第23話 魔女と迷子と幼馴染とハク

「今日は晴れてて良かったな、ハク」

「わふっ!」


 六月にしては珍しい晴天。曇りの時でも散歩に行っていたのだが、ハクも晴れの方が好きなようだ。


 家族で順番に散歩に行っており、今週末は俺がハクと散歩をする番であった。明日も散歩であるが、楽しいし運動にもなるしで良い事尽くしである。

 いつもの散歩コースに加え、公園で一緒に遊ぼうかなとか考えていた時だ。



「ふええええええええ!」


 道の端で小さな女の子が泣いているのが見えた。


 ハクが一瞬だけ俺を見てくる。その瞳にはしっかりとした光が宿っており、俺は頷いた。


 いきなり走り出して怯えさせたら本末転倒だ。ハクと一緒にゆっくりと歩き、その子の傍まで近寄る。

 ……犬が好きなら良いのだが。


 泣きじゃくっている女の子だったが、ハクを見て目をまんまるとさせていた。


「わんちゃん!」

「わふ」


 その子はがばっとハクに抱きついた。犬が好きな子のようで良かった。好きどころか大好きっぽいな。


 昔の俺には抱きつき癖があったので、ハクも抱きつかれる事には慣れていた。驚いた声を上げたものの、大人しく抱きつかれるハク。今日のおやつは一個増やしておこう。


「……なあ、君。迷子であってるか?」


 しゃがんで視線を合わせつつそう尋ねる。その子はハクに抱きつきながらこくこくと頷いた。


 一緒に交番に連れて行く、という選択肢が脳裏に浮かぶ。しかしすぐに霧散した。

 ハクが居るからと言って連れ出すと、凄く犯罪者っぽく見えてしまう。言い逃れが出来なくなるからやめておいた方が良いだろう。


 となると、これなら……大丈夫かな。


「ねえ、君。ここでハク……ああ、ハクっていうのはこの子の名前だ」

「はくちゃん!」

「そうだ。今おまわりさんを呼んでくるから、ハクと一緒に待っててくれないか?」


 そう聞くと、女の子はぶんぶんと首を縦に振った。よし。


「じゃあハク、その子を頼む」

「わふっ!」


 交番までは走って五分くらい。ハクが居れば変な人が近寄る事もないはずだ。


「じゃあちょっと行ってくるから、そこで待っててね」

「うん!」


 女の子に一度そこで待って貰って、俺は走り出したのだった。


 ◆◇◆


「珍しく良い天気だ」


 別に雨は嫌いじゃない。

 その音や匂いは普段とは異なる非日常感が伴い、日常から外れた雰囲気を運んできてくれるから。


 でも、この時期になると数があまりにも多すぎて嫌になってしまう。非日常だろうと、毎日続けば特別感も薄れるのだ。


 だから、ついそう独り言を呟いてしまうくらいにボクは高揚していた。


 一週間後には学会もある。天気も良かったので、気分転換を兼ねて散歩をしていたのだ。


 ハクの散歩コースを歩いてしまってるのは、別に彼と会いたいからでは……違うって言いたいけど、自然と脚がこちらに向かってしまった事は否めない。


「ん?」


 道を曲がってすぐにボクは気づいた。


 そこには真っ白なハスキー犬と、その犬に抱きついている五歳くらいの女の子が居て……あれ、ハクだよね。


「はくちゃんもふもふー!」


 やっぱりハクだ。でもなぜ?


 いや……ああ、そういう事かな?


「キミ、ちょっといいかな」


 女の子を怖がらせないようゆっくり近づいてしゃがむ。ハクがボクを見てぶんぶんと尻尾を振り回した。覚えていてくれていると良いな。


「おねーさん、だれー?」

「ボクはね。……そこのわんちゃんと一緒にお兄さんが来なかったかい?」

「おにーさん! いた!」


 そのやりとりをしつつ察した。ふむ。やはりそうか。


「そのお兄さんはおまわりさんを呼んでくるとか言ってたかい?」

「いってた! すごい! おねーさん、たんてーさん?」

「ふふ。ボクはただの学生で学者だよ。そして、そのお兄さんのお友達だ……今はね」


 迷子を放っておけなかったんだな。イズは。


 迷子を助ける。それは当たり前の事でありながら、実行に移せる人は少ない。



 誘拐犯に思われるかもしれない。

 動画を撮られ、悪意のある切り抜きとともに拡散されるかもしれない。

 助けるってどう助ければ良いのか。

 誰かが助けてくれるだろう。



 助けない理由はいくらでも作れる。無視をした所で、数ヶ月も経てばその事を忘れる者が半数を占めるだろう。


 だけど、彼はそうしなかった。そうするだろうって信じてたけど。


 それでも、行動に移してくれた事が嬉しかった。


「ねえ、キミ。名前はなんていうんだい? ボクは月夜って言うんだ」

「しおん! むらさきのー? なんだっけー? えん? でしおん!」

「ふむ、となると紫の苑と書いて紫苑ちゃんかな。良い名前だ。それでね、紫苑ちゃん」


 この歳の子供なら……子供をあやした事はないが、多分大丈夫だ。


「実はボク、かなり物知りなんだ。もしなにか知りたい事があれば、聞いて欲しい。……例えば、どうして空は青いのか。とかね」


 こてんとかわいらしく首を傾げていたものの、後半の言葉を聞いて一気に目が輝いた。

 この年頃の子は好奇心旺盛だと聞いていたけど、どうやら正解だったようだ。


 ◆◇◆


「こっちに居るんですね!」

「はい!」


 交番に向かうと、恐らく女の子の保護者であろう男女が居た。念のため警察の人も一緒に確認して貰う事にしたのだ。


「すぐそこです!」


 急ぎ足でそこへと向かうと――


「ちってどーしてあかいのー?」

「血にはね。赤血球っていう、赤く見えるものが入ってるんだ」

「せっけっきゅーさん? せっけっきゅーさんはからだでどんなおしごとしてるのー?」

「ふふ。赤血球さんはね。体の頭から足まで酸素を運ぶお仕事を――ああ、来たか」



 女の子がハクを抱きしめている。それは理解出来たのだが。


 しゃがんでその子と視線を合わせ、楽しげにいろんな事を教えている美少女が居た。


 日射しを受けてその銀髪は輝いている。

 少し眩しくも、とても綺麗で……目を奪われてしまった。


 彼女は俺達を見て立ち上がった。柔らかい微笑みを残しつつ。


「おにーちゃん! おねーちゃん!」


 同時に女の子が走った。二人が女の子を抱きしめる。


「目を離してごめんな、紫苑」

「良かった、無事で。……ほんと良かった」

「ごめんなさい! ありさんがすごいのはこんでたから!」

「すっごいデジャヴ。でもだめだよ、紫苑。いきなりいなくなったら。……けど、おねーちゃん達こそごめんね、一人にして」


 無事再会出来たようで何よりである。それを見つつ、ハク達の所へ近づいた。


「おっきーわんちゃんとね! あたまいーおねーさんがいっぱいいろんなのおしえてくれたの!」

「ありがとうございます。本当にありがとうございます」


 その子の言葉になぜ美空が居たのかを察した。ハクと一緒にこの子と一緒に居てくれて、暇をしないようにしてくれたのだ。


 そして、二人から凄いお礼を受けた。どうやらこの子、迷子になるのは二度目だったらしい。

 片方が御手洗に行き、もう片方の人が飲み物を買う数分の間に居なくなってしまったらしい。その子曰くありさんが凄いのを運んでたかららしいが。ちょっと気になるな。何を運んでいたんだろう。


 一応警察の人とも少しだけ話して、その場はどうにかなった。


「またねー! はくちゃん! ものしりおねーさんとたすけてくれたおにーさんもー!」

「うん、またどこかで。その時までに聞きたい事をたくさん用意していてね」

「はーい!」


 小さく手を振る美空を見つつ、自分もその子へと手を振る。ハクは手の代わりに尻尾をぶんぶん振り回していた。


「……しかし、驚いたな。まさか美空が居たなんて」

「偶然、ね。ハクもボクの事は覚えてくれてたらしいし」


 美空がハクの頭を撫で、ハクは嬉しそうに目を細めた。


「わふっ! わふっ!」

「ハクも会いたがってたからな。良かったよ」

「ふふ、そうか。それなら良かった……あと、丁度良いね」


 美空は手を離し、俺を見た。


「天気が良いから散歩してたんだ。付き合ってもいいかな」

「ああ、もちろん」


 ハクも『散歩』という言葉で理解したのか、嬉しそうに美空の周りをぐるぐる回っていた。


 それを嬉しく思いながら。俺達は昔のように、一緒に散歩をしたのだった。




 ――こんな平和な一日を過ごしたというのに。

 まさか、一週間後には俺達の関係性が大きく変わっていたなんて。

 一体誰が想像出来ただろうか。

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