三十五話 合縦連衡
曹操の疑問に対し典黙は特に説明もなしに机の方へ行って手紙を書き出した。
しばらくして、手紙を曹操へ渡すとダルそうに椅子に再び座る
「主公、これを雛形にして手紙を二通書いて、それを二人に渡して欲しいです」
曹操は手紙を受け取り、二人に渡す?誰にだ?など思いながらも手紙の内容を読んでみる、すると無意識的に
「李傕、郭汜!」
典黙「その通りです!」
曹操も頭がキレる、すぐに典黙の企みを手紙の内容から察した
曹操「ガッハハ…良かろう!李傕と郭汜元は董卓の配下で同僚だが、董卓も亡き今二人は自分の利益ばかりを考えている。この手紙があればその微妙な脆い関係も簡単に崩れよう!!」
ちょっと前までは曹操兵力の心配をしていた、張済の手引きがあったとしても自他の兵力の差は歴然
それに自軍は遠距離の強行軍相手はそれを察知して待ち構えると不利な状況はより一層悪くなる。
典黙の出した手紙はその状況すらも覆す、リスクを最小限に抑える事ができる。
それに李傕と郭汜は手紙を受け取って、自軍が到着する頃には既に殺し合う展開にもなり得るその時は張済と手を組み、長安攻略と天子の救出は簡単にできる!
曹操「…待ってよ、おかしいぞ…!」
典黙「どうかなさいましたか?」
曹操「いやっ戦局の事では無く、キミだ…」
曹操は乾いた唇を舐め
曹操「子龍が張済を口説く、張済は裏で手引きして城門を開ける。それが本作戦の核心だと思っていたが、この手紙さえあればその必要も無い!この計画はキミが子龍と出会う前から既に立てていたのでは無いか?子龍の出現はこの計画を更に完璧にするに過ぎん!」
典黙は微笑んで頷いた
典黙「さすがです!鋭いですね!」
典黙の余裕ある態度に対して
曹操「子寂、キミを見るととある歴史人物を連想してしまうよ、キミはまるで王禅だ!」
王禅は春秋戦国時代の策略家別名鬼谷子、縦横無尽に張り巡る策と相手の心を読む事を得意とする無二の鬼才。
典黙「主公、それは言い過ぎですよ。いくらなんでも鬼谷子に例えられたら僕も照れますよ」
曹操「過剰に褒めてなどおらん、事実を言ったまでだ!現にこのような策は震天動地な功を奏するのは目に見えてわかる!」
曹操はゴクリと唾を飲み込み典黙に言う
「天子の救出は一大事、我が直に向かうつもりだ。危険な事だが子寂も同行して欲しい!」
君子六芸が提唱される時代、そのの首位である武芸の心得がない典黙は普通なら足でまといとされ前線に立つ事も無かっただろう、だが曹操は関係無しに連れて行くと決めた。
典黙も曹操の腹積もりを知っていた、天子の救出は臣下にとってこの上ない名誉である。
曹操は天子に典黙をも合わせて、朝廷内にも官職を持たせる事を企んでいた。
まったく、抜け目のないヤツだ…色々考えてる典黙に曹操はニヤリとして
曹操「心配するでない、子寂は武芸に関しては凡人以下である事は我も知っている。」
典黙「凡人以下って…」
曹操「そこでだ、護衛を付ける事にした!」
典黙「待ってください!この戦いは今までの戦以上に大事ですぞ!僕を守るために戦力を割くなどあってはならないです」
曹操「その心配も必要ない!将官ではないが武芸の心得はちゃんとある、君一人守るなど造作でもない!」
典黙「へぇ〜…誰ですかその方とは?」
曹操「そうだな!それは…」
曹操は話の途中で話すのを止めた、いつも典黙が勿体ぶるのを思い出して、その真似をしてみたくなった。そして典黙の口調を真似て言う
曹操「それは出発の日になればわかる事だ!ガッハハハハ…」
典黙は肩を落としそれほど気にもしなかった
典黙「それでは当日の楽しみにしておきます」
曹操は席に戻り深く腰をかける清々しいほどに気分がいい。この数日の間長安の事に悩まされ程昱や荀彧と話しても進展は無かったが
典黙の計画全体を聞いてでやっと心にのしかかるものが無くなるのを感じた
典黙「それでは主公、早速着手しましょう!僕もこの後軍営に行って選抜に取り掛かります」
用事を済ませて典黙はばを離れようとしたが曹操に呼び止められる
曹操「あっ待って、もう一つ進めて欲しい事がある」
典黙「何でしょか?」
曹操「糜家…もう七八日経っていよう、いつまでも放ったらかしにするのも良くない。それにこの後の遠征は少なく見積っても一ヶ月前後はかかる。それまでに結果を出すべき。」
糜家は無視できない存在、いくら毒塩を青塩に変えられても売れなければ意味が無い。
それには糜家の協力は必要不可欠。
バックアップで甄家があると強かっても袁紹から奪い取るのはもっと骨が折れる。
典黙「その事なら心配いりません。長安に出向く前に…明日に結果を出します」
曹操「自信はあるのか?」
典黙は何も言わずにただ掌を出してひっくり返した、掌を返すよりも簡単であると示した。
曹操もその意図を汲み取り微笑みし頷いた。
実の所数日前までは典黙も対話による説得には自信は無かったが、糜貞の出現によりこれもまた違う切り口を見出した。
糜貞の小娘、自分の所業により糜家はもはや轍鮒之急。その事にも気づいてないだろう…と典黙は思いながらクスッと笑ってしまった。
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