第28話 吹っ切れ魔女は決意する

 あああああああああああああああああああああああ!



 ばかばかばかばかばかばかばかばかああああああああ!

 ボクのばかああああああああああああああああああああ!



 ベッドに埋もれ、ぬいぐるみを強く、強く抱きしめる。そして柔らかなベッドを何度も蹴った。


 すぐそばに置かれていたスマートフォンは検索画面が点いたままだった。



【出雲 因幡の白兎 関連性】


「ボクのばかあああああああああああ!」


 出雲と【因幡の白兎】の関連は凄くあった。とてもあった。ちょっと引くくらいには関連があった。


 出雲大社と凄まじく関連していた。調べてみると、それもかなりメジャーな作品であった。絵本にだってなっているくらい。

 


 なんで、なんでボクは神話について全く知らなかったんだ。お父さんとお母さんが学んでいなかったから……と言うのは言い訳にもならないな、うん。


 それにしてもピンポイントすぎる。どうしてこの部分だけ知らなかったんだボクは……いや。


「……い、一度落ち着こう。少し、考えすぎだ」


 こんな時こそ落ち着くべきだ。熱を発散させたので、クールダウンの時間だ。


 ……ボク、イズに【因幡の白兎】の事、すっごく話してたよね。すっごく褒めてて――


「ああああああああああああ!」


 顔が熱い。恥ずかしさに身を焼かれそうだ。まさかイズだなんて思わないじゃないか。


 でも、同時に別の感情が湧いてきた。



 ――嬉しかった。



 辛い時。

 悲しい時。

 お父さんとお母さんから隠れて、部屋で一人で泣いていた時。

 いつも彼に。【因幡の白兎】に助けられた。


 【因幡の白兎イズ】に助けられていたのだ。


 大好きな人に助けて貰っていた。これが嬉しくないはずがない。



 その時、部屋の扉がノックされた。


「つ、月夜? 呼ばれて来たけど」

「――来てくれたか。今開けるよ」


 その声で誰なのか悟る。ちゃんと来たようだ。

 ベッドから起き上がり、身だしなみを整えながら扉の方まで歩く。なるべく笑顔を保ちながら扉を開いた。


「やあ、神子。来てくれたんだね」

「ひいっ!」


 神子は情けない悲鳴を上げて後ずさった。人の笑顔を見て後ずさるとは何事であろうか。


「や、やっぱり私、かえ――」

「おっと、今更逃げられると思うなよ」

「ちょ、誰かたすけ」


 逃げようとする彼女をボクは掴み、部屋へと招き入れたのだった。


 ◆◆◆


「うぅ……ごめんなさい」

「全く。イズと仲良くなれてたからこれだけで済ませるけどさ。あの後色々やってくれたらしいし」


 神子から事情聴取をし、ほっぺたをつねった。暴力は良くないけど、今回だけは許して欲しい。


「それにしても、ほんとにとんでもない事を思いついたんだね、キミは」

「ふ、ふふん! 誰も傷つかないし神尾君も手紙でどう思われていたのか知れる! 完璧な作戦でしょ!」

「ああ、完璧だね。ボクの尊厳が傷つけられた事を除けばね。分かってないのかい? ん?」

「ご、ごめんなひゃい!」


 反省していないようなのでもう一度だけ頬を引っぱる。ほんっとーに神子は。


「はあ、全くもう。これだから学者は変人が多いなんて言われるんだ」


 好奇心を満たす彼女の気持ちも分からない訳ではない。ボクだって好奇心の塊みたいな存在だし。



「そ、それは一旦置いといてね! これからどうするか決めたの?」

「もう神子には頼らないからね」

「うっ」


 当たり前だろう。

 神子もそれも分かっているのか、抗議の声は上げてこなかった。


「とりあえず、今の状況を整理してみるよ。イズ視点で見ると、ボクが【因幡の白兎】が好き=イズの事が好きだと思っているだろう。事実なんだが」

「それはそうよね。なんか複雑に見えるけど、結果だけ見たら月夜が神尾君を好きなのは合ってるし」

「複雑にしたのはキミ……いや、それは良いか。その事は別に彼に言わなくても良いだろうとおもってるよ。……それでね。神子にもそうなんだけど、ボクは多少なりともイズにも思うところがあるんだ」


 彼がボクに正体を明かせなかった理由も分かる。分かるんだけどさ。

 それでも感情というものは複雑なのだ。だから――


「――色々吹っ切れたから、これから先はノーガードで行こうかなと思っててね」

「……ん? 待って待って、ちょっと一つ気になる事があるんだけど」

「なんだい?」


 神子を見ると、彼女は不思議そうな顔をボクへと向けていた。


「二人って付き合ってないの?」

「……何をいきなり言い出すかと思えば。それならこんな事は話さないだろう」

「あれー? ちょっと想像と違う展開になってるわね」

「何やらボクが意識を飛ばしていた間に来ていたらしいけど」

「月夜が復活してからは見てないからね! 叫び声は聞こえたけど……あ」


 そこで神子は何かに気づいたようだった。


「もしかして、あの後逃げてきたの?」

「うん。無理だよ、あの状態でイズの前に居るなんて」

「あー、なるほどなるほど。そう来たかー」


 何やら納得したらしい。しかし、難しい顔をしているが……まあいい。


「それでだね。さっきの続きになるんだけど、ボクもボクで考えた事があるんだ」

「……聞かせてちょうだい」


 真剣な表情をする神子へとボクは口を開いた。



事を一番に動こうと思うよ」


 そう告げた瞬間、神子の首がこてんと傾げられた。


「……はい?」

「だって、卑怯だろう。イズはボクがイズの事を好きだと知ってるのに……ボクはイズが好きだと思ってくれているかどうか分からないんだから」


 イズだけ知ってるのは、なんかずるいと思う。


 神子の瞳が一気にじとっとしたものになった。


「へたれ」

「ほ、他にも理由があるんだよ」


 イズにボクの事を好きになってもらうのは前提として、もう一つ。いや、こちらも結果としては似たようなものなのだが。


「イズにはボクの事をんだ」

「……あー、そういう事ね。ちょっと納得したかも」


 どうやら神子は理解してくれたらしい。その言葉に頷いて――



 どうやってイズにボクの事を大好きになって貰うか、彼女に話し始めたのだった。


 ◆◆◆


 学会が終わり、学校が始まる。普段より早く学校に着いてしまった。


 そわそわと身を揺さぶりそうになり、みっともないぞと自分を制する。


 程なくして、彼は来た。


「おはよ、イズ」


 緊張していた面持ちがボクの声を聞いて、呆気に取られたようなものへと変わり……緩んでいったようだ。



 とりあえず。今日授業が終わるまでは普通に接しようと決めたのだ。


「聞いてくれよ、イズ。今になって休みに学会で発表した内容にケチをつけてくる輩が現れたんだ」

「そ、そうか。あの発表に穴はなかったと思うが」

「なければ言いがかりでこじ開けるのがあの手の輩だよ。とてもみっともない事なんだけどね。反論に答えたらすぐ黙ったし」


 ああ、とわざとらしく声を漏らして彼と目を合わせる。


「キミは知ってるよね。あの最後に発表してた、偏屈そうなじいさんだ」

「っ……!?」


 一瞬だけ教室の視線が彼へと向いた。彼も驚いたような顔をしていたが、すぐに表情が元に戻った。


「あの人か。そういえば美空に矢継ぎ早に質問を飛ばしていたな」

「そうそう。そこそこ有名な人なんだけどね。頭が固くて、経験こそが正義みたいな感じで若い人は目を付けられるんだ」


 まず第一段階。イズがボクと学会に来ている事をそれとなく伝える。完璧だ。


「ちなみにイズは気になったものとかあったかい?」

「そうだな……美空のものもそうなんだが。あの、希咲の研究を否定してたのが居ただろ? 逆にあそこから希咲の研究について気になったな」

「ああ、ボクが質問攻めで半泣きにさせた人も居たね。しかし、さすがイズ。目の付け所が良い」


 神子の研究に目を付けるとは。

 一部ではどうしてそんな研究を? などと言われたりもするものだ。しかし。


「彼女はボクの死角を埋めてくれる存在。とても面白い発見をするんだ……と言っても、キミならある程度理解しているか。


 そう聞くと、イズはうっと声を漏らした後に。息を吐きながら頷いた。


「……そうだな」


 その言葉を聞いていると頬が緩む。


 成功だ。これで皆がイズを見る目が変わっただろう。ボクと違ってイズは親しみやすいから、孤独になる事もありえない。


「あ、じゃあ折角だからボクに質問したい事はないかい? 何でも答えるよ」

「そうだな。じゃあ遠慮なく――」


 イズの質問に答える。


 その時間は先週までと同じように見えて、明らかに違う時間となったのだった。


 ◆◆◆


「やあ、イズ。来てくれたんだね」


 放課後。生物室で待っていると、イズが来てくれた。


「今日はキミに相談があるんだ」

「……なんの、相談だ」


 思わず笑みが漏れてしまう。

 立ち上がり、彼に近づいた。とても――とても、近く。胸がくっついてしまうくらい近くへ。


 彼の匂いはとても安心する。見上げると、彼の黒い瞳と目が合った。



 さあ、イズ。


「恋愛相談だよ」


 覚悟してね。



「ボク、好きな人が居るんだけどね。どうやったら彼がボクの事を好きになってくれるのか、キミに聞きたいんだよ」



 これからはキミの事を堕としにかかるから。


 ふふ。【魔女】の猛攻にイズは耐えられるかな?








 ――――――――――――――――――――――


 あとがき(読みたくない人は飛ばして大丈夫です。まだ最終回ではないよという報告になります)



 作者の皐月です。凄く最終回っぽい雰囲気が最近出ていましたが、まだ終わりません。ただ、

 物語としては三分の二くらいが終わった……と捉えて頂いても良いかもしれません。


 とりあえずまだ物語は終わりませんので、そこはご安心ください。


 最近は投稿が遅れてしまったり誤字等が多かったのですが、言い訳をしますとリアルが死ぬほど忙しくて……恐らく今週が終われば、遅くとも来週が終われば落ち着けるはずです。多分。もうしばらくは投稿時間が遅れたりすると思われます。ご了承ください。



 さて。次回からは最高火力の【魔女】に出雲君が翻弄される事でしょう。

 お楽しみにお待ちください。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る