第13話 魔女のクリティカルヒット

 【因幡の白兎】から貰った手紙を彼に見せながら、見て欲しい所に指を置いて説明をする。


「この時、ボクは研究に行き詰まっていたんだ」


 あの時の事は今でも鮮明に思い出せる。



『辛い時は家族に頼るのが一番です。お父さんもお母さんも、頼られる事が一番嬉しいんですよ』



 贈られたその言葉が、つまづいているボクを引き起こしてくれた。


「彼の言葉のお陰で初心に帰る事が出来てね。成功したんだ」

「へえ。美空でもそんな事があったんだな」

「まだまだあの頃のボクには経験が足りなかったからね」


 自分の失敗談だと言うのに、話すのが楽しかった。


「それと……ああ、これも嬉しかったな。この手紙を貰った時、ボクは面倒なやからから嫌がらせを受けていて。正直参っていたんだ」

「嫌がらせ、か」

「もう解決しているよ。両親が放っておくはずないからね。その時も彼の手紙に助けられたんだ」


 手紙をファイルの中から一枚取り出し、イズが見えやすい所へ置く。


『美空さんは凄いです。本当に、本当に凄いんです。きっと、これから何万人。何百万人もの人間を救うはずなんです。だから、こんな所で負けないで』


 その手紙を見ると、思わず頬が緩んでしまった。


「彼はボクの事をよく分かっている。この時ボクは、慰めの言葉を過剰に掛けられていたからね。『頑張らなくても良い』『一旦休んでも良いんじゃないか』って。だからこそ、鼓舞された。頑張りたいって思えた」

「……へえ」


 イズは頷きながらも、なぜか頬を赤くしていた。なんとなく恥ずかしそうだけど……嫌という訳ではなさそうだ。


 ただただ、その反応が意外だった。



 不可能だと思っていた。彼の手紙をイズに見せる事は。



 これは彼に不快な思いをさせるだけなのでは、と。そう思っていた。


 だから、これ以上話すのは辞めようと思っていたのに。

 どうやらの言葉は正しかったようだった。



『彼の前で【因幡の白兎】について話すの。絶対に上手くいくから。私を信じて』



【因幡の白兎】についてどうするべきか相談した時、神子はそう言っていた。正直それは悪手だと思っていた。


 でも、どうやらボクの方が間違っていたらしい。


「【因幡の白兎】には何度も助けられた。彼が居てくれて良かったって思ってる」



 ――思ってるんだけど。



「でもね、イズ。ボクはこの二年近く、何度も思った事があるんだ」


 彼の黒曜石のような瞳を見る。この気持ちが少しでも伝わるように――



「――キミが傍に居てくれたら良かったなって。思っちゃうんだ」

「ッ……」


 彼へと伝えた。



 もし【因幡の白兎】の立ち位置にイズが居てくれていたら。ボクはどれだけ嬉しかった事だろう。


 キミに励まされ、助けられたかった。

 彼から手紙を貰うだけでも贅沢な事だって分かってるし、こんな事を言うのは失礼だと思うんだけど。


 それでも、感情は抑えが利くものではない。



 イズと話さない日々が続いた。

 なんて話しかけたら良いのか分からなくなって。


 気がつけば、疎遠になっていた。


 キミが傍に居ないという事がどれだけ苦しい事なのか思い知った。


「彼が居なかったらボクは折れていたかもしれない。事実だよ。彼が居たからボクは楽しく研究が出来た。これも事実だ」


 だけど、足りなかった。

 この胸を満たす事は誰にも出来なかった。あの頃は。



 それから時間は掛かってしまったけど――



 キミが満たしてくれたんだよ。ボクの心を。


「キミが傍に居てくれる『今』は凄く楽しいよ」

「そ、そう、か」


 そこまで話して、ボクはファイルを閉じた。


「ねえ、イズ」


 イズは照れているのか顔を赤くして、目を逸らしていた。

 彼の傍に寄る。今よりもっと近くに。


 そっと手を机の上。彼の指にちょんと、先の方だけ触れるようにした。


「これまではについて話したから。これからはについて話して欲しいな」

「み、美空?」


 さあ。また一歩進もう、イズ。


 ◆◇◆


 美空の様子がおかしい。


 先程までは良かった。【因幡の白兎】に助けられた話を自慢げにしていたから。

 かなりむず痒く、ダメージもかなり受けたものの。彼女の支えとなった事を知れて嬉しかった。


 そして、また唐突な事ではあるが。俺と一緒に居たかったと言われた。

 こちらも素直に嬉しかった。


 ……余計、【因幡の白兎】が俺と分かって言っているのではとか思ってしまったが。それは置いといて。



 そこまでは――美空がいきなり距離を詰めてくるまでは良かった。


「これまではについて話したから。これからはについて話して貰おうか」

「み、美空?」


 ただでさえ近かったのに、美空は更に椅子を寄せてきた。更に、その指がちょんと俺の指に触れている。


 ふわりと香ってきたお菓子のように甘い匂い。呼吸を止めてしまいそうになった。



 美空の指がそっと動き、指の先をくすぐってくる。


「な、なんだ? どうした? いきなり」

「なに、ボクもキミの事が知りたくなってね。……学校ではほとんど話せなかったから」

「あ、あー。そういう事か」


 俺が美空の事を知りたかったように、美空も俺の事を――待て、それって。


 いや、違うか。普通に友達なら『会ってなかった間何してたの?』くらい聞くか。


 その赤い宝石のような瞳はじっと俺の顔を覗き込んでくる。逸らす事が出来ない。


「べ、別に面白みのあるものじゃないぞ?」

「それでもボクが聞きたいんだよ」


 真っ直ぐに見つめられる。その表情は至って真面目なものだった。


「……分かったよ。本当に面白くはないからな」


 そう返した瞬間。彼女の瞳がキランと輝いた。


「ありがとう!」



 そして。その手が動き――指をきゅっと、親指から中指に掛けて、三本の指で摘まれた。



「み、美空? 話すのは良いんだが……近くないか?」

「そんな事ないよ! 昔はよくイズの膝の上に座っておしゃべりをしてたじゃないか!」

「いや、昔は昔で……」

「昔があるから今があるんだよ。イズ」


 あ、ダメだ。これ丸め込まれるやつだ。早めに撤退せねば被害が大きくなる。本当に膝の上に座られかねない。


「わ、分かった」

「……うん。じゃあ話してくれ」


 その吐息が胸に掛かり、思わず仰け反りそうになる。


 しかし。少しでも仰け反りそうになれば、指をきゅっと摘まれて『逃げないで』とでも言いたげに視線を向けられてしまう。逃げられない。



 少しだけ顔を逸らして。俺は話し始めた。


「……普通に学生生活を送っていたよ。勉強に力は入れてたけどな」

「そういえば、定期テストではぐんぐん点数を伸ばしていたね。三年生になってからはほぼ満点を取っていたし」

「ああ」


 美空と一緒に居なくなってから。俺は勉強にかなり力を入れた。


「復習はもちろん、予習を中心的にな。授業でも分からなかったら先生に質問。そうすれば自然と身に付いていったよ」

「ふむ。流石と言った所だね」

「……これくらいは普通にするだろ」

「さてね。実際にやった生徒は少ないんじゃないかい?」

「それは、そうかもしれないが」


 分からないところは先生に聞く。先生自身も言う事は多いが、実行する生徒は少ない。その気持ちも少し分かる。


 分からなくても別にいい。

 先生に話しかけるのが怖い。

 自分一人だけ分からなかったら恥ずかしい。

 理解している友人に聞く方が手っ取り早い。


 そんな所だと思う。


 でも実際、聞いてみたら先生も懇切丁寧に教えてくれるし評価も上がる。良い事尽くしなのだ。


「ちなみに、勉強に力を入れ始めたのはどうしてだい?」

「……前、言っただろ」


 こてんと首を傾げる美空。

 その仕草の一つ一つが絵になる程綺麗なのは、顔が良すぎるからだ。天から与えられた二物の質が良すぎる。


「いつか、美空とまた一緒に居る事を考えたら。知識はあった方が良かったからな」

「……ぁ」

「さ、最初、美空のお母さんから話を聞いた時はちんぷんかんぷんだった事もある。まずは勉強の基礎から固めようと思ったんだよ」


 国語科目や数学などはもちろん、理科系や社会科目に英語など。学んでいて良い事は多かった。

 美空の場合、特に理科系。そして国語と英語もそうだ。


「だ、だから勉強は頑張ったんだ」

「……ふーん。そっか」


 美空の指がまた俺の指をくすぐる。かと思えば、指を三本使って俺の指を根元の方から揉み始めた。


「というか、勉強ばかりだな。友達と遊んだりもしたが」

「ふむ。キミは最近だと渡辺くんや松林くんと仲が良いようだね」

「知ってるのか?」

「話した事はない。でもそこそこ一緒に居るだろう?」


 ああ、そうか。割と一緒に居るし、知っててもおかしくないな。


「……キミって女友達は居ないのかい?」

「普通の女子という存在がどう話せば良いのか分からん。まさかいきなり『どうして空は青いのか』とか聞く訳にもいかないし」

「ふふ、そうか。昔はボクに質問ばかりしていたもんな」


 美空は聞けば何でも答えてくれたので、昔からかなりお世話になっているのである。


「……でも、そうか。良かった」

「何がだ?」

「全部、さ」


 その頬が緩み、目が嬉しそうに細められる。


 気がつけば、少しだけひんやりとしている手のひらが重ねられていた。



「もっと教えてくれ。キミの事を」

「……近くないか?」

「近くないとも」


 手を動かそうとすれば上から押さえつけられた。逃げ場はないようである。


「じゃあ……話すよ。そうだな。受験の時の事でも」

「ああ、聞かせてくれ」


 そうして。またしばらく俺は自分の事について話し始めたのだった。



 ずっと、美空は楽しそうに話を聞いてくれた。今まで見た事がないくらい、楽しそうに。






 ――――――――――――――――――――――


 あとがき


 ここまでお読みくださりありがとうございます。


 以前最初で最後のお願いと称しましたが、もう一度だけ……! 本当に最後のお願いとなります!


 もし面白い、面白くなりそうだと感じて頂けましたら、フォローや★、レビュー等で応援頂けるととても嬉しいです! 応援コメント等も励みになります!


 そして、今日はもう一話更新があります! いつもの時間に更新致します!



 次回は二人の距離が大きく縮まるかも……?

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