その玖 ~最後の想い出~

 大きく息を吸って全身に力を込め、「ぐ、があぁッ」と声にならない絶叫を漏らす。


 HPヒットポイントを大きく消費して、あたしは失われた左肩と腕、そして頬を再生した。


 遊び半分でいてくれているうちに何とかする。

 ハッタリでも何でも、今はそれしか――



「見ての通り、あたしは不死身なんだよ。お前みたいな親にも見放されたに何をされても感じやしないね。能書きはいいからかかってきな」


「ンだと……クソ鬼が調子コイてんじゃねぇぞ! いよいよマジで死にてぇみてーだなぁッ!!」


 カグツチは怒りに任せて荒々しい攻撃を続けざまに繰り出してくる。

 そこからは攻撃を避けることに意識の全てを集中する。


 急所はギリギリ交わすが、かすっただけで周囲は丸く抉られて、その都度身体を再生していく。

 が、HPはどんどん削られて行き、たちまち0に。


 そうなれば当然、LPライフポイントもどんどん減っていき、HP0になってLPを1つ失うことを繰り返し、最大で8あったLPもとうとう1になっていた。


 次にLPが0になったらもう再生も回復もできない。

 つまりは、完全なる死が待っている。


 辺りにはあたしの血で、いくつかの血だまりができていた。


 後ろは炎の壁。

 正面からはゆっくりとカグツチが近づいてくる。

 この危機的状況下において、完全に追い込まれてしまう。



「テメーはマジで口だけじゃねぇか。ったく、鬼ってのはどうしようもねぇくらいクッソよえーな」


「……そういうことはトドメを刺してから言ってもらいたいもんだね」


「あぁ、いいぜ。もう十分遊んだし、テメーにはすっかり飽きちまった。次で普通に殺すぜ。で、オロチにスサノオをらせたら、実験は大成功。これでぜ~んぶ計画通りってか」


「なんだと……」


「じゃあなあ。死んじまいなッ!」


(オロチにスサノオを殺させる? ということはカグツチはスサノオには手を出さない。なぜなら、そうしてしまうとってことだから?


 聞いてもいないのにペラペラと。コイツは確かに強いけど頭はだいぶ残念ね。それなら――)


 残りのMPマジックポイントを全て使って意識を集中。


 これまで温存していたあたしのもう一つの能力アビリティ

 藍色の瞳を紫紺に変化させて、カグツチに向かって声の限り叫ぶ。



「憧術、正鵠射ロイヤルパープルッ!!!」


「なっ!」【ドグンッ】


 直撃した。

 実力差がありすぎて意識は十分に操れないかもしれない。

 でも、多少の時間稼ぎくらいはできるはず。


 すぐに大きく横に飛んで安全を確保する。

 しかし、憧術が効いているのか、さっきまであたしがいた、誰もいない場所に目がけてカグツチは唸りをあげた拳を真っすぐに突き出す。


 すると、炎の壁にぽっかりと丸い穴が開いた。

 思った通りだ。


 カグツチの攻撃の特性は〈空間截断ディメンション〉。

 攻撃対象ごと空間を削り取る能力と見て間違いないだろう。


 憧術でカグツチの意識の中に潜り、山を越えた先に移動するように意識を操って、その存在をこの地から大きく遠ざける。

 これで幾ばくかの時間を稼ぐことができるはずだ。


 すぐに炎の壁に空いた穴に頭から飛び込み、向こう側へともんどり打ちながら移動。


 顔を上げ、辺りを見渡すと、スサノオがカグツチの分身体のようなあやかしと戦っている姿が目に入る。

 その周囲には斬り落としたと思われる炎の残骸が横たわっていた。


 スサノオは最後の一体の首を刎ねると、剣を地面に突き立て、ガクリと片膝をついた。



「スサノオぉーーーーーッ!」


 無我夢中で駆け寄り、スサノオを抱きしめる。

 皮膚は焼けただれ、血に染まった白装束のあちこちが焦げついている。



「おぉ……茨木。よかった……無事だったのか……」


「お前さんこそ! あぁ……こんなにボロボロになって……」


「だが、まだ生きている……互いにな……」


 スサノオの胸に顔をうずめる。

 あたしを抱きしめる力は、とてもか細かった。


 ずっとこうしていたかったけど、もたもたしていたらカグツチが戻ってきてしまうかもしれない。

 あたしはスサノオの両肩に両手を置き、腕を伸ばして距離を取る。


 光を失いかけているその目をしっかりと見つめると、すぅと大きく息を吸い込んで言葉を紡ぐ。



「時間がない。聞いてくれ。壁の向こうでお前さんの兄だと名乗るカグツチとやり合った」


「なッ……カグツチだと!? イザナミ母さまを殺したという……」


「そうだ。今は憧術で意識を操り遠くに移動させたが、きっとすぐに戻ってきてしまうだろう。ヤツはアマテラスさまがおっしゃっていた邪神だ。直接やり合ったからわかる。今戦っても勝ち目はない。だからお前さんは――」


「ふざけるな! ヤツは母さまの仇だぞ! 許せるはずが――」


 スサノオの言葉を待たず、あたしはその頬を平手で強く張った。



「な、なにを!?」


「聞けと言っているだろう! いいか、生きていれさえすれば必ず仇は討てる! あたしはいつだって全力でお前さんを守る! だから、今はあたしの言うことを聞いてくれ!」


 面を喰らったのか、スサノオは頬を押さえながら、黙ってあたしの顔を見つめている。



「いいか、カグツチたち邪神の目的はオロチのような強大な力を持つあやかしの中身を入れ替えてさらに強化を繰り返し、非の打ち所がない怪物になった頃合いを見て、そいつらを使いこの世を支配することだ。だから、お前さんは必ずを倒せ! ヤツらの思い通りにさせてはならないのだ!」


「茨木は……? お前は一緒に行ってはくれないのか?」


「言っただろう。あたしはお前さんを守るって」


 あたしの言葉で全てを悟ったのか、スサノオは激情に駆られたように叫びをあげる。



「……バカなッ! お前こそ何度言わせればわかるんだ! 俺はお前がいない世界なんかで生きていたくないと言っている!!」


 スサノオは目に大粒の涙を浮かべていた。

 身体の震えが肩から手のひらを通して伝わってくる。


 相変わらず泣き虫な男だ。

 こんなに泣き虫な神さまで、この先やっていけるのかと少し心配になる。



「いや、一人で大丈夫だろう? だって……お前さんは三貴子スサノオ。この世で一番、あたしの大切な存在だもの」


「ッ!? そ、それって、俺と一緒になってくれると言う――」


 スサノオの言葉を遮るように、あたしはそっと口づけをしてその口を塞ぐ。


 自分でもどうしてそんな行動に出たのかは分からない。

 ただ、もう二度と会うことはないと本能が訴えていたのかもしれない。


 これが今生の別れなのだと。


 顔を離すと、目を丸くして呆然とするスサノオの表情がそこにはあった。



「いいか、一刻も早くオロチを倒せ。ヤツらの思い通りにはさせるな」


「あ、あぁ……」


「あともう一つ」


「なんだ?」


「無事に生き残ることができたなら、お前さんはクシナダを嫁にもらってやれ」


「はぁ!? お前、やってることと言っていることがめちゃくちゃじゃないか!」


「一時の気の迷いだ。今のは忘れろ」


「忘れられるか! 意味が分からん!!」


「意味なんてわからなくたっていい。お前さんの血はこの時代に必要だ。絶対に絶やすなよ」


「そんな約束は守れん!」


「あたしからの最後の願いだ。黙って聞き入れろ! いいな!?」


 一方的に言い切ると、あたしは片手を天にかざした。



(鬼の妖精よ。ヤマタノオロチのいる方角を教えてくれ)


 あたしは腰袋の中の鬼の妖精に心の中から声を送る。

 それだけであたしの意図を汲んでくれたようだ。

 余計なことは何も聞かずに教えてくれる。



(えっと、北北西ですねん。とんがっている山の方角なのですのん)


(わかった。ありがとね)


 空にはあたしが召喚した爆弾低気圧が発生。

 合図を待ち構えているように静かにその時を待っている。



「さぁオロチを倒しに行って来い英雄よ! 今までありがとな、スサノオ!」


「ちょ、何を!?」


「〈暴天風テンペストストーム〉ッ!」


 巻き起こした暴風がスサノオを包囲すると、その風を操り、とんがっている山をめがけてスサノオを激しく吹き飛ばす。



「覚えてろよ茨木ーーーッ! 俺はお前に一言文句を言うまで、お前を永遠に探し続け――」


 空に言葉を残してスサノオの姿は彼方へ消えていった。



(これでいい。スサノオならきっとオロチを倒してくれるはずだ。あとはあたしがアイツを――)


 鼻をかすめる木々が燃える臭いに、背中に嫌な汗が流れるのを感じた。

 全てを焼き尽くす不快な悪臭が鼻の奥を突き、その方向へと向き直る。


 映り込む視界には遠方からこちらに向かって一直線に糸を引くように山から炎があがっていた。

 術が解け、アイツがこっちに戻ってきているのだ。 



「やっぱり逃げられないか。HPも残りわずかだし、LPは最後の1つ。すまんなスサノオ。お前さんの文句は聞いてやれそうにない――」


 そっと唇に手を当てる。

 思わずふっと吹き出してしまう。


 ありがとう。

 最後に忘れられない大切な想い出ができた。


 もうこの世に思い残すことは――ない。

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