第二話 兄弟
夜、月明かりに照らされてる炊事所では体格がよく厳つい顔付きの大男が扉から入り腰には十数枚の小戟を差し背中には二本の短戟を背負。歩戦無敵の典韋である。ただしまだ頭角を現す前で張邈(ちょうばく)軍から夏侯惇の配下に加わり現時点ではただの一兵卒。
「弟よ、また盗み食い?見つかると殺されるぞ!主公の命令で兵糧の浪費は叩きの刑に処される」
強面の典韋に対し炊事所の隅でしゃがみこんでる少年は口角の脂を袖で無造作に拭き取り
「えへへっ」と笑い続けて言う「大丈夫だよ兄さん、初めてじゃないしましてこんな夜中誰も来やしないよ」
中性的ではっきりとした顔つきの少年は名を典黙、典韋の実の弟で炊事係をしている。そして転生者である、この世界に来て十八年経っている。両親ともに先立たれた典黙の面倒を兄貴の典韋がずっと見て来たから二人の絆はとても強い。
典黙が手招きしながら「ほら兄さん、鶏の丸焼きとっておいてあげたよ」
さきまでお説教モードの典韋が急に手のひらを返して笑いながら手を擦り「だっ…ダメだよ」と言いながら手は正直に鶏肉を受け取った
その後もぐもぐしながら「弟よお前すげーな!呂布が兗州を襲うって言ったら本当に襲ったぜ、主公がボッコボコにされたよ?!」
顔中脂まみれになった典韋続けて言う「でもよ、なんで直接主公に言ったらよかったじゃん?武勲挙げられたじゃん?」
骨をタバコのように咥えた典黙「兄さん刀剣棍棒は無敵なのに人に対する打算はダメダメね」
何も言い返せない典韋は「へへっ」と笑う
「よく考えて見ぃよ、俺らは有名な家系ではなから主公に意見を申し立てられないだろ。下手したら軍心を揺るがす大罪人として罰せられる可能性もある。主公は明主だが話によると疑心が強く簡単には人を信じない」
頷いた典韋を見て続けて言う「だがどうよ?予言が現実になったら?一気に株が上がるだろ?少なくとも話を聞きたくなるだろ?」
「でもよ、どうやって自分だと証明するの?」
典黙は何も言わずに懐から1枚の綿布を取り出し典韋に渡した。典韋はそれを受け取って笑いながら恥ずかしそうに言う「なんって書いてあるの?」
典黙は苦笑い「何回も教えてるけどね、名前俺の」
「今日は兄さんが見回りするでしょそれを主公に渡して、そすれば主公は尋ねてくるから」
そう言いながら月を眺める典黙。
この時を彼は十八年間待ち続けた、この時代は家系が全てだった。典家のような貧困農民の家系では普通に生きてたらまず一生変わる事がない、ずっと貧困層。だからこそこの機会を物にしたい。
「弟よ、任せろ!届けてやるからな!」
典黙の真剣な顔を見て典韋も強く決心した。ただの一兵卒が一軍のトップに会うのも簡単なことでは無いからだ。
典黙は何も言わずに頷いて再び月の光に目線を移す
亥時(夜九時)になり後世では夜遊びの時間だがこの時代にそんなものあるはずも無く、普通の人は皆眠りに着く。
軍機処では眠りに付けない曹操、右手に灯油ランプを持ち地図をじっと見つめている時々深く溜息をつき
「まずいな…蛮人呂布め西涼から猛兵二万更には陳宮、張邈も各自一万前後の兵を率い合流した。兵精将勇、文武両道」
呂布軍の兵力を計算し少し寒気がした気がする。今の戦局は自立して以来最悪。あと一月もすれば兵糧が底をつき戦わずして負けてしまうかと言って兵力の差が歴然の中戦っても負ける事が目に見える。更に今日の戦いで兵士たちの士気が下がっている。
難しいが手紙を置いた人さえ見つける事が出来ればこの局面を打破すると思いその進展を聞こうと出口に向かう時典韋が入って来てびっくりした曹操が腰の剣に手を伸ばし問う
「どの部署の兵だ!軍令なしに軍機処に侵入とは何事だ!?」
「主公!これを!」
綿布の手紙を剣先で受け取った曹操まだ警戒を解かない中で典韋は続けて言う
「俺の弟が主公に渡して欲しいとの事」
チラッと見たその手紙には《典黙》とだけ書いてある。
「はっ!これは!!この筆跡は!!」
曹操は瞳孔を見開き驚きのあまりに剣をも落として
「この筆跡だ!見間違うものか!」
呼吸が乱れ両手を震わせた曹操
「お前っ…貴方が賢者か?ひと月前の手紙も貴方が置いたものか?答えて欲しい!」
典韋もここまで反応されると思わず
「主公!ひと月前手紙も確かに俺が置いた物が書いたのは俺の弟だ」
「弟殿は何処に?早う連れてまいれ!」
驚きから喜びへと変わり感動した曹操に典韋は答える
「弟は今炊事所だ待ってろ今連れて来る!」
これから弟が活躍するだろうと踏んだ典韋も喜びを隠せない。
「待って!」
出口に向かう典韋を呼び止め
「我も一緒に向かう」
敬意を表すためには自分が直々に行くべきと思ったからである
「えっ?あっ!じゃ案内します!」
そこまでするのかと典韋は思いながら頭を掻き前を歩き出す。
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