飽和射撃をしてから騎兵による突撃が定番だが

お互いその準備もない今はいきなり接近戦で力比べになった。


人数的には曹操軍の旗色は悪い様に見えたが、曹操軍は充分休息が取れた迎撃戦。

逆に李傕と郭汜は追撃で行軍の疲労もあり苦戦を強いられる。


曹操軍の目的は敵の足留めにある様に、李傕と郭汜もまた劉協の追撃を目的とするから

両軍は自然と短期決戦を望む形になった

そして短期決戦に一番重要なのが相手の士気を一気に削ぐ事。


典韋、許褚、趙雲ら先頭に立ち雑兵たちを次々となぎ倒して行く

見る間もなく郭汜の陣営が大きい切り口が三箇所もできてしまい、曹操軍の後続もなだれ込んだ。


いち早く敵陣に突入した典韋は双戟を好きなように振り回し敵兵を惨殺し始めた。

返り血を身に浴び、双戟の届く所に血煙を充満させた

その姿は敵から見ればもはや化け物


同様に敵陣に切り込んだ許褚も負けじと火雲刀で敵を刈り取る

士気の崩し方を心得てる許褚はあえて敵の急所では無く手足を優先的に狙っていた。

敵に叫び声を出させて怯ませる作戦を取った許褚の周り三尺はすぐ叫び声と西涼兵の残肢断臂で溢れかえった。


殺戮を楽しむ二人に比べ趙雲は冷静に淡々と人を殺していた

亮銀槍を目にも止まらない速さで突き出す趙雲、その一撃一撃が予測もできずに敵の急所を正確に貫く


激しく暴れる三人に対して西涼軍は怯み、近づく度胸も無くなった。


後ろで観戦していた郭汜もイカれた三人に対して恐怖を感じた。

かつて呂布の戦いを見た事もあった郭汜は自然と目の前の三人に呂布の影を重ねて、その圧迫感に押し潰されそうになっていた。


郭汜は自分の部隊が消耗して行くのを心苦しく思い李傕を振り向き

郭汜「いつまで力を温存するつもりだ!」


ずっと観戦していた李傕は眉間に皺を寄せ、槍を握り締め号令をかける

李傕「着いて来い!敵の方陣を蹴散らすぞ!」


李傕の号令により三千の騎兵が後方から出て来た、その三千の騎兵は今までの西涼騎兵と明らかに装束が違った。通常の皮鎧の下に鎖帷子を着込み、兜にも顎紐を締め目以外を全部覆い尽くしていた。


張繍「気を付けろ!飛熊軍だ!」


張繍の叫び声が殺しに集中していた三人に届くと、三人はこの異様な部隊に目線を奪われた。


李傕は飛熊軍を連れて横側から飛び出し曹操軍の方陣に激突した、今まで西涼軍の進行を食い止めていた陣形はあっさり破られ、曹操軍の死体だけが残されていた。


これを目撃した三人は呆然とした、この作戦に参加する騎兵は皆精鋭だったにもかかわらず飛熊軍の前ではあっさり敗れたからだ。


飛熊軍は装備品も良く、日々の鍛錬による三人一組の戦法も曹操軍を苦しめた。


典韋「オラぁ!」

激怒する典韋は手網を引き方向を変え飛熊軍に向けて投戟を七八枚投げた。


切り口を見つけその中へ突入した典韋だが相手も正面から呂布を打ち負かした飛熊軍、いくら勇猛な典韋も苦戦を強いられた。


典韋の攻撃を三人一組の飛熊軍が二人は防ぎ一人が攻撃の隙を伺っていた。


趙雲「仲康、祐維!手助けするぞ!」

趙雲はすぐ典韋の劣勢を見抜き許褚と張繍に助けを求めた。

ただでさえ人数の分が悪い上、飛熊軍が好き放題やっていたら自軍の士気はすぐ尽きる、そうなれば全滅も免れない。


運良く趙雲、許褚、張繍が典韋の近くまで駆けつけ背中を合わせで持ち堪えた。


一方張済は運悪く飛熊軍に横側を突破されたあげく、前方の西涼騎兵にも攻められ、挟み撃ちにされていた。


曹操と裏で手を組んだのを恨まれたのか、李傕は張済の部隊を執拗に猛攻した。

僅か一時間足らずで張済の部隊は残り百人も満たない、絶望的な状況を目の前にした張済の部隊は士気が尽きた


張済「祐維!撤退!撤退だ!」

敵を目の前にした張済は攻撃を防ぎながら張繍を呼んだ


李傕「逃げられるとでも思ったのか?」

殺戮に興じた李傕は銀槍を振り回しながら飛熊軍を連れて張済に食らいつく。


李傕「死に晒せ!」

張済が飛熊軍の攻撃を防ぐ隙を突いて、李傕は銀槍で張済の胸を貫いた…


張繍「叔父上!!!」

趙雲「祐維!落ち着け!」


張繍は駆けつけようとしたが趙雲はそれを引き留めた。


趙雲「この状況で無事駆け付けても無駄死にだけだ...」

趙雲の言う通り、今のこの状況では四人がお互い守るのが精一杯で、少しでも気が抜けば全滅が待っている。


張済「叔母を...頼んだぞ...」

喀血にむせる張済は肺に残された僅かな息で言葉を絞り出した後は馬から転げ落ちた。


張繍「退け!撤退だ!」

張繍は涙を堪えて槍をぐるっと回し馬のお尻を叩いて撤退して行った。

趙雲、許褚、典韋も負傷兵を守り殿軍を務めた


郭汜「まったく...逃がすなよな!飛熊軍は天下無敵だろ?」

郭汜の部隊は一番消耗が激しく、撤退する曹操軍を快く思わなかった。


李傕「黙れ!」

李傕は郭汜を睨みつけ

李傕「あの三人の動きを見ただろ!ありゃ呂布にも負けねぇ!俺の飛熊軍もだいぶ消耗した、追い詰めてもいい事は無ぇ、あれだ...窮鼠猫を噛む...」


本来の目的は劉協を奪還する二人、戦闘に足留めされて追いつく事はもうできない。

それに李傕はあの三人の悪鬼羅刹とはもう関わりたくないと思った。

李傕「ペッ...長安に戻るぞ!」

悔しかっただろうか李傕は唾を吐き捨て郭汜に帰るよう話した。

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