その陸 ~魑魅魍魎~
景色が流れる。死体の山を越えて森林の中を突っ切っていく。
そこかしこに不自然に抉られた山肌。
そこにまとわりつく
かと思えば、突然現れる手付かずの原生林。
痕跡が消えている。もしや空を飛ぶこともできるのか?
あたしたちは消えた痕跡の上で立ち止まる。
鬼の精霊が肩から降りて、落ち着かない様子であちこちを見回す。
すると突然、精霊は北の方角を向いたまま制止して空を指差し、声を震わせて言った。
「……向こうですねん。強い妖気が……どんどん大きくなってますのん」
無意識にスサノオの方を向くと視線がぶつかる。
互いに力強く頷くと、あたしは鬼の精霊を再び肩に乗せて指差す方向に向かって走り出した。
森を突き抜け、ひと山超えた先の窪地に見えた大きめの集落。
そのすぐ脇には川が流れているが、それはまさに血の河川と呼ぶにふさわしい赤黒い色をしていて、強烈な禍々しさを漂わせていた。
死臭が漂う中で足を止め、呆然と辺りを見渡す。
「ここも……」思わず声が漏れる。
「……あぁ、ヤツはこのまま全ての人間を滅ぼすつもりなのかもしれん。か弱き人間がいくら集まったところで所詮は烏合の衆。抗うこともできず、なす術もない。結果はご覧の通りって訳だ」
視界にはさっき見た光景よりもさらに残酷な景色が映し出されていた。
かろうじて人の形をしている者もいたが、そのほとんどは原形をとどめていない
そこかしこに散乱している。
どうにもやるせない気持ちを抑えきれない。
肉塊に群がるカラスに苛立ち、追いかけていき、大声を上げて払い除ける。
怒りに震え、肩で息をしていると背後から声を掛けられた。
「茨木ッ! こっちに戻れ!」
その言葉に引き寄せられて慌てて戻る。
スサノオの隣へ戻ると、その指差す方向を視線で追う。
それらを視界に収めた瞬間に声が出ていた。
「おい、何だアレは!? 一体どういうことだ?」
「わからん。急に空気が重くなったと思ったら、こんなことに」
あたしたちの視線の先で、ヤマタノオロチに殺されたと思われる亡骸が、まるで地面に溶けて吸い込まれていくように消えていく。
焦り、周りを見渡すと、時間差を伴って同様の光景が繰り広げられていた。
一瞬、全ての音が消え、生温い空気が全身にまとわりつく。
そのすぐあとに背筋がぞわりと泡立つような感覚が走った。
目を疑った。
静寂を破り、血溜まりから
色も形もまばらだったが、憎しみが込められた絶望の
「これは殺された人々の怨念。それともオロチの残滓か。いずれにせよ、この数……百では
スサノオが携えた剣、
あたしは構えながら自然と背中を合わせると、背中越しにスサノオに声を送る。
「あぁ、でもこんなところで後れを取るわけにはいかないね。こうしている間にもヤマタノオロチは破壊の限りを尽くしているはずだ。一刻も早く討伐しなければこの国が滅ぼされてしまう」
「よし、では二人で……」
「いや、ここはあたしに任せろ」
「は!? お前、何を言って――」
背中越しにスサノオに走った動揺を感じる。
それでもあたしは声のトーンを変えずに言う。
「言ったろ。お前さんは一刻も早くヤマタノオロチを倒すんだ。大丈夫、あたしには鬼の子がいるから行先はわかる。こいつらを片づけたらすぐに後を追うから」
「ダメだ! そんなことできるわけないだろう!」
スサノオの熱を帯びた言葉に決心が揺らぎそうになる。
でも……、あたしはスサノオを守るってアマテラスさまと約束したんだ。
「スサ……」
「おおおおおおりゃあ!」
あたしが言うよりも早く、スサノオは目に見える妖を次々に斬っていく。
そうだ、スサノオは――
「語る暇があったらお前も戦え! 先を急ぐぞ!」
スサノオはこういうヤツだ。
考えるよりも先に身体が動く。
「たまにはあたしの言うことを聞け!」
「あぁ、この戦いが終わったら、お前の言うことを全て聞いてやろう。だから、この場は許せ」
そう言われたら仕方がない。
あたしは、「わかった! 今回だけは許してやる」と言って、こんな状況なのに思わず笑みをこぼしてしまう。
そして、アマテラスさま直伝の
斬っても焼いても湧き出してくる魑魅魍魎。
それでも諦める訳にはいかなかった。
スサノオの白装束は返り血で真っ赤に染まり、あたしの
スサノオはもうすでにどれくらいの妖を斬っただろう。
あたしは何体の妖に天の雷を落としただろう。
さすがに精神にも肉体にも疲れを感じるが、妖の湧き出す間隔も明らかに落ちてきている。
もうすぐだ。
きっともうすぐこの場を切り抜けることができる。
油断はなかった……はずだった。
【ゴオオオオオオッファアアア】
突然、空気が焦げる臭いが鼻をつんざき、渇きを伴った轟音が鼓膜を突き抜けて脳を震わせた。
そして、気づいた時には天高くそびえる炎の壁によって、あたしとスサノオは完全に分断されていた。
さらに驚いたことに、辺りに湧き出していた妖たちは、それが自らの意思であるかのように次々と炎の中に身を投じていった。
すると、真っ赤に燃える炎は轟々と音を立て、激しい憎悪を燃料とするかの如く、勢いを増していくのだった。
まさにすべてを飲み込む地獄の炎壁。
突如現れたその圧倒的な何かの前に、思考だけが取り残される。
微かに残された希望が削り取られていく感覚。
悪夢に取り込まれていく現実。
未来が壊れていく音が聞こえてくるようだった。
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