三十九話 毒士賈詡

強者が集う場所長安

周王朝に始まり、楚漢争覇を経て勝者の劉邦も又ここを都とした。

ただ、前者と違って今の天子は悲しい事に董卓に無理やり連れてこられた。


董卓の災いが過ぎた後、李傕と郭汜はここで呂布と戦って呂布を追っ払った。

共通の敵が居なくなり二人は不毛な利益をめぐりお互い勘ぐって居た。

この微妙な均衡により昔栄えていた帝都は今見るも無惨に退廃している。


この時、城東将軍府では

伝令兵「報告!斥候の偵察によると兗州の曹操軍と思われる五千の騎兵がここ長安目掛けて急行軍しているとの事!」


李傕「曹操め、兗州でじっとしてねぇでここに来て何をしようと言うのだ!」


満面無精髭の李傕は水瓶に入った酒をそのまま飲み、口角からこぼれる酒も気にしなかった。


西涼男子の李傕はよく言えば豪快、悪く言えば気品の無い野蛮人だった


そんな野蛮人李傕は曹操軍など気にも止めなかった

李傕「五千の騎兵?そんな兵力で何が出来る?ここ長安に来ればあれだ…飛んで火に入る夏の虫…だ!」


ここに張繍が手に竹簡を持ち急いで走って来た

張繍「将軍様、小官が先程城内の警備で怪しい商人を捕えこの手紙を発見しました、どうやら郭将軍宛の物です!」


李傕は眉間にしわ寄せ水瓶を下ろし竹簡を手にし読み始めた。


手紙にはこう書いてあった

「拝啓、文通将軍。孟徳百拝、李傕悪賊により長安を禍乱、朝廷を牛耳、漢室を蹂躙、まさに第二の董卓!孟徳は漢臣であり、漢の俸禄を受け取りその恩を返すべくして、李傕を討伐する為に五千の騎兵精鋭を連れ将軍の軍門に下ります!」


李傕「おのれ!」

手紙の内容により李傕は目を見開き、額の血管も浮き出ていた。

李傕は竹簡を机に叩き付けて激怒した

李傕「通りで曹操のヤツが兵を連れて来た訳だ、郭汜と裏で手を組んでいたとはな…よし、よし、よし!」


李傕は歯を食いしばり怒りを抑えて言う

「兵馬を整えろ!俺の首は簡単にくれてやらねぇぞ!先手必勝だ!先にぶっ殺してやる!」


張繍らが立ち去った後一人の老者が残った、その老者は身に儒教の装束、白髪に白眉で短い髭を生やしていた。

その老者も怒ってる李傕を見て軽くため息をついて微かに首を横に振り、その後張繍の跡を追うように出て行った


老者「お待ちください、訊ねたい事があります」


張繍に追いつくと老者は笑顔で話しかけた


張繍「文和先生、どうされましたか?」


賈詡、賈文和。

目の前の齢五十の老者は三国志演義一の毒士、賈詡は張繍を見て意味深な笑みを浮かべながら聞きたい事を隠さずに聞いた


賈詡「ここに来る前、張将軍の叔父の張済が郭汜将軍の府城へ赴いたのが見えてな…」


張繍「恐らく、軍機について話でもあるのでしょうか...」

張繍は賈詡を警戒をしていた、目の前の温厚篤実に見える老人は只者じゃないと知っていたから。


当初呂布が董卓を殺した後、李傕と郭汜が呂布に怯えて西涼へ逃げようとしたが、そこに賈詡が突然現れて策を講じ、一夜で呂布をも負かした。


賈詡「軍機?ムッフフフ…」

首を回し笑いながら賈詡は続けて言う

「ワシの勘が鈍ってなければ、今頃郭汜将軍にも手紙が届いてるであろう。内容は、そうだな…李傕将軍を貶す物と見た。どうだ?合ってますか?」


驚いた張繍は後ろに二歩後退りした、周りを見渡して誰も居ないことを確認して賈詡に小声で言う

張繍「先生やはり頭脳明晰!ですがこの策は天子を救い出し、李傕と郭汜を破滅に追いやる物、どうか報告はやめて頂きたい!」


賈詡「やはりな…」

賈詡は張繍の真剣な顔を見て続けて言う

「あの二人がどうなろうとワシには関係の無い事…がこのような駆虎呑狼の策を考えた人には興味があります。恐らく曹操の五千の騎兵と貴方が合流すれば最終的に総取りになるだろう。策を考えた人を教えて頂けますか?」


賈詡が毒士と呼ばれた理由は陰険な策をよく使うのと他に常に保身を第一に考えるからである


保身を常に第一に考えるからこそ情勢に鋭く、今のこの状況をすぐ理解した賈詡にとて陣営選びを間違えない事が一大事


隠し通せないとわかった張繍は素直に打ち明ける事にした

「先生は典黙たる人物をご存知ですか?」


賈詡「曹操の新しい軍師祭酒典黙?」


張繍「はい」


賈詡「なるほど、英雄は少年より出ず!彼の話しは少し聞いた事がある。彼のおかけで曹操は兗州を収めた事は事実無根では無いと言うのか…このような麒麟手腕を持つとは、曹操はこれから中原では向かう所敵無しという事だな」


賈詡の口ぶりから察するに彼は報告する気がないとわかった張繍はホッとした

張繍「先生は典軍師と同じく精明強幹。ことわざにあるように類は類をもって集まる、先生も天子離脱のために共に戦うのはどうですか?」


賈詡は何も言わずに笑顔で頷いた。

張繍の誘いがなくても賈詡の選択はもう決まっていた。

保身しか考えてない賈詡は曹操に付くか逃げるかで悩んでも李傕や郭汜と心中する気はサラサラ無い。


賈詡「これから数日の間は李傕と郭汜は必ず殺し合う、そうなればその機に乗じて朝廷内にある二人の見張り役を始末した方がいい!殺し合いに夢中の二人は気づくはずも無い!曹操の部隊が到着すれば案内役をこっそり出して、張将軍は混乱に紛れ天子と共に逃がすべき」


張繍「ありがとうございます!これから取り掛かります!事が済めば必ず曹公へ先生の功を報告します!」


賈詡は軽く手を振って言う

「功など得たいと思わないが、典黙と一杯飲みたい。その才学をこの身で体験してみたい」


文人墨客はお互い惹かれ合う、それが天命を知る歳の賈詡も例外ではなかった。

それどころか典黙と少し勝負をしてみたい気持ちさえ芽生え始めた。


張繍「それなら簡単な事です!弟弟子が言うには典軍師は少年英才だが性格は穏やかで気品があり、謙虚な人です!先生も共鳴する所があると思います!」


賈詡「それは楽しみですね!それより、君子危うきに近寄らず。今見つかったら怪しまれる、ワシは自宅に戻りますよ。ではっ」

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