第七話 呂布を牽制する猛将

竹簡の内容はそれ程難しくなく簡単な降伏勧誘だった。田義に向けて、もし呂布が大敗したら城門を閉ざすよう書いてある。


「田義は姑息で自分さえ良ければ保身に走るしょうもない輩だ、呂布の負けが続けば間違えなく裏切るだろう。」


曹操は竹簡を慎重に納めてから言う「まさかこの様な輩すらも計算に入れるとは、恐れ入ったよ…」


「主公、ありがたいお言葉です!僕は名君に使えるためにはそれなりの準備をして当然の事です。」


曹操の言う通り田義とは歴史上では呂布軍が有利な時に曹操に降伏と称して濮陽に侵入し中から城門を開け呂布を中に入れた。濮陽に入った呂布は曹操の兜を方天画戟で落とし、面識がないから曹操本人に向かい「曹操はどこだ?!」と聞いた。曹操も「前方に黄色の馬に乗ってる人」と嘘をついて辛うじて生き延び、その後典韋と楽進が奮戦し救出された。

その後曹操が有利になった頃、田義は呂布を売る事になる。


曹操の言う通り、もし呂布が連戦連敗すれば間違えなく田義は裏切るだろう。


「子寂は……まるで主を選ぶ麒麟の様だな!(麒麟は名君の所にのみ現れる)」


「いええいええ、良き止まり木に鳥たちが集まるのは当然ですよ!(名主の元に人材が集まる事)」


お互い持ち上げて二人はアハハと笑った。隣にいる典韋は今の所酒も肉も貰ってなくポカンとした顔で「誰か何か面白い事言ったか?」


「策略は完璧、手腕も麒麟手腕!ただ一つ……はぁ…」ため息の後続けて言う「敵軍後方を奇襲するには一騎打ちで相手の注意力を完全に引き付け無くてはならない。正直に言う、我が軍で呂布との一騎打ちで三十手合い以上持ち堪える者は居ない……」言い終わった曹操は明らかにシュンとしていた。


典黙もその点を熟知しているつもりでいる、呂布の勇猛さは後世に天下無双の武として伝わる

並の武将が相手では勝つところか保身すらままならない。

一対多数でも、有名な虎牢関の戦いでは関羽、張飛、劉備を同時に戦う逸話も残している。

関羽も傲慢になり無敵と自負したのは呂布が死んだ後だった。


なので曹操は困っていた、典黙が出した策は完璧とも言える。

濮陽の守衛を裏切らせ、退路を絶ってから殲滅

これ以上の良策は見つからない。

だが問題は牽制できる武将がいなければ全てが始まらない。これだけはいくら頭脳が良くても対応できない事。


「主公!お任せを、時になれば猛将が現れ呂布を真っ向勝負で牽制します。」


「どんな人だ?!」

もしそんな武将が自軍の中に入れば典黙と双璧を成し、正しく文武両道で向かう所敵無し。

ありえない……曹操の認識では真っ向勝負で呂布と渡り合えるのは関羽と張飛の二名、この二人は今頃劉備と一緒に徐州を狙っている。


典黙は答えずに聞き返した「主公、信じてくれますか?」


曹操「無論!子寂がいなければ我々はまだ崖っぷちだったから」


典黙は口角を上げ「ならば先程進言した様に準備を進めてください、猛将は自然と現れます」


他の人が同じことを言うなら曹操は間違えなく信じていなかっただろうが一月後の出来事を正確に予言して、対策したこの麒麟才子が言うのなら信じる事にした。


「何も心配要らないのなら今やるべき事は子寂を宴会に連れて行き皆に紹介する事だな」


「主公、僕は呂布軍を敗亡させてから付き合いますよ、その時は《醉笑陪君三万回,不用诉离殇》(悲しい事などが考えられないほど飲む事)」


「アハハハ!良き詩だ!気迫も文才もありふれている!兵法も作詩も一流とはな!ますます気に入った!子寂がそう言うならそうしよう!」

そう言い曹操は出口へ走った。

よっぽど先の詩も気に入っただろ、出ていく時も小声で反復していた。

歴史上の曹操は軍略家でもあり詩人でもあったから。


離れる曹操を見て典韋は口を開き「弟よ!主公は軍中に呂布と一騎打ちで牽制出来る人が居ないって言ったぜ?そんなすごいヤツどうやって見つけてくるんだよ?」


「兄さんも心配性がすぎるね、大丈夫って言ったら大丈夫だよ。」


典韋「両親が亡くなる前に弟を守れって言ってた。もし主公に咎められるか、負けて殺されそうになるなら何があってもお前を守る。でも気になるな!誰だ?そんな強いヤツ?」


「兄さんだよっ」典黙は簡単に言ったが典韋は重く受け止めた。


「冗談やめろよ、俺はただの歩兵だぞ伍長ですらないのに出て良い訳が無いよ…」


典黙は真剣な眼差しで「兄さんの無双の怪力と熟練した短戟捌きなら呂布も簡単には勝てないだろう。更に固い節義と男気を持っているから一兵卒で終わる器じゃない、ここで武勲を上げ名を轟かせるべきだ。」


冗談ではなく本当に戦場で呂布と戦うとわかった典韋は小さく武者震いし、体の芯から熱くなってるのを感じた。

戦場で武勲を上げたいと思っていたがなかなか機会がなかった。やっと訪れた機会に思わずにやけてしまった。


「…兄さん…もう家族は兄さんしか居ないから、くれぐれも気をつけて。」


「弟よ!心配性がすぎるぜ。大丈夫ったら大丈夫だって!」

心配する典黙の気が変わってしまう前に誤魔化す典韋、典黙と同じような事を言い放つ。


これ以上多くは語らないが典黙の心中はやはり心配している、後世に伝わる三国時代武将の強さランキングは色々あるが単純な武力なら呂布が不動の一位。


典韋VS呂布、他の人ならワクワクするかもしれないが典黙からしたら残された唯一の家族、これ程緊張したことが無い。


せめての救い生死をかけた一騎打ちじゃなく百手合い以内に呂布軍の後方を奇襲すれば混乱が生じる、混乱が生じれば間違い無く負ける


典黙は深くため息を吐き、十年待った計画今はこのまま突き進むしかない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る