第22話 幼馴染と神童
「話をしないか」
「また随分情熱的ね。月夜に怒られない?」
放課後。今日は恋愛相談は休みである。
こちらのクラスが先に終わったので、希咲の居るクラスまで行って声を掛けてみたという訳だ。
「美空からは了承済みだ」
「あれ? そうなの?」
「代わりに作りたてのクッキーを要望されたが」
「ふぅん?」
希咲が少しだけ楽しそうな顔をした。
「ここだと目立つわね。十分後、いつもの場所で落ち合いましょ」
「……いつもの場所、か」
今日が初めて自己紹介をしたというのに、それだけでどこなのか分かってしまうのがなんとなく複雑であった。
◆◆◆
一旦、希咲に対する評価をまとめておこうと思う。
専門は生物学と物理学。特に力学の方に力を入れている。
細かい事を話すとキリが無いのだが、見つけ出した理論はそう遠くないうちに教科書に載ると言われてる。生きる偉人、とも言われるな。
ここからが美空による評価である。
希咲は一つの物事に熱中するタイプ。美空は平行していろんな事をするが、希咲は一つずつしか出来ないらしい。しない、ではなく出来ないだ。
それは決して悪い事ではない。言うなれば、一極集中型なのである。先行研究の中でこれまで肯定されてきたものを完膚なきまでに否定、また逆も然り。しかも、完璧な理論で武装して。
そして、既に手垢が付きまくったはずの研究から、誰も見つけた事がない新たな発見をするのだ。
それと、これは俺にはまだ分からない事なんだが。美空と希咲では研究や論文などでは目の付け所が全然違うらしい。
恐らくどこかが被っていたら、どちらかが学者ではなくなったかもしれないと美空は言っている。
別に嫉妬からとかではなく『自分の知りたい事を相手が解き明かしてくれるから』と。
『その時はどちらかが助手になった可能性が無きにしも非ずだね』とも言っていたが。
また、美空曰く彼女は好きな事をしている間は極端に視野が狭まるらしい。食事を抜いて一度救急送りになった事もあるとか。
それからは反省し、食事時には家族が部屋から引っ張り出されているらしい。
うん。すっごく嫌な予感がする。決して悪い人ではないんだろうが。なんかすっごい変人の匂いがする。
そう頭の整理をつけながら、俺は生物室の扉を開いた。
「早かったわね。さすが月夜の幼馴染」
「少し考えれば分かる事だろ」
そもそも希咲とは話したことがないし、人が居ない場所で思いつくのはここくらいである。決して褒められる事でもない。
「いや、最近は自分で考えられない人も多いのよ。月夜の選んだ子なら大丈夫とは思ってたけどね」
「……まあ、美空の周りに居れば自然と身につく事だ」
彼女の周りに居れば自然と比較される。金魚の糞扱いなど普通にされていた。
だからこそ努力は欠かさなかった訳だが。
「立ち話もあれだし、適当に座ってね」
「ああ」
希咲に言われ、対面に座る。
一瞬、美空のように隣に座ってくるんじゃないかと身構えてしまった。希咲はきょとんとして……苦笑いをした。
「学者はみんなパーソナルスペースがないとかそんな事はないから。月夜も近づかれるのは嫌がるし」
「……そうか」
「あ、でも貴方は別みたいね。近くに居ると安心するって言ってたし」
また美空が聞いたら怒り出しそうな事を言ってのけるな。親しいはずなので、ある程度ラインは見極めていると思うが。
「じゃあ前置きはこのくらいに。何の用かしら」
「予想はついてると思うが」
ふう、と息とともに緊張を吐き出そうとした。しかし、心にこびりついた緊張はそう簡単に取れてくれなかった。
それでもどうにか、俺は彼女と視線を合わせた。
「【因幡の白兎】について知っているな?」
「ええ。貴方の事よね、出雲くん」
躊躇う事も、驚く事もなく。希咲にそう返されてしまった。
はぁぁ、と。俺は俯いて盛大にため息を吐いた。
「いつ知ったんだ」
「最初、月夜から聞いた時ね。簡単でしょ。名前のつながりもそうだし。月夜から聞いたけど、あの場に私達と同い年の子が居るとは思えない。――貴方を除けば、ね」
完全にド正論を返されてしまった。
あの場に高校生はほとんどいない。ほとんどが大人であり、研究者や医者、大学の教授などを兼任している。
若い人はその助手という立ち位置が多く、居ても大学生や大学院生など。それなりに目立つのだ。……ごく稀に、美空達のような天才が居るのも確かだが。
だからこそ俺も変装をし、美空母やその友人の学者の助手っぽく立ち振る舞っていたのである。
「というか。気づいて欲しくてあの名前にしてるわよね」
「うぐっ……その気持ちがないと言えば嘘になる」
いつか、俺が書いた文章だとネタばらしをしたいなという気持ちはあった。気づいてくれたら嬉しいなという思いも。
「それで、気になってるんでしょ? あの子が気づいているのか。それとも気づいていないのか」
「めちゃくちゃ気になってる、が。予想はついている」
今までは五分五分であった。考えれば考えるほど分からなくなっていた。
だが、今なら分かる。
「気づいてない、だろうな」
「どうしてそう思うの?」
「美空は迂遠なやり方は好きじゃない。知っていたらこんな手段を取らないだろう……という予想もあるが。昨夜色々あって確信したんだよ」
「あら。じゃあ乙女が眠ってる所に侵入したというのは本当なのね」
「おぐっ……言い訳になるが、昨夜は俺が絶好のタイミングだと思ってたんだ。全部言えると思ったんだよ」
昨日の事は謝罪したいが、彼女は夢だと思い込んでるはずだ。
そういう形でバレるのはなんとなく嫌だった。完全に俺のわがままであるが、ここまで来たらわがままを突き通したい。
「まあそれは別に良いわ。あの子なら怒らないでしょうし。知ったら顔は真っ赤になりそうだけど」
と、そこで話が脱線しつつある事に気づいた。聞きたい事は他にもあるのだ。
「希咲は美空が知らないと気づいてたのか?」
「その質問に答えて良いのかしら」
彼女の言葉に押し黙ってしまう。
今、希咲が答えたとして。俺の予測が事実へと変わってしまう。また、彼女の答えから様々な憶測ができてしまう事だろう。
美空以外からその言葉を聞くのは――良くないような気がした。
「悪い、今のは忘れてくれ」
「そうさせてもらうわ」
やはり本人に聞かない事には始まらない。始まった瞬間終わるのかもしれないが。
「じゃあ別の質問だ。希咲は美空に俺が【因幡の白兎】だとバラしたいと思っているか?」
「思ってないわね。少なくとも、今のところは」
「……そうか。分かった」
それならば人伝いに聞くこともないはずだ。ひとまず安心して良いだろう。
「質問はそれだけ?」
「ああ。悪いな、時間を取らせて」
本当はどうして美空に本当の事を言わないのか聞きたかったが、それもまた『答え』へと繋がりそうなのでやめた。
「別に構わないわ。でも、私からも一つ言わせて」
希咲が荷物を取り、俺を見る。
「私は今の状況を結構楽しんでるの。人の恋沙汰って楽しいじゃない?」
「……気持ちは分からなくもないが」
「自分でも良い性格はしてないって思うから。安心して頂戴」
それは安心して良い材料になるのだろうか。いや、それは良いか。
思考を止め、改めて希咲を見る。彼女は薄く微笑みながら、扉の前まで歩いた。
「だけどね。私、人の不幸を楽しむ趣味はないから。ハッピーエンドにしてね」
「それはどういう意味だ?」
「さあね。自分で考えてみて」
希咲が扉に手を掛け、外へ半身を乗り出す。最後に振り向いた。
「あの子の事が本当に好きなら大丈夫かしらね?」
「なっ――」
「それじゃあまたどこかで。月夜に今日の事は話さないから安心して」
待って、と手を伸ばした頃には。彼女の姿は見えなくなっていたのだった。
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