その拾陸 ~傲慢~
「スサノオが人間に? どうしてそんなことがわかるんです? あたしを連れて行くための口実なら別にもういいですよ。そんなことを言われなくても命が最優先というお考えには納得していますし」
本当に納得していたのだ。
この地に置いていかれてしまったら、確かに生きていくことは難しいだろう。
狩りそこなった
「まったく、しょうがない子だねぇ。スサノオとずっと一緒にいたのにわからないのかい?」
「何がです?」
「スサノオが茨木のいない世界に留まろうとするかってことだよ」
「……それは」
言葉を飲み込む。
今言葉にしたら、その自分が発した言葉に
だから、口にすることができなかった。
あたしはずるい……やっぱり卑怯者だ。
しばらくあたしに考えを整理する時間を与えてくれたけど、やがて思いを見透かしたかのように、ラプラスさまは朗らかな表情を変えることなく話を続けた。
「あやつは単純で破天荒なところがあるけど、だからこそ信念は絶対に曲げない男だよ。それに、敬愛する姉である我が人間に転生するって宣言を目の前で聞いていたわけじゃないか。じゃあ、ここで問題だよ。この後、スサノオはどんな行動に出ると思う?」
自分で敬愛する姉とか言っちゃうところがいかにもラプラスさまらしいと思う。
……それに、もちろんわかってる。
確かにスサノオならきっと行動を起こすだろう。
けど、それこそ希望的観測の塊みたいなものだ。
「……スサノオは人間に転生するって言い出すと思います」
「やっぱり茨木もそう思うでしょー?」
「だけど、どこの誰に転生するって言うんですか? どこの誰かもわからないのにどうやって出会えというのですか? そんな雲をつかむような話にすがりついて、永遠に叶わない想いを抱えたまま生きていくのは辛すぎます! ご自分がどれだけ残酷なことを言っているか、ラプラスさまはわかっているのですか?」
もうたくさんだった。
同じ時代に生きていたって、出会えるかどうかは奇跡みたいなものなのに、いつの時代の誰に転生するかわからない状況の中で、会える訳なんて――
「なんだよぉ、我も見くびられたもんだねぇ」
ラプラスさまはそう言って頬を膨らまし、ふくれっ面を作ってみせた。
「見くびる? いえ、そんなつもりは」
「あのねぇ茨木。スサノオが転生するってなったとして、我が『あっそ』で済ませると思ってるの?」
「は、はい? 一体どういう……」
「言ったよね、我とスサノオは家族だって。『どんなに離れていたって我とそなたはずっと家族だ。それこそ来世でだってまた姉弟になるかもしれないし、ひょっとしたら親子になっているかもしれない』って、確かそんなことを言ったはずだ」
「は、はい……言ってました」
あれは、想いが溢れて、その場の感情だけで口にした言葉だと思っていたけど、まさかここまで見越していた?
まさか……そんなことって――
思わず生唾を飲み込む。
白銀色の人間の少女から神の力を感じていた。
あたしの想像もつかないことでも、神ならば……ラプラスさまならやってのけるのかもしれないと。
心臓が高鳴る。
身体の中で大きく波打ち、口から音が漏れそうなほどだった。
しかし、ラプラスさまの口から出た言葉はあたしが期待したのとは別のものだった。
「ねぇ、カグツチとの戦いをサポートしてくれたバルって覚えてるかい?」
「え、あぁ、はい。ラプラスさまと親しそうに話していた……」
予想外の言葉を受けたので、何となくで返してしまう。
「親しい? んー、まぁそうかもね」
「で、そのバルさんがどうしたのですか?」
「ずっとプロポーズされてるんだよ。まだ付き合ってもないのに、何を考えているんだか」
「はぁ……でも、それとスサノオと何の関係があるんです?」
「それがさ、バルのヤツ、もう子供の名前も考えていてさ。それも男の子の名前だけ」
「え?」
何だろう。
……いや、わかる。
あたしはその子の名前を知っている。
その名は――
「ギルガメス。ギルだってさ。自分がバルトサールでバルだから、子供も似たような響きを持つ名前にするんだって。確か異国の英雄の名前って言ってたかな。まったく、思い込みの激しい男だよ。そなたもそう思わない?」
そうだ。ギル。
あの時バルトサールさんは確かにその名を口にした。
『ギルをよろしく頼む』
その言葉が頭の中で反響する。
ラプラスさまは戸惑うあたしを見て頭をポンポンと優しく撫でる。
そして、ほうきの先頭に立つと腰に手を当て、星天の星々を指差して、高らかに言い放つ。
「茨木、我はやるよ。スサノオを転生させてみせる。いつかこの身に宿る我が子としてね」
「まさか……そんなことって」
「できるできないじゃない。我はやると決めているんだ。傲慢だと思われても構わない。狂っていると言われたって別に気にも留めないさ」
「ラプラスさま――」
「そしたらさ、茨木だってきっとまた会えるだろ? スサノオの魂と……ね」
繋がった。
バルトサールさんが言っていた『ギルをよろしく頼む』とは、そういう意味だったのだ。
つまり、二人はすでにそこまでの会話をこれまでにしていたということだ。
あぁ、ダメだ……。
こんな話を聞いてしまったら、どうしたって希望を抱いてしまう。
涙がとめどなく頬を伝う。
気づけば嗚咽を漏らしながら、満天の星空を背景に圧倒的な存在感を見せる
「茨木よ、今の話でお主は納得できたのか?」
ほうきに腰かけ足を組み、頭の後ろに手をやりながらキレネーさんが尋ねてくる。
あたしはハッと我に返り、人差し指で涙をぬぐうと、
「はい、もう十分です。そこまで考えてくださっているとは思いもしませんでした。あたしはこの先どんな結果になろうとも、その運命に従う覚悟です」
「そうか、わかった。ならば私たちと共に来てもらうぞ。……よいのじゃな?」
「はい」
キレネーさんはあたしとラプラスさまに交互に視線を送る。
視界の端でラプラスさまが頷いたのが見えた。
握りしめたその杖に魔力が込められて怪しい輝きが溢れ出す。
「じゃあ頼むよキレネー。帰ろう、我らの世界へ」
キレネーさんは首肯すると、右手に握りしめた杖を大きく振りかざす。
目を閉じ、左手は顔の前で印を結び、口元は絶えず動いていた。
いよいよ出発の時。
時空間魔法の発動。
「
【バヒュン】
意識が混濁し、景色がぐにゃりと大きく歪む。
夢の中にいるような、曖昧な輪郭の景色がぼんやりと浮かんでいる。
身体は宙に浮いているような感覚を伴って、どこか息苦しさがあった。
そして意識が完全に途切れた。
――次に目が覚めた時。
視界には見たことも無い建造物が立ち並ぶ別世界が映し出されていた。
「本当に来てしまったんだ――」
無意識に言葉が漏れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます