三十六話 悪戯

麋芳「めっちゃくちゃだ!家からこっそり着いて来た事は見逃したが、許川等どこの馬の骨と知り合うなど見逃せん!仮にソイツが典黙の手の者だったらどうする!」


天真爛漫で世間知らずな糜貞に対していつも優しい麋芳も思わず強く言った。

相手の素性も知らずに典黙の陰口を言ったことはもし本人に伝われば商談どころで無くなるから。


糜貞「そんな事ないよ兄さん…許川公子は雲心月性、話し方も知性溢れ、とても悪党の典黙と関係があると思えないのです!」

糜貞は不服そうに言い返す


麋芳「お前な!…」

麋芳はこれ以上の怒りを抑えたが、その怒りで手は震えていた

麋芳「もういい!急いで男装に着替えて来なさい!許川はどんな奴かは置いといて、典黙が来ると聞いた、彼も未だ家庭を持っていない。万に一つでもお前を見初めたらそれこそ為す術なく言いなりになるしか無い!」


これに関しては糜貞も恐れていた、小走りで部屋へ戻り着替えに行く

戻ってくる頃には男装の錦衣に長髪を隠す帽子を被っていた


麋芳はひとまず安心した、妹を取られては劉備との関係も悪化するからだ。

もしそうなれば糜竺兄さんに怒られる…


護衛「副当主!典軍師が来ました!今二階にお通ししました!」


やっと来たか、もう八日経つ。


糜貞は自慢げに首を高く上げ、ほらね!許川公子は嘘ついてない!と言わんばかり。


すぐ護衛の同行で典黙が目の前に来た、麋芳は急いで身を低くしてお辞儀をした。

麋芳「賤民麋芳、よろしくお願いいたします、典軍師!」


糜貞は隣でキョトンとして目を大きく見開く

糜貞「典黙?…」


典黙は糜貞をちらっと見て笑いそうになったが我慢した。

男装か…面白いことするじゃん、でもそれでは騙されないよ…


麋芳「軍師殿の名前を呼び捨てとは、早く謝罪せんか!」


麋貞の言葉に驚いた麋芳は椅子から飛び上がって言い訳を取り繕う

麋芳「これは…弟です、あまり外出の経験が無く、世間知らずです。お許しください!」


糜貞もお辞儀して偽名を使って挨拶する

「糜振です、礼儀知らずで申し訳ございません。」


今の典黙は未だ朝廷内で何の官職も与えられていない、軍師祭酒も曹操軍営の役職。

それでも麋芳は知っていた、この地では目の前の少年こそ曹操の次に力を持っていると。


糜貞はお辞儀したまま顔を上げるのが怖かった


ほへぇー…この典黙やはりとんでもない悪党だ!許川とか偽名まで使って!ヤバイヤバイあの日面と向かって罵った事覚えてたらどうしよう、根に持ったらどうしよう…


あれこれ考える糜貞だが、自分の服装が目に入り

大丈夫だ今の私は男装してるし男化粧もしてる、バレないはずだ!バレそうになっても認めないで誤魔化せばなんとかなる!

そう思って少し安心した


典黙は手をかざす、楽にして良いと示した

典黙「糜家の旦那様、お尋ねしたい事がございます。」


麋芳「軍師殿、何なりとお聞きください。それに私らにできることとあらば、何なりと申し付けください!」


商道の精鋭なりに麋芳は厳密な言い回しをした。


典黙も二人を交互に見て

典黙「僕に友達がいてね、名を許川…この前彼から聞いたのですが、御宅に糜貞という妹さんが居て僕に対して偏見があるらしい。その子も合わせて貰えないでしょうか?」


典黙の話を聞いた糜貞は軽く身震いした

着替えて良かった、もしバレたらこの反応じゃないよね!しめしめ


麋芳「そのような事が?…何かの誤解かもしれません、確かに末妹糜貞は実在しますが、今実家におります故、濮陽には来てません」


糜貞「はい、妹も来たかったみたいですが大兄様に止められまして…」


面白い事してくれるね…後で泣かないといいけどね…

この状況を典黙は楽しんでいた


典黙はゆっくりと糜貞の前へ近づきじーっと暫く見つめると

典黙「糜家の弟くん!君は僕の弟に凄く似ている、何だか懐かしい感じがするよ…僕と義兄弟になりましょうよ!」


麋芳はそれを聞いて、目に見えて喜んでいた。

典黙との良い関係を築ければ商談が上手くいかなくても無事家に帰る事ができる。


遊ばれてる糜貞は嫌そうだが麋芳をちらっと見ると、麋芳はこっそり親指を立てていた…

糜貞「ぼっ、僕も同じ様な気がしますっ!」


典黙「やったー!」

典黙は熱い抱擁を糜貞にした、暖かく柔らかい感触と微かにいい香りが脳天を貫く。

暫くこうして居たい!!典黙は素直にそう思った


いい気分に浸してる典黙と違って糜貞は脳内真っ白になり動け無かった。

貞操観念が厳しいこの時代、異性同士なら手と手が触れ合うのだけでも容易に許されないのに抱き着くなど考えられない


糜貞は典黙を推し退かす勇気もなく、ただ雛鳥のように震える


暫くしてから典黙は名残惜しそうに糜貞から離れ、机に戻りお茶をいれた。


典黙「さぁ!今日はいい日だ!お酒の代わりにお茶で乾杯しましょう!この友情が長く続くように…ね!」


糜貞は少し警戒してるが言われた通りにお茶を受け取る、その時典黙は"うっかり"湯呑みをひっくり返した!一瞬にして糜貞の錦衣が濡れた


典黙「あっごめんごめん!ほらっ拭いてあげるからじっとしててね…」

典黙は悪い顔を隠すように優しく糜貞の錦衣を拭く


糜貞はされるがまま、顔を赤く染まり涙を堪える。罵ってやりたい気持ちをどうにか我慢する


暫く拭いてあげてから典黙は満足そうに糜貞に

「弟くんの大胸筋はよく鍛えられた立派な物ですね!」


「嫌ぁー!!」

糜貞は叫びながら走り去る


麋芳「気になさらないでください!着替えに行っただけです!」

麋芳も一連の出来事で血の気が引いて真っ青な顔で取り繕う


典黙「おぉー、着替えね、じゃ…二人で商談の方を進めるとしましょう!」


麋芳「はい、賛成です」


やっと本題の商談に入る…麋芳は少しホッとした。

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