第6話 魔女は幼馴染とデートに行きたい

 まさか、美空は俺が【因幡の白兎】だと気づいていて、遠回しに好きだと伝えてきている?


 その考えは、ふと思いついたものだった。


 考えすぎだと言いたい所なのだが。そうも言い切れなかった。


 一番の理由として、彼女の頭の良さがある。


 彼女の頭脳は世界でもトップレベル。上澄みの更に上澄みだ。


 そんな彼女が【因幡の白兎】と【出雲】の関連に気づかない事があるのだろうか?


 マイナーどころの神話や民話ならまだ分からないかもしれない。……いや、それでも彼女なら気づきそうなものだが。


 そんな彼女が、かなり有名どころの神話を知らないなんて事はあるだろうか?


 知っていたとしたら、俺との関連性に気づかないはずがない。


「……」

「どうしたんだい?」


 様子がおかしい事に気づいたからか、美空がじっと俺を見つめていた。


 少し迷った後、首を振った。なんでもないと付け加えて。


 決めつけるには早い。


 まだ妄想の域を出ないと思う、という建前だ。

 本音を言うと、違った時のダメージが大きいから考えたくなかった。自意識過剰は恥ずかしすぎる。


 一応注意しつつ話を聞いていこう。


「それで、なんでまた急に……って結論から聞いたからか」

「うん、じゃあ順序立てて話していこう」


 その目の色が切り替わった。より鮮やかに。


 彼女は説明をする事が大好きなのである。もちろん学会や論文、研究をする事も好きなのだ。

 そうでなければ、美空の父親も美空の事を学会へと連れ出さなかっただろう。


「まずボクは考えた。もし【因幡の白兎】君と知り合えたとして、ボクに普通のデートが出来ると思うかい?」

「思わないな。図書館で一緒に論文を書いてそう」

「悔しいけどぐうの音も出ないね! それも楽しそうだって思っちゃうし!」


 彼女は男子とデートをした事もないだろうし……いや、分からないな。決めつけるのも良くない。

 というか、美空はモデル顔負けの美貌とプロポーションを持っている。アプローチを受けていている方が自然だ。


「ちなみに男子とデートをした経験は?」

「キミ以外とならないね。それも何年前の事だろうか」

「……そうか」


 どこかホッとしてしまっている自分がいた。同時に自己嫌悪に陥りそうになる。

 それを無視しつつ、彼女が話を続けようとしたのでそこに耳を傾けた。


「無論、ボクも好きな相手に無様な姿は晒したくない。という事でキミにはデートの練習に付き合って欲しいんだ」


 なるほど、と言葉が漏れてしまった。うむうむと美空が頷く。


 だからこそ、返す言葉をすぐ理解出来なかったのだろう。


「嫌だ」

「……え?」


 真正面から告げると、美空は目を丸くした。

 このままでは、先程の俺のように何も分からない状態である。


 自分の胸にある感情を言語化するために、一瞬だけ考え。説明を始めた。


「少なくとも俺は、自分が恋人になる相手が『デートの練習』と称して男子生徒とデートをしていたらモヤモヤする」


 狭量だと言われればそれまでだ。


 だが、俺は自分がされて嫌な事を誰かにしたくない。

 ……この場合、【因幡の白兎】は俺なのだが。それはそれとして、である。


「それともう一つ。心情としてはこっちの方が大きいな。協力するとは言ったが。そういう練習台みたいな扱い方をされるのは、嫌だ。……道具みたいじゃないか」


 そこまで言って、口を閉じる。

 少し今のは言い方がキツかったかもしれないが。実際思っていた事なのも確かだ。


 性格が悪いなと自省し、それでも美空にはこうあって欲しくないなと思い。しかしそれは俺の勝手な願望で……と感情が二転三転していく。


 そして、当の美空はと言えば――


「……ぁ」


 小さな声は、意図せず漏れたもののようだった。


 その赤い瞳は狼狽したように光を失い、表情は絶望の色で縁取られていた。


 しかし、それは一瞬の事。美空は唇を強く引き結び、目を瞑った。


「ごめんなさい」


 次に口が開かれると同時に、謝罪の言葉が飛び出していた。


「そんなつもりはなかった、なんて言い訳にもならないな。なんであれ、ボクがイズを傷つけたのは事実だ。いくらでも非難は受け入れる」

「……別に非難するつもりはない。次から気をつけて欲しいとは思うけど」

「ああ。二度と繰り返さない。この胸に誓おう」


 拳が胸の前で強く握られた。


 美空は頭が良く、そして要らぬプライドは持ち合わせていない。素直に謝罪が出来る人間なのである。


 それはそれとして、自身の誇りも持ち合わせてもいる。


「それでは先程の言葉を撤回させて欲しい」

「……ああ。デートはしない、か」


 少し惜しい事をしたような気はするな。だが、あのまま何も言わずに居ると胸にしこりが残る気がしたから。


 ――と、考えていた時。


「何を言ってるんだい? デートは行って欲しいんだけど」

「はい?」


 彼女から告げられた思いがけない言葉。間抜けな声を返してしまった。


「撤回すると言ったのは理由の方だよ。『デートの練習』とは別の理由で一緒に出かけたい」

「……その心は?」

「単純な事さ。服を買いたいんだ。最近欲しくなってきてね」


 美空はそう言って視線を落とす。


「すぐ着られなくなるから、今まであんまり買ってなかったんだよ。食べた分頭に行くのは良いが、ここに行くのは困りものだね」

「かなりの女子を敵に回しそうな発言だな」


 今更だよ、と言いながらため息を吐く美空。その瞳が胸から俺へと向いた。


「……キミはキミらしいね」

「何を言ってるのかさっぱり分からんが」

「普通の男子なら今ので見るだろう? 意識しないよう頑張ってるんだなって」


 くすくすと笑う美空。

 無理やり意識を遠くに持っていったのだが、彼女にはバレバレだったらしい。


「ボクはキミのそういう所、好きだけど?」

「……ッ!」


 顔に熱が上っていく。片手で顔を覆い隠すも、彼女の楽しそうな息遣いが耳に届いてきた。


「あ、あんまり、そういう事言うな」

「ふむ? どうしてだい?」


 なんとなく、彼女が望む言葉が分かってしまった。幼馴染だから、だろうか。


 その言葉を言わない選択肢もあったと思う。それでも俺は言ってしまった。


「勘違い、するかもしれないだろ」


 その言葉を待ってたと言わんばかりに、美空はニヤリと口の端を持ち上げて笑った。


「勘違い、してくれないのかい?」


 更に熱くなる頬を強く手で揉んだ。

 後から、強く揉んだせいで赤くなったのだと言えるように。


「……しない。あと、そういうのはあんまり言うんじゃないぞ」

「大丈夫だ。キミ以外に言う事はないからね」


 そういう問題じゃないのだが。でも、それなら良いかとか思ってしまう。


 ずっと視線を外してしまっていたので、美空へと視線を向ける。


 彼女も顔を真っ赤にしながら、ちらりと俺を見てきていた。


「先程の返事だけ、聞かせて欲しいな」


 そういえば、まだ返していなかったな。


 声が上擦らないよう、小さく咳払いをして。


「分かったよ。服を買いに行くくらいなら付き合う」

「……!」


 美空は顔を赤くしながらも、俺を見て目を輝かせてわらった。


「ありがとう、イズ」


 言葉を返そうとするも、口を開けても言葉は出てこなかった。


 ――彼女の笑顔に見蕩れてしまっていたから。

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