その拾弐 ~襷《たすき》~

 すっかり夕暮れた、オレンジ色の空の中。


 二人の魔女はほうきを華麗に操り、空中で蛇行を繰り返しながら何度も交差し、術を解除したばかりのカグツチに向かっていく。



たぎってくるのぉ。渾身の超爆裂魔法をブチかましたくてウズウズするのじゃ」


「ダメだよキレネー、作戦通りにやらないと。この国を潰したら、そなたも存在しないことになっちゃうかも」


「なに!? それはいかんな」


「でしょー」


 緊張して頭がクラクラしているあたしとは打って変わって、二人の魔女は相変わらず軽口を言い合っている。

 

 でも大丈夫。成すべきことをやり遂げるのみ。

 全回復したMP全てを使って、渾身の一撃を叩き込む。

 やることは至ってシンプルだ。


 距離が三町(300m)を切ると、カグツチは感知したのかこちらをギンと睨み、身体中からから激しい紅炎プロミネンスを飛ばしてくる。


 それを大きくループして交わすと、再び上空へと舞い上がり距離を取る。



「もー、これじゃ全然近づけないじゃーん! 茨木の憧術を決めるにはもっと近づかないといけないのに。


 てゆーか、最初から最強クラスの火属性魔法が発動していて、さらにそれに身を守られているような状態って何なの!?


 おまけに超がつくほどの強化耐性持ちだから、弱点の氷属性もどんどん克服しちゃうし、マジでクッソめんどくさい相手なんだけどぉ!」


「落ち着くのじゃラプラス。お口が悪くなってきているぞ」


「わかってるって。今考えてるから少し黙ってて」


「ったく、つれないのぉ」


 ラプラスさまが焦る気持ちも分かる。


 カグツチはさっきの空中戦で分が悪いと悟ったのか、地上戦を要求しているように見える。


 そして、その地上戦で本気を出し始めたカグツチはあたしたちの想像を大きく上回っていたのだ。


 確かに、あたしとやり合った時も、ラプラスさまが二度氷漬けにした時も、カグツチは本気ではなかった。


 今の身体中から高熱度の紅炎を撒き散らすあの姿こそ、完全体に近い姿なのだろう。


 カグツチの上空を旋回しながら、ラプラスさまが尋ねてきた。



「ねぇ茨木。そなたの憧術の有効射程距離はどれくらいだっけ?」


「えと、そうですね。術にもよりますが、今回のだと2丈(6m)くらいでしょうか。もちろん近ければ近いほど効果は高いんですけど」


「2丈か……だいぶ近づかないとだね」


「はい……」


 つい、後ろ向きな声が漏れてしまう。

 今だって3町300メートル以内に近づくことすら困難なのだ。


 2丈なんて距離に近づけば炎が身体に燃え移って皮膚が焼けただれてもおかしくはない。



「お主ら、情けない声を出すでないのじゃ。こんなにたかぶるシチュエーションはなかなかないぞ。もっと喜べ。ウズウズするってもんじゃろう」


 キレネーさんだった。

 見ると、一目で興奮状態にあることがわかる。

 まるで瞳の中に炎が宿っているみたいな。



「まったく、キレネーは単純でいいよねー。我もそうなりたかったもんだよ」


「誰が単純じゃ! これでもちゃんと考えはあるのだぞ」


「ほぅ、聞こうじゃないか」


「うむ、確かにヤツの超耐性は厄介じゃ。その効果でもう凍結は効かないとは思うが、なにも凍結魔法だけが物理的に動きを封じる手段ではあるまい」


「!! おぉ、なるほど。妙案だ。さすがじゃないかキレネー」


「???」


 二人はそれで意思の疎通を図ったようだけど、あたしには何を言っているのかさっぱりわからなかった。



「あのぉ、どういうことです?」


「カグツチに接近できるって話。要するにね……」


 詳しい内容を伝え聞く。

 なるほど、魔法とやらでそんなことができるのか。


 確かにそれなら近づけるかもしれない。

 でも、カグツチには超耐性があるから、チャンスは一度きり。

 そこも念を押される。



「わかりました。あたしも必ず成功させます」


「頼むよ茨木。今回の作戦は誰かがミスったらそこで終わる。それはとどのつまり、残された選択肢は力ずくでカグツチを滅ぼすしかなくなるということだよ。そんな戦いになったらこの国もただでは済まない。半壊してもおかしくない、未来が大きく失われる……それくらいの脅威に晒されるってことだ」


「……わかっています」


 ラプラスさまとキレネーさんが空中で離れた位置を取る。

 その距離およそ3町300メートル


 これ以上近づくとカグツチにはっきりと感知されるし、何より紅炎プロミネンスが厄介で物理的にも近づくことが難しい。


 ラプラスさまがキレネーさんに視線で合図を送る。

 ニヤリと笑って軽く頷くキレネーさん。


 杖を上段に構えると、それをバッと振り下ろし、声高に妖艶な響きを伴った詠唱を放つ。



「世の理に背き、生命に宿る清き流れよ塵と化せ! 〈石化ストーンヘンジ〉」


 杖から放たれた仄暗い魔力の塊が空から糸を引くようにカグツチへ背後から直撃。



「ぐ……が、ぁ……」


 と、うめくような声を漏らし、カグツチは足元からピキピキと音を立てて石になっていく。

 そして、そのまま全てが石になると辺りからは熱が消えた。



「よし、じゃあ行くよ茨木!」


「はい!」


 ラプラスさまと共に空から一気に地上へ舞い降りる。

 あたしは一人、ほうきから地上へ飛び降り、石化したカグツチの正面に立っていた。


 悪魔のような禍々しい表情を浮かべたまま固まるカグツチを見上げて、大きく息を吸い込んだ。


 石化は強力な状態異常らしい。

 一般の個体であれば、解除しない限り永久にこのままだという。


 ただ、カグツチのような強力な個体はその限りではなく、ある程度の時間はかかれど自力で解除される可能性が高いらしい。


 そして何より、このままでは封印術が通らない。

 石化状態となった者は全ての魔法を無効化してしまうというのだ。

 つまり、封印するためには生きた状態に戻す必要がある。


 だからこそあたしの憧術が必要なのだとラプラスさまは言った。

 石化で近づくことはできた。


 あとは決めるだけ。

 そして、ラプラスさまにたすきを繋ぐ。


 やるべきことは分かっているはずなのに、それでも息が苦しい。

 極度の重圧プレッシャーに飲み込まれそうになる。



(怯むな茨木! 成すべきを果たす! 超集中ッ!)


 自分に強く言い聞かせる。

 そして再び深呼吸をし、合図を送るべくゆっくりと手を挙げる。


 この時はまだ信じていた。

 これでこの戦いにようやく終止符ピリオドを打てるのだと。

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