第11話 魔女と幼馴染のすれ違い

「はぁぁぁ」


 家に帰ったボクは、ベッドに寝転がっていた。疲れたとか、そういうものではない。


「だ、大丈夫かな。もうボク好きって言った方が早いんじゃないかな」


 心臓が強く脈打ち、自然と不安やら緊張がその言葉に変換された。



『キミ以外に言うつもりはないからね』


 思わず出てしまったその言葉は、後から引っ込める事など出来なかった。事実だし。


 でも……でもさ。


 言う? 言える?

 今更イズが好きだって。もう恋愛相談だってしてるのに。


 う、ううん。多分、無理かも。恋愛相談を言い訳にしなくても、無理かもしれない。



 だって、こんなに――こんなに、楽しいのに。

 もし断られたらって思うと、怖い。怖すぎる。


 今の関係が心地よすぎるという理由もある。

 昔のように一緒に居られる。それだけで嬉しくなってしまうのだ。


 彼の恋人になりたいという気持ちも大いにある。

 それでも、今の関係が崩れてしまったらと思うと……ボクは多分、耐えられなくなる。



 失いたくない。彼との絆を。

 失うくらいなら今の方が、とか。そんな感情も芽生えてしまっていた。


 加えて、恋人になってからも大丈夫なのかという不安もある。



 ボクは学者である。


 学者とは学ぶ者と書く通り、常に学び続けなければいけない。


 常に新しい情報がアップデートされ続け、より良い研究や論文が出てくる。

 それらにボク達は適応せねばならない。よって、研究や勉強に使われる時間が膨大になる。


 従って、学者には勉強が好きな人が多くなる。もちろん全員とは言わないが。

 それもあって、世間とはズレた感覚の持ち主も多い。ボクもその例に漏れないだろう。


 もし、彼と上手くやれなかったら。


 ……その時どうなるのか、ボクにも分からない。さすがのボクであっても未来を読む事は不可能だ。


 だからこそ、彼ともっと仲良くならなければならない。


 ――ボクの事をもっと知って貰って、好きになって貰わないといけない。



 そんな事を考えていた時の事だ。電話が鳴り響いた。


「イズ、じゃない。神子か」


 飛び上がってスマホを取ったものの、そこに表示されていた名前に少しだけ落胆してしまった。神子に失礼だなとこめかみをぐりぐりとする。


「もしもし。どうしたんだい?」

『月夜! デートがどうだったのか気になって気になって論文もまとめられないから電話したの!』

「キミは本当に好きだね。いや、元はと言えばボクから頼んだ事ではあるんだが」


 やけにテンションが高い神子。苦笑いしつつ、今日の事を話した。


 一緒に服を買いに行って、お昼を食べて。

 午後は高校生らしく、最近流行りのカフェに行った事について話そうとした。したんだけど。



 彼に言われて嬉しかった事を伝えていると、神子がすっごくうるさくなった。



『えー! それもう告白! プロポーズじゃない!』

「ぷ、ぷろ……さ、さすがにそれは曲解じゃないかい?」

『そんな事ないわ! 月夜の為にそこまでって……もう告白通り越してプロポーズよ! 毎日お前と論文が書きたいって言われているようなものじゃない!』

「それはただの研究仲間じゃないかい……? 普通はみそ汁とかさ」


 ボクの為に勉強をしてくれていた、というのは確かに嬉しかったけど。ちょっと神子が熱すぎて引いてしまう。


「ああ、そうだ。神子に少し相談したい事があったんだよ」

『結婚式の友人代表ね! もちろん引き受けるわ!』

「どうしてそうなるんだい……なに。相談と言っても、これからは正攻法を織り交ぜながらやっていきたいって話なんだよ」


 彼女の言葉は適度にスルーしつつ、丁度良かったので考えていた事を話す。



「そ、その。今日改めて思ったんだよ。ボク、イズの事がす……す、好きなんだって」

『もっと好きになったのね! イチャラブ新婚生活を送りたくなったのね!』

「さっきから極大解釈が過ぎないかい? ボク冷静になっちゃうんだけど」


 でも、頭が冷静になったところでこの熱は収まりそうになかった。


 ……うん。ボク、かなり彼の事が好きらしい。


「それでだね。正攻法とは言ったものの、どうアプローチすれば良いのか分からなくて」

『おっぱいを当てるのよ!』

「大胆かつ直球だね!?」

『でもちょこちょこ当ててるんでしょ?』

「……ひ、否定はしないが」


 どんな反応をするのか気になって当てた事はあった。実際効果はあったと思う。でも。


 それはちょっと。いや、これからも……たまーにするつもりではあるんだけどさ。


「あんまり……え、えっちな子だと思われたくないから」

『そんなえっちな体でよく言うわね』

「そ、そんな事……か、体と精神はべつだから!」


 渋るボクに、神子が代替案を出そうと考え始める。数秒の間を置いて彼女は続きを話した。



『……そうね。月夜がされて嬉しい事をしたら良いんじゃないかしら』

「ボクがされて嬉しい事、か」

『ええ。その辺りは私が考えるより、月夜が考えた方が良いと思うわ』

「そうだね。一理ある」


 確かに神子は相談に乗ってくれるが、全て彼女任せにするというのも良くないだろう。


「ではそこはボクが考えるとして。もう一つ相談があるんだ」

『なにかしら?』

「【因幡の白兎】についてだ」


 続いて、ボクは『彼』について話し始めたのだった。


 ◆◇◆


「はぁぁぁぁ」

「わふ」


 盛大にため息を吐くと、心配するようにハクが声を掛けてくれた。


「お前は本当に可愛いなぁ。ハク」


 雪のように真っ白な毛並みをわしゃわしゃと撫でると、ハクは気持ちよさそうに目を細めた。


 ハクは真っ白な毛並みを持つハスキー犬だ。小さい頃から一緒に育ってきた家族である。


「よーしよしよし。ありがとうな、ハク。おやつだぞー」

「わふ!」


 いっぱい撫でさせてくれたお礼としておやつをあげる。待てとよしも覚えているハクは本当に良い子である。


 そうしてハクと思う存分戯れる。ぺろぺろと顔を舐めてきたり、ぐるぐると俺の周りを回ったり。


「今日はお母さんが散歩に行ったんだよな。明日は俺と行こうな」

「わふ! わふ!」


 散歩と聞いただけでハクは凄く嬉しそうにしていた。今日はもう散歩に行ったはずなのに、元気なものである。


「……なぁ、ハク」


 一度彼女の名を呼ぶと、ハクはなあに? とでも言いたげに首を傾げてきた。


「美空……いや。ツキって覚えてるか?」

「わふっ!」

「そうかそうか、覚えてるか。……一度、疎遠になりかけたんだけどな。最近また仲良くなったんだ」


 俺の言葉を理解しているのかは分からない。


 それでも、こんな風にハクには昔から相談する癖があった。


「俺、ツキから恋愛相談を受けたんだよ。しかもその相手は俺だった。意味が分からないよな」


 てっきり、とっくの昔。それこそ最初から気づいてるんじゃないかと思っていた。彼女は凄く頭が良いから。


「もし。もし本当にツキが【因幡の白兎】の事を好きなんだとしたらさ。……俺、すっごく嬉しいんだ」


【因幡の白兎】が俺だから、というのもあるが。


「何度も頭を捻って考えた文章。どうやったら『かっこいい』とか『凄い』って気持ちが伝わるのか。……それが少しでも心の支えとなっていたって事だから。嬉しいんだ」


 ツキが【魔女】と呼ばれるまでにも。呼ばれてからも、様々な苦悩があったのだ。


 ツキの両親から聞いたり、たまには俺自身が気づいたり。彼女の様子を見ながら、手紙を書き続けた。


 そして、一ファンとして届けて欲しいと美空のお母さん達に頼んだ。


 もちろん複雑な気持ちもある。

 どうして気付いてくれないんだとか。自分自身に嫉妬をしてしまいそうな瞬間さえあった。


「だけど。嬉しかったんだよな。俺」

「……くぅん」

「ああ、そうだな。いつまでも隠し通せるとは思ってない」


 彼女が気付いていながら、わざとこんな事をしている可能性もある。これは俺の妄想かもしれないが。


 膝に鼻を擦り付けてくるハクの頭を撫でた。ぶんぶんとしっぽが揺らされる。


「いつか、話さないといけないな。俺の口から」

「わふっ!」

「うおっとと」

「わんっ、わふっ!」

「ああ、分かった。分かったからそんなに舐めないでくれ」


 顔をぺろぺろと舐められ、くすぐったくて笑ってしまった。


「……いつか、話すよ。ツキが傷つかないタイミングを見極めて」

「わん!」


「それと――」

 またハクの頭を撫でる。


「【因幡の白兎】じゃなくて。俺自身の事も好きになって貰わなきゃな」


 俺はそう決意を固めたのだった。

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