三十七話 恥

麋芳「近頃軍師殿が甄家とも青塩の商談をされてると聞きます、進展の方を二三伺っても宜しいですか?」


典黙と心理戦をしても勝ち目がないと踏んで、麋芳は真っ向から特攻を仕掛けた。

典黙はその言葉にまるで無反応、麋芳を見向きもせずにお茶を飲んでいた。


なるほど、商人の探り方をしてもダメか…でも甄家にも取られたくはない…


商談は相手の欲しいものが切り札になる、自分の欲しいものは青塩商売の斡旋。典黙の欲しいものが分からない以上何を提示すればいいのか麋芳は分からないで居た。


麋芳「軍師殿、当家は青塩を三百銭一斤で買い付ける検討もしております!これは我々の誠意でございます!」


典黙の出した手紙には一斤二百銭と書いてあった、そこから五割増しで提示すれば誠意を見せた事になる。


今流通してる青塩は一斤千銭で取引されてる、普通の家庭ではまず買えない。

薄利多売を狙う糜家も出来れば小売価格を抑えたい所


典黙はお茶を冷まそうと息を吹きかけて口を開く

典黙「甄家は一斤二百銭と提示した…が甄氏商会を濮陽に移すと提示した、もし糜家にもそれができるのであれば、甄家を断るつもりです」


甄家は冀州にある無極を拠点としている、甄家にとっては実家である。青塩のために故郷を捨てて濮陽に来るような事は糜家にはできない


この条件は自分たちを縛り付けるようなもの、糜竺は首を縦に振るはずがない。麋芳ももちろんそれを知っていた。


少し考えてから麋芳はため息をつき、残念そうに言う

「軍師殿、この事は私一人で決めかねます。明日にも一度徐州へ戻り、長兄に相談してからでも宜しいですか?」


へぇ〜、この僕に空蝉の術を使おうとするのか…面白いねこの兄妹

典黙「分かりました!ではお一人でどうぞ、弟くんには残ってもらいますよ。彼とは気が合いそうでね…」


糜貞を残して自分だけ逃げ帰るなど麋芳にできるはずもない。


麋芳は典黙の前に跪き、許しを乞う

麋芳「お許しください、末弟は幼少時から家から離れる事も少ないので、一人だけ残すのは心配です。末弟の粗相で軍師殿の機嫌を損なったのなら詫びとして銭五十万を用意しましょう!」


糜家には恨みがないが

後々徐州攻略の時犠牲を最小限に抑えるためにこのような悪手段を使った。


典黙は湯呑みを下ろして麋芳の前に行き

「困らせたいのでは無いんだ…糜家が劉備と近づき過ぎたのだよ。安心してください、劉備たちを締め上げた後、"彼"を無事に返そう」


麋芳は俯いたまま呼吸が早まり、大粒の汗が額を濡らした。


全部知っていたのか…糜家は劉備と曹操の争いでその犠牲になっただけか…


麋芳は再び典黙を見る、その眼光に残る感情は恐怖のみ。目の前の少年見た目は人畜無害、なのに用いる策はこのように鬼畜。


心知共に勝ち目がないとわかった麋芳は震えた

そこで典黙はその肩に手を乗せ小声で話しかける

「帰ったら伝言を一つ頼む、劉備のボロ船はいずれ沈む、早かれ遅かれ必ずだ。それに付き合わされて家業を無に帰すのも見たくないでしょ?」


「それじゃ弟の安全は?」

麋芳は息が乱れ、額の汗を拭きながら聞く


典黙は立ち上がり

「無事を約束しよう、僕も糜家に因縁がある訳では無いので、劉備への援助を絶てば糜家の者は危険にさらされることは無い!」


約束をしてもらって麋芳はホッとした

確かに劉備との婚姻で身分階級を超える事を企んでいたが、今は命を第一に考えねばならない

階級のために妹すら犠牲にするのは誰であってもできないはず。


状況もよくわかっていない糜貞は今頃隣の部屋で典黙の陰口をしていた。

糜貞「典黙め!この私に粗暴な態度を取るなど、やはりスケベ!恥知らず!図々しい!噂になったらどうしよう…お嫁さんに行けない」


着替えを済ませた糜貞はまだ気が収まらない

「ふんっ!いつか大兄様に言いつけて、全裸にして、縛り付けて!その状態で街中を練り歩く!見世物にしてやる!」


言いながらも空気を相手に殴ったり蹴ったりして忙しそうにしていた。


ダメだ、時間をかけ過ぎては怪しまれるかもしれないから早く戻ろ…

糜貞は嫌々戻って行く


居間に戻ると麋芳は典黙を見送りしていた


典黙「着替えに随分と時間をかけたな、迷子にでもなったかと思ったよ」


色々思い出したか糜貞は俯き

「お恥ずかしい限りです、軍師殿はもうお帰りになられるのですか?」


典黙「僕みたいなしょうもない男もね、曹操殿をも上手く騙して軍師祭酒の位までもらった。そのおかげで色々忙しくなったのさ」


あっ…えっ…それはこの前私が言った悪口…男装がバレた?いやいやっそんなはずないって、

あっ!"糜貞"に伝えるためか!


糜貞が一人で勝手にあれやこれを考えてる間に

典黙は悪ふざけに拍車がかかり「あぁーそうだ商談上手くいったら謝礼を楽しみにするよ」


糜貞はそれを聞いて顔が真っ赤になって

嫌ぁー!彼はやっぱり全部知っていた、知ってる上で抱き着いて、お茶もわざとこぼした!


典黙「それでは僕は帰ります、謝礼を思い付いたら城東の典府に訪ねるといい、アッハハ…」


帰る典黙を見送った後麋芳は頭を掻きながら糜貞に聞いた

「軍師殿の言う謝礼とは何だ?何か心当たりあるのか?」


糜貞「あの無頼漢が何言ってるのか分からないよ!」

そう言うと糜貞は走って部屋へ戻って布団に顔を埋めていた。


恥ずかしい!恥ずかし過ぎる……!

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