第8話 魔女とデート
「み、見苦しい所を見せてしまったね」
「……いや」
首を振りながらも心臓がやばかった。顔も熱いが、走ったせいだと思ってくれるだろう。
彼女に気づかれないよう、何度か深呼吸を繰り返した。
鼻腔に彼女のお菓子のように甘い香りが留まっている。
まだ胸の中に体温が残っているような錯覚を起こしていた。
「まだ言ってなかったね。ありがとう、イズ。助けてくれて」
「気にしないでくれ。美空が困ってるのに無視するほど薄情な性格はしていない」
しかし、彼女を抱えて一つ感じた事があった。
「ちゃんとご飯食べてるか? めちゃくちゃ軽かったんだが」
俺はそこそこ鍛えていた。昔、美空に『お姫抱っこをして欲しい』と言われたから……と言うと気持ち悪がられそうだが。
でも、めちゃくちゃ鍛えていた訳でもない。ちょっとだけ不安だったのだ。
結果として、美空の事を楽々持ち上げる事が出来たのだが。逆に不安になってしまった。
「食べてるよ。お母さんがその辺はうるさいからさ。一度夕飯をすっぽぬかした事があったんだけど、次の日リビングに行ったらお父さんが石抱にされててね」
「石抱って……あれか? ギザギザの台に正座して膝の上に石を乗せられる江戸時代の拷問」
「お、分かるかい?」
「有名な拷問……というとあれだが。それお父さん大丈夫だったのか?」
「あはは。大丈夫じゃなかったからご飯は食べるようにしたんだよ」
可哀想な美空父、と思ったものの。スケジュール管理は美空父が行っているはずなので、割と自業自得なのかもしれない。
「そういうわけで、というか。ボク自身も食べるのは好きだからね。……背ももう少し欲しいんだが。本当に頭と胸にしか行かなくてね」
そう言いながら、自身の胸に手を乗せる美空。ため息が漏れると同時に、その大きな塊もゆさりと揺れた。
どうにかそこから目を離そうと奮戦するも、美空は俺を見てにぃ、と笑ってきた。
「最近はここも大きくて良かったと思ってるんだけどね」
「そ、そうか」
彼女のペースに乗せられそうになってしまう。
一つ咳払いをして、意識を切り替えた。
改めて彼女の事を見る。
彼女は白い花がモチーフとなっているワンピースを着ていた。
その頭にはクリーム色の帽子が被せられていて、銀色の髪を覆い隠している。先程までは被っていなかったのだが、腕の中から下ろすと同時に被り始めたのである。
「そういえば、服持ってたんだな。てっきりジャージか制服で来るかと思ったぞ」
「む。さすがに持ってるよ。キミとの……で、デートで見苦しい格好はしたくなかったから」
「そ、そうだったか。悪いな。……その花。マーガレットだっけ」
一つ一つの発言に勘違いしてしまいそうになる。
高鳴る心臓を無視するように聞き返すと、美空はきょとんと見つめ返してきた。
「よく知ってるね」
「多少は知識があるんだよ。昔、誰かさんに教えられたからな」
美空の好奇心は昔からのもの。
図鑑の内容を暗記し、よく俺に教えてくれたのだ。花園や植物園に行った際は一日中説明をしてくれたのが強く印象に残っている。
「……そっか。ちなみに花言葉は知ってるかい?」
「あー、なんだったか。悪い、そこまでは覚えてない」
花言葉までは学んでいなかった。多分一度聞いているはずだが。なんだったかな。
調べようとスマホを取り出そうとした所、美空に腕を捕まれた。
「あれだよ、ほら。デート中はスマホ厳禁だから。ね」
「……一つ聞いておきたいんだが、これってデートなのか?」
「ボクの中ではね。もちろん練習だとか、そんな無粋な事は考えてないよ」
ふふん、と笑う美空。そのままくるりと彼女は一回転をした。
ふわりとスカートが舞い、白い脚に目を奪われてしまう。
「こ、こうやって、ちゃんと着られる服も選んできたんだからね」
ほんのりと赤く頬が染まり、目を細め……はにかむように笑う美空。
あのけだるそうな表情とも、凛とした表情とも違う。女の子っぽい笑み。
そのかわいらしいワンピースも相まって……思わず、見蕩れてしまった。
「まだ感想、聞いてなかったけど」
「……似合ってる、と思う。俺は」
そう返すと、美空は小さく目を見開いて。その頬をだらしなく緩めた。
「そっか。似合ってるか。えへへ」
小さく呟かれた言葉と笑みは、本人も無意識のうちから漏れたもののようで。後から彼女はハッとなって口を引き結んだ。
「こほん。い、イズも似合ってるよ」
「ありがとう」
対して俺はそんなに大層な格好はしていない。いや、多少気は使ったが。元の差が大きすぎる。
その考えはすぐに霧散させた。
美空と一緒に居るのにマイナスな事を考えるのも良くない。
「じゃあ行こっか。イズ」
「そうだな。いつまでもここに居る訳にもいかないし」
またいつ彼女の存在がバレるかも分からない。
美空の隣を半歩離れて歩くと、それに気づいてか彼女は半歩距離を詰めてきた。
歩いていると手の甲がギリギリ触れ合うかどうか、というほど近くである。
一度視線を向ける。その耳は赤かったものの無視されてしまう。
……近いと言ってしまえば、逆にもっと距離を詰められてしまうかもしれない。
そう建前を固め――昔のように歩けるという事実が嬉しいという本音をその裏に隠して。
俺達はデートへと向かったのだった。
◆◆◆
「ふむ。キミはどっちが似合うと思う?」
「どっちでも似合うんじゃないか? 美空なら何でも似合いそうだ」
美空が持っていたのは、グレーのシャツとハーフパンツ。そしてもう一つは薄い青色のワンピースであるが、こちらはオフショルダーである。
ワンピースと一言で括っても、今美空が着けているものとはかなり違う。
前者なら少しスポーティな印象。反対にワンピースだと少しセクシーに映ると思う。
特に彼女は肌が白いから……いや。それだと、前者もその白い脚を見せつけるタイプなのだが。
俺の言葉を聞いて、美空はむう、と頬を膨らませた。
「月並みな言葉だね」
「悪かったな、詩的な表現の一つも出来なくて。だが本心だ」
「……ふーん、そっか。じゃあ良いよ」
美空の様子を見たところ、この返答はどうやら正解だったらしい。
それにホッとしながらも、頭の中にふと疑問が浮かんだ。
「実際その質問の正解ってなんなんだろうな」
「さぁ……? ボクは好きな人のタイプの服を探るためだと思ってるけど」
「なるほど。そういう事か」
言われてみれば、その意図が正解な気もする。さすがは美空である。
「……ばーか」
「ん? なんで今俺罵倒された?」
「なんでもない。試着してみるよ」
「あ、ああ」
試着室へと入る美空を見届ける。
女性向けの服が並ぶ中。少しだけ居心地が悪くなるのだった。
◆◆◆
「ど、どうだい? ちょっと恥ずかしいな」
「……かなり印象が変わるな。もちろん良い意味で」
まず美空が着けたのは、オフショルダーのワンピースである。
普段見えない肩が曝け出され、美空は少し恥ずかしそうに頬を朱色に染める。
ドクンと血液が力強く押し出され、全身を巡るのが分かった。
知的でクールな印象は減りつつも、漂うかわいさの中に大人の色香が混じっている。
「こ、この服で出かけても変じゃないだろうか。見た目の自信はあるが……ここまで露出した事はなかったんだ」
「正直、かなり目立つとは思う。でもそれは変とかじゃなくて。あー、似合ってるって意味だ」
「ふ、ふむ。キミが言うのなら、そうなのだと信じよう。つ、次着てみるよ」
そして試着室のカーテンが閉まり、俺は一息ついた。
……可愛すぎんだろ。
正直、ちょっと侮っていた。なんだかんだ、美空の事はかなり知っていたから。
デート、と言っても服を買うだけだし。昔のように遊ぶのだと思っていた。
違った。何もかもが。
まず、彼女は『成長』していた。見た目はもちろん、特に中身が。
ほんのり頬を赤く染め、照れたように笑う美空。
その仕草は数年前と全然違っていた。
その笑顔が――
「……いや。これもう、どうすればいいんだろうな」
思わず口から言葉が零れ落ちて、ため息を吐いた。
俺は幼馴染から恋愛相談を受けていて、しかもその相手は俺なのだ。
その上、俺は恋愛相談を受けている相手と普通にデートをしているのである。
「まだまだ着てみたい服はあるからね、イズ。もう少しだけ付き合ってくれたまえ」
「はいよ。好きなだけ着てくれ」
試着室の中から聞こえてきた声に返事を返す。
結局、【因幡の白兎】は俺なんだし。傷つく者は居ない。
あの頃みたいに美空が楽しんでるなら良いかと、熱くなる頬を手で覆い隠すのだった。
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