第六話 典黙の後手

「兄さん、歩き回るのやめてよ?」

炊事所では典黙は自分で作った安楽椅子に深く腰をかけて歩き回る典韋に言った。


「心配なんだよ!」と典韋は近くに来てしゃがみ「主公たち戻って来ないし、何かあったかな?」


典韋の心配事は知っている、もし奇襲が失敗に終わったなら典黙もタダでは済まない。

典黙が前に出て話しかけようとする時、扉が開かれ額に汗をかいた曹操が無表情で急いで入って来た。


失敗の責任を取らされると思った典韋は前に出て罪を被ろうとした時


「子寂!先生のお陰だ!呂布軍の動き方は先生の予測と寸分たがわず、我が軍は東の要塞では無傷で落とし敵を二千殲滅、捕虜二千、兵糧三万石獲得。齊山麓では敵を三千殲滅、捕虜一千五百、戦馬四千匹。これで呂布軍は元気も無くなるだろう!」


曹操は嬉しいあまり子供のようにはしゃぎ典黙に抱き着いた。


それを見た典韋も気持ちを切り替えて「でしょ!俺の弟はすごいでしょ!俺は初めから余裕だと思ってましたからね!」


しばらくすると曹操は手を典黙の肩に置き前後に揺らし

「助かった!三軍共々助かった!」


揺らされる典黙は息を整い「僕は策を出しただけ全ては将兵たちの苦労ですよ」


曹操の好感度は直線上り、良策を持ちながら傲慢にもならない。これ程の大才をこれからも大事にしていくと決めた。衣服を整い典黙に向かって言った「軍中欲しい役職あればなんでも言ってくれ」


「主公、褒賞は呂布軍と決着をつけてからでも遅くないかと思います。」


謙虚に振る舞う典黙を見て天の助力を得たと信じる曹操


「それなら今から宴会に行こう、皆に盛大に紹介するから」


外へ典黙を引っ張る曹操に

「主公、もう一つ」

典黙が声をかけて続けて言う「宴会ではたらふく食べるのは構わないがお酒はやめておきましょう」


真剣な顔をした典黙を見て曹操は不思議に椅子に座る。

「どうして?」


典黙「杞憂ならいいが、もし呂布軍が今夜我が軍の陣営に奇襲をかけたら泥酔していては反撃も出来ない。」


「なに?!呂布が奇襲を?!」

曹操は飛び上がり、典黙は首を横に振り

「将たるもの可能性があるなら警戒して損は無いでしょ。昨日我々が勝ったのも敵軍が油断した隙を突いたからですし。」


なるほど、確かに戦局は良くなったがまだ呂布軍の方が有利な状況で油断はできない。

嬉しい事に、子寂はこの若さでこれ程の警戒心を持っている。もし彼が敵軍にいたら昨日負けるのは我々だろう。


「昨日完勝こそしたが呂布軍には壊滅的な一撃になってないはず。呂布器が小さく、性格も焦燥かつ頑固。今頃激情に駆られて奇襲を企て更に周りの助言も聞き流すでしょう。」


この頃曹操軍では皆が祝杯をあげていた、笑い声と戦場の自慢話が飛び交い、いつも慎重な荀彧も少しは浮かれていた。

曹操もこの助言がなければ同じ様に浮かれていたかもしれない。目の前の、全てを計画した少年だけが警戒心を持ち続けていた。


曹操「呂布が率いる西涼軍勇猛果敢だが勝てない訳では無い、一番の問題は呂布自身の無類な強さ」


この時代で戦闘開始前の一騎打ちはよくあること、特に兵力に大差が無い時。勝てば自軍の士気が上がり相手はへこむ。だからこそ関羽が華雄を斬った時も「この将を手にすればその価値十万の兵に勝る」と独り言をこぼした。


今曹操軍では呂布と一騎打ちが出来る猛将が居なく。徐州から濮陽に駆けつけて負けた初戦もそう

当時臧覇と楽進が一騎打ちをし夏侯惇と張遼が一騎打ちの途中呂布が突然割って入りたった二手で楽進と夏侯惇を負かし、それを見た西涼軍が突撃して曹操軍の防衛線を突破した。


「主公!策ならある、呂布を敗亡させる策です。」


悩んでいる曹操、それを聞いて瞳孔も閉じ。東の要塞では完勝と言ったが敗亡させるとは言ってなかった。昨日の一戦で多少は挽回されているがお互いまだ三万前後の兵で拮抗している。


曹操は息を止めて「子寂、教えてくれ!どんな策だ?」


「これには二つ準備が必要、

その一、武将一名に三千の騎兵を率い夜更けに林に隠れさせ、一騎打ちの最中に呂布軍の後方を奇襲させる。

その二、この手紙を濮陽城に居る商人田氏に渡して欲しい

この二点さえ整えば呂布は敗亡するでしょう」


そう言いながら竹簡を曹操に渡す、「既に手紙も用意済とはな!昨日の出兵よりも前に、いやっもっと前に計画していたのか……」

曹操は心の中で更に感服した。

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