第三話 経天緯地の大才
扉を押し開けた曹操の目に入ったのは一人の少年である身長七尺(約1.77メートル)儒雅かつ幼き顔付きは曹操に「人違いでは?」と思わせた。来る道中でどんな仙風道骨な方だろうと思っていたから。でも目の前に居る少年はまだ子供ではないか。
「小生典黙、字名を子寂。以後お見知り置きを。」
気まずい中典黙が先に拱手の礼をした。
「こちらこそ…先生!」
我に返った曹操急いで前に出て両手で典黙の手を握り「先生がこのような所で埋もれいるとは露知らず恥ずかしい限りです。さっさぁ!お掛けになってください!」
言いながら椅子を直々に引っ張って来て一緒に座り典韋に向かって「そこの誰だっけ、上質な酒と肉を持って参れ」
「主公それには及ばず、既に準備してあります」典黙はそう言い鶏肉とお酒ひと壺を取り出しながら典韋にも手招きした。
「そうか子寂の兄さんだったな…掛けたまえ。そう言えば典韋とか言ったな字名は?」
「字名?あぁ!弟に子盛と付けられた!」
周王朝以来二十歳超えの男子は冠礼を行い目上から二つ名を貰うのが仕来りが典韋の両親ともに居なくなり歴史上では字名も無く転生した子寂が付けることになった。
「頭悪そうだな」と思いながらも曹操は壺に入った酒を渡し静かにさせた。
曹操の許可を得て喜びを顔に浮かばせ勧められていない肉にも手を伸ばしむしゃむしゃし始めた。
「子寂殿」
曹操は拱手し敬意を露わにして言う「現在我が軍の兵糧はあと一月足らず呂布は陳宮、張邈の支持を得て兵力も四万越えで濮陽に陣取り。我は敵を退ける策をすぐには思い付かないでいる。どうか先生に策をご教授して頂きたい」
典黙も拱手を返し真っ直ぐに曹操を見つめ声を低めて「東の要塞を奇襲すべき」
それを聞いた曹操は顔中に失望を露わにした
荀彧との話し合いでは東の要塞を奇襲するのは上策と考えたが大才が残した手紙の三行目では
《三・呂布軍東の要塞を奇襲する事必ず失敗に終える》と書いてある
曹操は疑った、本当に目の前の典黙は一月前に手紙を置いた大才なのかを、そして気づかれないよう聞いた
「先生、ひと月前置いた手紙の三行目の内容覚えていますか?」
典黙は笑いながら「あぁ!三・呂布軍東の要塞を奇襲する事必ず失敗に終える」
そこで疑いは確信へと変わった。手紙の内容は極秘にされていて典黙はそれを一字一句たがわず言い当てた。
「ならどうしてこの決断に至ったのですか?」
曹操は疑いから謙虚の態度へと変わり聞く耳を立てた
「普通の奇襲なら失敗に終えるでしょ。東の要塞は呂布が配下高順と五千の兵力で守りを固めている、主公なら八千から一万の兵で奇襲をする予定では無いでしょうか?」
曹操は感服し「その通り」
典黙は盃と酒壺を離し指で線をなぞり
「濮陽から東の要塞までたかが五十里(約20km)騎兵部隊では一時間程で着いてしまう。仮に時間内に攻め落としたとて、戦闘の後呂布の援軍からその要塞をどのように守り抜くつもりですか?」
確かにいくら奇襲とは言え五千の兵を解決するのに4~5時間はかかってしまう。まして高順の率いる陥陣営は三国志の中でも精鋭中の精鋭
曹操の顔色が曇り典黙の続きを待ち侘びている
「確かに東の要塞を奇襲するのは良い策、敗戦の後我が軍に休息が必要と見て呂布軍は油断するでしょう。この時に攻め入れば反応出来ないはず。だが問題は兵の数。」
守り側五千の兵力に対し、奇襲側は一万人が上限。野戦と違って狭い要塞の中では人数が多くても役に立てない
「じゃもう五千?」
試しに聞いてみると典黙は首を横に振り指を三本出した
「三万!?」
驚きのあまり開いた口が塞がらない曹操続けて言う「先生、東の要塞は狭く一万の兵ですら全ては入り切らないのですよ、それに万が一呂布軍が要塞を放棄し我が軍の陣営に攻め入れば我々は全てを失うのですぞ!!」
「主公!全軍の出撃は全てが要塞攻めとは限りませんぞ」
そう言いながら典黙は人差し指と中指でさきの壺と盃の間に線を引く。それを見た曹操はピンと来た、明らかに心臓の鼓動が早くなった。
濮陽から東の要塞までは山道なら七八本あるが応援の騎兵部隊が通れるのは広い道一本しかない、それなら待ち伏せする事が可能になる。しかも応援のために急行する呂布軍は五十里も走った後に三万の待ち伏せがあると思わない。
起死回生の策を得た曹操は拳を固く握りしめた。
子寂は全てを計算し尽くした、謀略、警戒心それに人心の読み方どれをとっても恐るべき。
「大敗を喫したあとあの手紙を顧みて先生の大才を知ったが今日直接会って談笑の間に既に呂布を死地に追いやる手腕恐ろしいものだと実感しました。」言いながら立ち上がり深々と一礼をする曹操を見て典韋はモグモグしながら固まっていた
「何の話してたのかさっぱりわからないけど主公のあの様子からしてすごい事だろうな」
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