第27話 【神童】の罰
「ふぇ?」
彼女はとても気の抜けた声を上げ、そして固まってしまった。
ピシッと。顔を真っ赤にしたまま、石のように彼女は固まり続けたのである。数秒経っても、数十秒経っても彼女の意識は戻ってこなかった。
――驚いた。恐らくこれは脳の整理が追いついていない。美空のオーバースペックとも思える頭脳でそれがありえるのか。
いや、一度置いておこう。彼女の事だからそう遠くない内に復活するはずだ。
今は美空も大事だが――こちらも大事だ。
「どうだ? 何か言い返す事はあるか」
「ぐっ……」
男……偽因幡の方を見ると、凄く悔しそうな表情をしていた。本当にこれで上手くいくと思っていたのだろうか。いや、あれか。あれだな。
この男は俺と【因幡の白兎】をイコールで結びつけていなかった。
最近俺が美空と仲良くしている理由が【因幡の白兎】との恋愛相談だとあの日わかった。その上、俺は『大切な話がある』と美空に告げていた。来週までに告白すればどうにかなるとでも思ったのだろう。
「さて、どうしてくれようか。偽因幡の白兎兼美空のストーカー」
美空は放っておいて良いと言っていたが、正直俺が嫌だ。
こんな危険人物を――俺と美空の思い出を汚そうとした輩を放置しておく訳にはいかない。
「……覚えてろ!」
「三下悪役過ぎるだろ捨て台詞が」
偽因幡が逃げようと扉に手を掛け――どうやら気づいていなかったようだ。
先程俺が思い切り扉を開けたと言うのに、どうして閉まっているのか。
次の瞬間――
「どーん!」
「ぐへぶっっ!?」
「あれー? ごめんなさい、気づかなかったわね」
その手が扉に掛かる直前に勢いよく扉が開き、偽因幡の顔面を強打したのである。
そして現れたのは――
「やっぱり希咲だったか」
「ええ。情報だけ渡して除け者にされたくなかったし。……いいものも見せてもらったからね」
希咲がニヤリと美空の方を見るも、彼女は完全にショート中だ。顔を真っ赤にしてあわあわとしている。希咲にも気づいていないようだ。
「それと。……私、嫌いなのよね。主人公とヒロインに割って入るようなストーカー男は」
希咲はその瞳を濁らせ、偽因幡を見た。
「逃げてはいお終いっていうのは嫌なのよ。……親友の思い出を傷つけたというのもかなり腹が立ってるし。相応の罰をあげないとね」
くふふと笑う希咲だが、その瞳には明確な怒りが込められていた。
「ちなみに聞きたいが。何をするつもりだ?」
「実はヒトの腎臓が一つ欲しかったのよ。次の研究に必要でね」
「ちょっと想像以上に犯罪過ぎて返す言葉が見つからない」
「ジョークよ。いくら私でもそこまではしないわよ」
全然ジョークに聞こえなかったんだが? という言葉は飲み込み、完全に伸びている偽因幡を俺も見た。
「実はこのストーカーの裏を掴んできたのよ」
「裏?」
「ええ。中学生時代、元カノにストーカーをして、その子をノイローゼにしたのは真実よ。おまけに月夜の隠し撮りもたくさんしててね。……ああ、下着とかは撮られてなかったから安心して。遠くから顔とか撮られてるものよ」
「全然安心は出来ないんだが……任せて良いのか?」
「任せなさい。ふふ、楽しみにしてて」
正直俺も少しだけ扱いに困っていた。殴る訳にもいかないし。
その点、希咲なら上手くやれるだろう。
「それじゃあ私は鬼が起きない間に退散するとするわ。またね」
希咲がズルズルと偽因幡の足を引きずって去った。意外と力強いな。あと階段でめちゃくちゃ痛い思いをしそうだな偽因幡。
さて、色々あったが。そろそろ戻ってきたか?
そう思って美空を見ると、彼女はまだぼうっとしていた。まだオーバーヒートしているらしい。
「おーい、美空?」
「……」
顔の前で手を振っても反応がない。
「美空さーん」
「……!」
何度か呼びかけると、やっと焦点が合ってきた。
次の瞬間。ツキと至近距離で目が合って――彼女はその顔を手で覆い隠した。
「なっ……」
何かを言おうとしたものの、言葉が出てこないようだ。何を言おうとしているのか予想しつつ答える。
「……本当に、心の底からすまないとは思っている。すまなかった」
大人しく頭を下げようとすると、美空の手が片方伸びてきて止められた。
「いいっ、から。……わか、分かってるよ。そりゃ言いづらかっただろうさ」
「そう言ってもらえると助かるんだが」
めちゃくちゃ言いづらかったものの、だからと言って許されるような行為でもない。
「言い訳になるが。美空の学会が終わったら改めて、ちゃんと謝るつもりだったんだ。……あの偽因幡にああ言われて、美空との思い出を汚されたような気がして。悪い」
「……いいよ。ボクも同じ気持ちだったから。嬉しいよ、ありがと」
美空はそう返した後、顔を手で隠しながら黙り込んだ。何かを考えるように。
すっと、その手が下げられた。まだリンゴのように赤いが、今度は隠そうとしない。
「ああ、そういう事か。そういう事ね。今完全に理解したよ」
「み、美空?」
「イズ。イズはそんなに悪くない事は分かってる。ああ、分かってるとも。ボクもかなり悪いよ。だけど、だけどね。一つだけ言わせてくれ」
美空はそう
美空はすう、と息を大きく吸って。
「イズと神子のばかああああああああああああああああああ! 特に神子のばかああああああああああああああ!」
そう大きく叫び、走り出したのだった。
「つ、ツキ!?」
一瞬遅れて彼女の名前を呼ぶ。慌てたせいで昔の呼び方をしてしまったが……既に彼女はいなくなっていた。
追いかけたが、既にどこにも彼女の姿は見当たらなかった。
◆◆◆
帰り道、美空の家に寄ろうとしたのだが……美空の両親が凄く申し訳なさそうに『今、月夜はお友達と大切なお話しててね』と言われた。
今は時間が必要かと、俺も大人しく帰ったのである。希咲は……まあ、大丈夫だろう。多分。
『そういや美空ちゃんはどうなったんだよ。あの先輩、絶対成功するっていって呼び出したらしいけど』
「嘘ついてたのがバレて……あー、まあフラれてたな」
『まじかよおい。そりゃそうなるか。今はあんな事なってるしな』
「あんな事?」
今は教えてくれた渡辺にお礼を言うため電話を掛けていたのである。
渡辺の言葉が気になって聞き返すと、画面の奥から意外そうな声が返された。
『ん? 知らねえのか? あの先輩、もう色々終わったらしいぞ。元カノのストーカーをした証拠先生にばらまかれて、今職員会議やってるらしい。その上、元カノの方にも証拠が行ってて警察沙汰になるかもだとさ』
「自業自得が過ぎるな」
『ついでに言っとくと、ストーカーを辞めたのは美空ちゃんには一目惚れしたかららしい。入学してきた時から標的を完全に乗り換えたらしいな』
「はた迷惑すぎるな本当に」
恐らく希咲が動いたのだろうが……とんでもない早さだな。
「ちなみにその情報はどこから?」
『友達から聞いたけど……あれ? そういや誰から聞いたんだろうな。俺以外にもかなり知ってる奴ら多かったけど』
「そ、そうか」
ちょっと怖くなってきたな。さすがは【神童】と言うべきなのだろうか。
「それと、美空の事教えてくれてありがとうな」
『気にすんな気にすんな。俺は見知らぬカップルは爆殺したくなるけど知り合いのカップルは半爆くらいで応援するからよ』
「どっちにしろ爆発させるのか……それと、別にカップルじゃない」
『けっ!』
その対応に思わず苦笑いをした。
『用はそんだけか?』
「そうだ。お礼を言いたくてな」
『んじゃ、今度コーラでも奢ってくれ』
「……分かった」
『おう、それじゃまた明日な』
「ああ、また明日」
本当に良い友達を持ったようだ。俺も、美空も。
明日、美空は休みである。学会の準備をしなければいけないから。学会は俺もこっそり行くんだけどな。
学会の場で会うか、それとも来週になるのか。今の俺には全然想像がつかなかった。
◆◆◆
結局、学会で美空と話す事は出来なかった。美空母に『月曜まで時間を頂戴って言われているの』と聞かされたからである。
完全に拒否された訳ではない事に安堵しつつも、かなり心を揺さぶってしまった事に再度反省する。
さて。
「めちゃくちゃお腹痛いな」
学校に向かいながらそう呟く。めちゃくちゃお腹が痛かった。それは当然、美空と会うからである。
なんて言おうか、とか。改めて謝罪を、とか色々考えてしまう。自業自得なのだが。
重い足取りだが、すぐに学校に着いた。教室へと向かい、扉を開ける。
既に彼女は来ていた。ドッドッと音を早めてくる心臓に手を置きつつ、そこへと向かう。
その赤い瞳がじっと、俺の方を向いた。
くすりと、彼女は笑う。
「おはよ、イズ」
その声は、先週までと変わらない。優しげなものだった。
◆◆◆
「きりーつ。気をつけ。礼!」
「さようならー」
帰りのSHRが終わる。気がつけば隣から彼女はいなくなっていた。
『じゃあイズ。いつものところで』
そう残しながら。
――美空は、普段と変わらない対応であった。いや、ちょっと学会の話を振られて話はしたが。それくらいだ。
先週の事について触れようとするも、のらりくらりとかわされてしまった。何を考えているのか分からない。……先週の事は無かった事にするのか。
何にせよ、今から分かる事だ。
階段を降り、生物室へと向かう。そこはいつも通りカーテンが閉まっていた。
扉に手を掛けると、簡単に開いた。
――いつもの場所に、彼女はいた。
「やあ、イズ。来てくれたんだね」
依然と変わらぬ物言いで。
「今日はキミに相談があるんだ」
「……なんの、相談だ」
からからに乾いた喉でそう返す。
美空はくすりと笑い、つかつかと近づいてくる。――近い。ほぼゼロ距離で。後退りをするも、後ろは扉で逃げ場はない。
むにゅりと、その柔らかなものがみぞおちの方へと当たる。
そのまま彼女は顔を上げた。
「恋愛相談だよ」
じっと、赤い瞳を向けてきた。
「ボク、好きな人が居るんだけどね。どうやったら彼がボクの事を好きになってくれるのか、キミに聞きたいんだよ」
その瞳には反射した俺の姿以外、誰も映ってなかった。
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