その拾壱 ~討伐作戦~

「さぁて、これからどうするつもりじゃ、ラプラス?」


 空をほうきにまたがって飛びながら並走するキレネーさんがラプラスさまに声を掛ける。



「ん~、できれば一刻も早く茨木を治療してあげたいんだけど、それだとカグツチを野放しにすることになるもんね。我らは二人して攻撃魔法の習得に明け暮れて、回復のほうは疎かにしちゃったし……」


「それはお主が私と張り合おうとするからじゃろうが」


「張り合おうとしてきたのはキレネーの方じゃないか。負けず嫌いの承認欲求モンスターとか面倒くさすぎるんだけど」


「誰がじゃ!」


 二人は相変わらずの様子。

 目を離すとすぐにワーキャーと揉めだす。


 ただ、その中にさっきまでとは違う、どこか焦りのようなものが混ざっているような気がしていた。



「あのぉ、幸い致命傷は受けてないですし、あたしはまだ大丈夫です。それよりもカグツチを……アイツをどうにかできませんか? あんなヤツをのさばらせていたら、それこそこの世が滅んでしまいます」


 できれば相討ちに持って行きたかった。

 でも、あたしの力ではそれは到底叶わなかった。


 スサノオにオロチを倒してもらって計画を阻害すれば、何かが起こるかもと一縷の望みは抱いていたが、不確定な未来の全てをスサノオに押し付けることはあまりにも酷だ。


 スサノオがオロチを倒した時、カグツチが生きていればオロチ戦で弱ったスサノオはきっとヤツに殺されてしまうだろう。

 それだけは未来のために必ず阻止しなければならない。



「カグツチかぁ。さっきは不意打ちで凍結させることはできたけど、実際あれはかなり手強てごわいよ。もしヤツがイザナミ母さまを焼き殺さずに大人しく生まれてきていたら、今頃はヤツがこの国の最高神と言われていてもおかしくはなかった」


 偽らざる本音だと思った。

 最高神と言われたアマテラスさまが人間に転生してまで限界を超えようとした理由の一つがカグツチなのだとしたら、やはりその実力は計り知れないということか。



「確かにちぃとばかり厄介な相手じゃな。仮に討伐に失敗でもしようものなら、この国ごと滅ぼすような結果を招くやもしれん」


 キレネーさんも同様の見立て。

 この二人が同じ見解であるなら、倒せたとしてもただでは済まない。

 きっとそういうことなんだろう。



「それなら……」


 あたしが口にすると、二人が同時にこちらを向く。



「ん、何かいいアイデアでもあるのかい?」


「ヤツを永遠にこの地に封印することはできないでしょうか?」


 都合のいい考えだと言うことはわかっていた。

 でも、もし実現できるのならスサノオを守ることに繋がるはずだ。

 祈るような思いで二人の言葉を待つ。



「お、それいいねぇ。さすがは茨木だ。即採用ッ」


「は? 軽ッ! そんなに簡単に決めて大丈夫なんですか?」


「大丈夫も何も、言われてみればそれが最善手なんじゃないかな。いやー、ここで封印ってワードが飛び出すなんてさすが茨木だよ。よく言ってくれた、我が友よ」


「はぁ」


 なんか、以前のアマテラスさまの時にも増して軽い雰囲気になっている気がする。


 と、横にいたキレネーさんに目をやると、憮然とした表情を浮かべていた。



「あのぉ、どうしました?」


「私はちっとも面白くないぞぉ! 封印なんて、まさに元神であるラプラスの専売特許。私も見せ場が欲しいのじゃ! こうなったら超爆裂魔法であのカグツチとかいう輩を木っ端微塵にして――」


「いやいや、子供じゃないんですから! この国を心配していた、さっきまでの冷静なキレネーさんに戻ってください」


 ほんと、いちいち張り合おうとするなこの二人。


 その時。

 視界が赤く染まったかと思ったら、喉が焼けるように一瞬で乾く。

 背筋に嫌な汗が流れていくこの感覚は。



「ギハハハ! テメーら、楽しそうな話をしてんじゃねぇかよぉ。オレも混ぜろや。なぁ!?」


「カグツチッ!」


 火の神カグツチはあたしたちの真後ろに迫っていた。

 あんな図体をして空も飛べるのか……。

 でたらめな存在だとは思っていたけど、ここまでとは。



「女が3人かぁ。くはっ、こいつぁいいじゃねぇか。やっぱ、いたぶるなら女に限るよなぁ」


「ったく、噂以上の下衆野郎なんだね。耳が腐ってきそうだよ」


 あたしの目の前でほうきを操るラプラスさまから怒りの気を強く感じる。


 そうか、そうだよな。

 だってカグツチはアマテラスさまにとっても……



「んだぁ、テメーはよぉ? 奇妙なナリしやがって。異国のモンかぁ?」


「こんなヤツと血が繋がってるなんて、考えただけで頭がおかしくなりそうだ。あ、もう転生したし血は繋がってないか。でも、初めましてだし、挨拶くらいはしとこうかな」


「はぁ??」


「我はアマテラス。初めましてだね、カグツチ兄さん」


「なんだと!」


「そして今すぐに死ね! 天魔法術アトモス絶対零度アブソリュート・ゼロ〉ッ!」


 ほうきに乗ったまま、振り向きざまに氷属性の法術を放つ。

 真後ろにつけていたカグツチは至近距離にもかかわらず、それをギリギリで交わし、そして吼えた。



「てんめぇ、アマテラスぅ! オリャー、三貴子の中でテメェが一番気に入らなかったんだよ! なにが最高神だ、このクソが! それを聞いた時からずっとぶち殺してやりてぇって身悶えしてたぜ」


 ラプラスさまの正体を知って激昂するカグツチ。

 しかし、肩越しに見えるラプラスさまはふっと笑ったように見えた。

 でも、余裕を見せている状況ではないはず。



反射リフレクション!」


 後方から声が聞こえる。

 キレネーさんだ。


 カグツチを挟むようにその後ろを飛んでいたキレネーさんが、ラプラスさまが放った氷の法術を跳ね返した。


 不意を突かれたのか、カグツチに直撃。

 ミシッと音がして、その真っ赤な巨躯を白く染め上げ氷漬けにする。


 そのまま無言で地面に落下していった方向を見やると、ドーンという大きな音を立てて土煙があがっていた。



「やるねぇ。ナイスだよ、キレネー」


「わははは! 私にかかれば楽勝じゃ! あくびしながらお茶を沸かせるわ」


「それ、別に大したことないけど」


 と、安堵したのもつかの間。

 カグツチが落下した辺りの森から炎があがっている。


 あまりにも早い復活。

 さっきはあんなに時間が稼げていたのに。



「おいラプラス!」


「あぁ、あれは一度受けた攻撃に強力な耐性を得る能力アビリティ。ヤツは、〈超耐性ちょうたいせい〉まで完備しているようだね」


「って、どうするのじゃ? そのうち弱点が消えてなくなるぞ」


「よし、それなら茨木の力を頼ろうじゃないか」


「え?」


 ラプラスさまは振り向きざまに口角を上げてニッと笑う。



「茨木にしか使えない憧術さ。封印しようにも、肉体を拘束してもすぐに復活しちゃったら封印術をかけている時間がない。なら、内側から……精神を止めるしかないでしょ」


「でも、あたしも一度ヤツに憧術を使っちゃいましたよ。それにMP《マジックポイント》がもう……」


 役には立ちたい。

 でも、不安材料が多すぎた。


 思わず俯いてしまうが、真横に近づいてきたキレネーさんが視界に入ると、あたしは自然に顔を上げた。



「MPなら私に任せておけ。天才がゆえに有り余って仕方ないMPをお主にわけてやろう。〈MPパサー〉じゃ」


 キレネーさんが杖を軽く振ると、あたしの身体に一瞬で活力が戻った。

 最大値までMPが回復したことをすぐさま感じる。



「おぉ、これはすごい。ありがとう、キレネーさん」


「うむ、なんのなんの」


「よし、そしたら行けるね。茨木、憧術でヤツのときを止めるんだ。二度目なら詠唱時間は稼げるはずだし大丈夫。さぁ、我らでカグツチを封印するよ」


 そう言うと、ラプラスさまはほうきをぐいっと旋回させた。

 二人の魔女と共に、あたしはカグツチが炎をあげる大地に向かって急降下していく。



 この時代を……スサノオを救うんだ。

 絶対に己の使命を果たしてみせる。


 新たな決意が激しく己の中に湧き上がる。

 激しく燃える火の神を視界の中心に捉えながら、その思いは揺るがないものとなっていく。

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