第2話 魔女の好きな相手はどうやら――らしい
現在、俺は美空から抱きしめられる形で拘束されていた。
やっばい。何がやばいって色々やばいのだが。
背中に当たるふわふわな感触が一番やばい。
「み、美空。逃げたりしないから。だ、抱きつくのをやめてくれ」
「ふ、ふうん? 本当に? 本当にもう逃げないかい?」
「逃げないから。つかお前まで顔真っ赤じゃねえか」
「き、気のせいだよ! 自分がそうだからってボクにまで押し付けないでくれるかな!」
と、そこでやっと離してくれた。
あの柔らかい感触が脳から離れずにいるも、それを無視して彼女を見る。
白銀の髪をボブカットにした美少女。
目は宝石のように赤く輝いている。……頬も赤くなっているのはご愛嬌という事で。
「さて、改めて。久しぶりだね、イズ」
「そうだな。美空」
彼女は昔から俺の事を『イズ』と呼ぶ。反対に、俺は昔『ツキ』と呼んでいた。
昔の話なんだがな。
彼女の名前を苗字で呼ぶと、一瞬だけその端正な眉が歪んだ。
しかし、それも一瞬の事。瞬きを終える頃には戻っていた。
「こうして面と向かって話すのは何年ぶりだい?」
「さあ。いつだったかな」
「中学二年生の九月十日ぶりだね」
「いきなりデータキャラみたいになるなよ。お前ってそういうのじゃなかっただろ」
確かに美空は暗記などは得意ではある。しかし、それとはまた違う意味での『頭が良い』なのだ。
「ふふ、ならどうして覚えてると思う?」
「……さてな」
目を逸らし、返す言葉に迷うも。美空はクスクスと笑っていた。顔を真っ赤にしながら。
「これ以上はイズをいじめる事になりかねないね。感動の再会はこれくらいにしようか」
「言うほど感動か? 顔真っ赤だぞお前」
「う、うるさいなぁ! 言っとくけどイズも顔赤いからね! このおっぱい星人!」
「おっ……お、男なら仕方ないだろ!」
「き、キミがおっぱい星人なのは昔から分かってた事だし。いいけどさ」
ぐぬ、と声が漏れそうになって。話を変えようと思い直す。
「そ、それより。色々聞きたい事がある」
「生物の先生とは懇意にさせて貰っていてね。父も知り合いでもあるんだよ。だからちょっと使わせて貰ったんだ。君に用事があったからね。いや、相談と言っても良いかな」
質問をしようと思うも、先回りをされて全て答えられてしまった。
「超能力でも持ってるのかお前は……」
「ふふ。キミは顔に出やすいからね。それに、少し考えれば分かる事さ」
思えば、彼女は昔から妙に察しが良いとかそんな節があったな。
言われて頬を揉んでいると、彼女が笑った。
「変わらないんだね、キミは」
「……そっちこそ。今も変わらないんだな」
「ふむ? それはどういった意図での『変わらない』だろうか」
「学会だと論理の鬼みたいな話口調だからついな」
「……来てたのかい?」
「あ」
思わず口を滑らせてしまった。美空は
「み、美空のお母さんが連れて行ってくれたんだよ」
「ああ、なるほどね。……なんでボクに言ってくれなかったのかなぁ、キミもお母さんも」
美空には言わないが、何度も連れて行って貰っていた。それこそ、彼女が初めて父と研究を発表していた時から。
そこでの美空はとにかく凄かった。
どんどん質問をしてくる大人達に怯む事なく
俺一人では、何を話しているのかほとんど分からなかった。でも、その姿はとてもかっこよかった事を強く覚えている。
「しかし、キミにあそこでの姿を見られていたか。言い訳をさせてもらうと、あそこは頭が硬いのが多いからね。ボクは若いし女だし美人。ああでもしないと舐められるのさ」
「なるほどな」
だからこそ、自分を強く見せようとしていたのか。その姿も凄く絵になっていたしな。
「……否定しないんだ」
「ん? 何がだ?」
「なんでもない」
戻ったはずの白い頬をまたピンク色に染める美空。首を傾げるも、美空は小さく首を振って笑った。
「でもそっか。ふふ、見に来てくれてたんだ」
「ちょ、ちょっと気になっただけだ」
「それでも嬉しいよ、ボクは」
ふふんと嬉しそうに笑う美空。その笑顔は昔から変わらない。
「それより本題を、とでも言いたそうだね」
「……そうだな。このままじゃ時間が過ぎるだけだし、頼む」
「では、とりあえず座ってくれ」
背もたれのない木製の椅子に座り、彼女は隣をちょんちょんとつつく。
「……」
「おや? そっちに座るのかい?」
縦に長い長方形の机を挟んで対面に座ると、美空は立ち上がった。
そして、俺のすぐ目の前の椅子に座った。近い。
「近くないか?」
「そうかい? ボクはこれくらいの方が居心地も良いんだけど」
「いや、しかし……」
「そんな事よりだ」
そんな事では済まされないんだが。机に置いた手が触れてる。あと太ももが触れてるんだが。
「イズ、相談があるんだ」
「……なんだ?」
それらの一切合切を無視し、美空へと意識を向ける。
「なあに、そんなに難しい事じゃない」
そう言って、美空は微笑んだ。
「ボク、好きな人が出来たんだ」
思わず耳を疑ってしまった。
「だから、キミに恋愛相談をしたくてね」
「れ、恋愛相談?」
「ああ、恋愛相談だよ」
思わぬ言葉であったが、聞き間違いではなかったらしい。
チクリと心に針を刺されたような痛みが生じ……いやいやいやいや。ないだろ、それは。めちゃくちゃ気持ち悪い事考えてるぞ、俺。
「なんでまた俺なんだ?」
「ボクにはキミぐらいしか相談出来る男の子が居ないからね」
「友達は居ただろ。仲がいい女子ってか、学会で知り合ったんだろ」
「
黒髪をロングにし、メガネを掛けた真面目そうな女子高生。こちらも天才であり、美空と同じく学会組である。
美空の活躍に隠れがちだが、彼女も文字通り天才だ。
なぜかこちらも同じ高校に居り、美空とも仲良くしていると噂である。
「神子にも相談したんだけど、やっぱり男の子の意見は聞くべきだと思ってね。他に友達は居ないし。キミなら口も硬いし信頼出来る」
そう言って、彼女がパチリとウインクをした。
「という事なんだが、どうだい?」
「……はぁ」
実際、美空に友人が少ないという所は理解している。男友達が居ないという事も。
IQが20離れれば会話が難しくなる……とは少し違うかもしれないが。美空は他の生徒と一緒に居ても、そこまで楽しそうにしない。
もちろん、他人を見下してるとかそういう訳でもないんだけどな。
「良いよ、分かった。聞こう」
「……! そうかい! ありがとう!」
嬉しそうに微笑む美空。ズキズキと痛む胸は無視する。
幼馴染という仲だからこそ、彼女には幸せになって欲しいという思いが少なからずあったから。
……出来ることなら俺が、とかは考えない。それを考えるのは傲慢が過ぎるだろう。
「色々聞き出したくはあるんだが。そもそも恋愛相談って何を相談するんだ?」
「ふむ、そうだね。それを話すためには彼について話さなければいけない。良いかい?」
「……話してくれるなら聞く」
こくりと美空が頷き、話し始めた。
「まずはだね。ボクは彼の顔を知らない」
「そうか。……ん!?」
待て。今とんでもない事を言わなかったか?
「今なんて?」
「ボクは彼の顔を知らない」
「はぁ!?」
「まあまあ。落ち着いて聞いてくれたまえ」
落ち着けるか。久々に幼馴染から話しかけられたと思ったら、顔も知らない相手との恋愛相談をしてくれとか。
「なんだ? マッチングアプリとかSNSか?」
「近くとも遠からず、か。イズ。ボクが割と有名なのは知ってるよね?」
「まあ、そりゃな」
父親もそうだったが、彼女自身もテレビに出た事がある。
それもそのはずである。
時代を揺るがしかねない研究の発表を定期的に行う女子中学生、今は女子高生。更に顔も良い。メディアが放っておくはずがない。
世間的に見ても、
「それからボクのファンは増えたんだが……それ以前。ボクがお父さんと一緒に学会に行ったあの日から既にボクはファンレターを貰っていてね」
「へえ」
驚きながらも、俺は納得していた。
その時は俺もこっそり美空のお母さんに連れて行って貰っていた。そこで見た姿がかっこよくて、俺もついファンレターを書いてしまっていたから。わざわざ偽名を使って。
「それから定期的にファンレターを送ってくれてね。その言葉の一つ一つに励まされたんだ」
「……そうか」
でもちょっと凹むな。俺も定期的にファンレターとか送ってたんだが。
「しかも頭も悪くない。ボクの理論を丸々理解していた訳ではないが、根幹は見据えている」
「凄いな」
俺なんて、美空のお母さんの説明がなければちんぷんかんぷんだったくらいだ。本当に頭が良いのだろう。
「加えてボク達と同い年と来た」
「へぇ……まじ?」
「まじ」
「とんでもないな」
あれ? でも……
「それなら見た目で分かるんじゃないか?」
「うん、それはボクも思った。……けど見えなかったんだよね。あのネチネチといやらしい質問をしてくる年寄り共さえ居なければ、探す方に集中出来たんだが」
「は、はは。でもそれをぶった斬るの、スカッとするんだよな」
「お、キミも同じ事を言うんだね。彼もそこを熱心に語ってくれていたよ。……よくよく考えれば、変装とかしていたのかもしれないな」
なんか気が合いそうだな。俺も変装して見に行っていたし。
「他になんか彼とのエピソードはないのか?」
「そうだね。彼は犬を飼っているらしい。キミが飼ってるのと同じ、シベリアンハスキーだ」
「犬好きに悪い奴は居ない。紹介しろ。犬友になる」
「早い早い。気が早い」
犬好きに悪い奴は居ない。うん。しかしハスキーか。良いよな、うちのも可愛いしかっこいい。
「名前は?」
「フユって名前らしいよ」
「へえ…………へ?」
え?
……え?
「そ、そっかー。フユかー」
「キミの所はハクだったよね。雪みたいに真っ白だったからハクって名付けたんだよね」
「そ、そそそうだな」
「……? どうかしたかい? 顔色が悪いけど」
「あー。……なあ。つかぬ事をお伺いするが」
まさか。いや、そんなまさか。
「その相手、名前はなんていうんだ?」
「名前、っていうか ペンネームみたいな感じなんだけどね」
やめろ……嘘であってくれ。
そう、願うも。
続く言葉に俺は心の中で叫んでいた。
「【因幡の白兎】さん、って人だね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます