三十一話 商売繁盛
徐州、東海郡、糜家。
三十歳半ばで顎に三寸の髭を伸ばしてる糜竺は居間でお茶をしているところ、急に正面入口から一人が竹簡を手に走って来た、糜家の二番手の麋芳。
麋芳「大兄!濮陽から手紙が!」
糜竺「濮陽?」
糜竺は急いで手中の湯呑みを下ろして竹簡を手に取る
糜竺「濮陽の商売に問題か?」
麋芳「いええ、典黙からの手紙で、どうも浄化の術を駆使して毒塩を青塩に変えたそうですよ!ほらっ!」
麋芳は竹簡と一緒に送って来られた小包を糜竺に渡した、中を見ると真っ白な食塩が入っていた。
これを一目見てすぐに手紙への関心が無くなった糜竺は指に付けてひと舐めすると
糜竺「青塩だ!上質な青塩だ!」
残りの塩を大事そうに包み直す糜竺
「先日曹操軍が新しく軍師祭酒を決めたそうだ、この典黙は千載一遇の奇人で兵法、カラクリ、あらゆる奇術に通ずると聞いた…噂話もバカに出来ないな!本当に毒塩を青塩に変えるのか…」
麋芳は頷いて
「多分商談のためにこの手紙を出したじゃないですか?各州各郡に売り出すにはウチの商道が必要ですから。」
麋芳は竹簡を糜竺に見せるように持って
「ここを見てください、ウチには一斤二百銭の値段で売るつもりで小売価格については口出ししないそうですよ!」
糜竺「ほんとか!?」
糜竺は竹簡を手に取りじっくりと読み出した。
本当に書いてある事を確認してから感慨深く
「それなら莫大な利益になるな、今流通している青塩は一斤千銭、我々は薄利多売を目指して一斤三百銭に設定したとしても今まで想像もつかないような富が集まる!」
麋芳「それはそうと、濮陽は曹操の本拠地。彼は劉玄徳と仲が悪い。私たちは巻き込まれないでしょうか?」
糜竺は首を軽く振り
「大丈夫だ」
湯呑みを再び手に取りお茶を啜り
「徐州では明確に劉将軍を支持しているのは陳家、劉将軍が近づいてきたのは最近の事、曹操たちは知らないはずだ。それに我々は商人、政治事には関わらない。」
糜竺の分析を聞いて麋芳もなるほどなと思って笑顔を見せた
「それならこの商談大兄が直接行くの?それとも僕が代わりに行きますか?」
「兄さんたち濮陽へ行くの?私も行きたい!」
銀鈴のような声が門の外から聞こえて来た、声と共に現れたのは十五六歳くらいの美少女だった、艶のある黒髪に古典的な小顔でまさに鶴髪童顔、漣の立たない秋水のような澄んだ目に殻を剥けたゆで卵のような肌
三国志では劉備と結婚し糜夫人となった、糜家の末妹の糜貞である。
糜竺「もう帰って来たんか?さき劉将軍と馬で散歩する約束したじゃないか?」
糜貞「イ・ヤ・だ・ね!」
糜貞は頬を膨らませ嫌そうな顔を露わにする。
糜竺「児戯では無いぞ、劉将軍は漢王朝の後裔で仁義無双!そんなお方からの誘いなど願ってもないぞ!わがままは程々に!」
長男の糜竺はお父さんのような威厳を見せるが糜貞もただ者ではない
糜貞「私を誘ったのは財力で援助して欲しかっただけでしょ?そのくらい私でも分かるよ!」
麋芳「あららっ劉備殿は高貴な方だぞ?それでもお眼鏡にかなわなかったのか?」
糜貞「ふんっ!かなう?あの見た目を見たでしょ?ただの変な人よ…」
三国志で劉備の見た目について記載はあった
「劉備の手が長くぶら下がった状態で自分の膝にまで届く、そして耳が大きく自分の目で目視できるくらい」
手が長いのか足が短いのかは検証できないが耳が大きいのは間違いない。
糜竺「それ以上言うな!」
糜竺は机をパンと叩く
「古来より婚姻大事は父母が取り決める、両親共に居ない今は長兄であるワシが決める事になる!そのわがままは通さない!」
叱られた糜貞は黙って俯いて裾を弄る、それを見た麋芳は諭すように言う
「あのね、ウチは確かに漢王朝一の富を手にしている。だけど身分は商人、士農工商では最下位。だけど劉将軍との婚姻でもう一つの身分が手に入るのさ!」
春秋戦国時だよりこのカーストはずっと続いてきた。このような乱世でなければ由緒正しい劉備は糜家など相手にもしなかっただろう。
糜貞「そんなに好きなら芳兄が嫁げばいいだろ!!」
吐き捨てるように言って走って逃げた糜貞
「全く!」
糜竺は麋芳を見て
「お前が昔から甘やかすからこのようなわがままになったのだぞ!劉将軍との婚姻は成功のみを許される!」
麋芳「安心してください大兄、貞妹はわがままだが頭は悪くない、それぞれの利害関係の分別くらいは着く。それよりも濮陽へ行く人を決めよう。」
糜貞を守るためか麋芳は急いで話題を変える
糜竺はしばらく髭を摩り考え込むと
「お前が行きな、劉将軍はしばしば訪ねて来る、当主のワシが居なくては疑心を抱かせる」
麋芳「なるほど、分かりました!糜家の顔に泥を塗らないように上手くやります。」
糜竺はやっと満足そうに頷いた
「噂では典黙の歳は十七八、若いのに高い位に着き、奇門遁甲にも通じてる。多分傲慢で鋭い、くれぐれも気をつけて行ってらっしゃい」
麋芳「肝に銘じます!」
この時走って逃げた糜貞は遠くへ行かず話をこっそり聞いていた、そして爪をかじり呟く
「濮陽、典黙…ね!ふん!行かせてくれないならこっそりついて行く、あのデカ耳よりは面白そうだし」
翌朝糜家邸宅前に馬車が並び周りに十数名の護衛が待機していた。麋芳が邸宅から出ると糜竺が後ろから声掛けて来た
「子方、貞妹を見たか?」
麋芳「いええ、先まで身支度していましたので見てないですね居なくなったんですか?」
麋芳は心配そうに周りを見渡す
糜竺「あの小娘…昨夜は府上に居たのに今朝から居場所が分からないと聞いた。どこをほっつき歩いてるのだか…まぁ良い、気をつけて旅立て!」
麋芳「それでは!」
麋芳はそのまま馬車に入り、後ろの荷台に糜貞が乗っている事も知らずに出発した。
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