幼馴染の【魔女】から好きな人が出来たと相談されたが、その相手はどうやら俺の事らしい
皐月陽龍 「他校の氷姫」2巻電撃文庫 1
第1話 魔女は幼馴染に用があるらしい
友人との会話でザワつく教室。
突然雰囲気が変わり、授業が終わったんだなと察して俺は起き上がった。
昨夜は夜更かしをしていたせいか、いつの間にか眠ってしまったようだ。良くない事である。
大きく伸びをすると、ゴキゴキと身体中から音が鳴った。
「ふわぁぁあ」
「珍しいな。寝てたのか?」
「気持ちは分かるぜ。あの授業眠いよなぁ。俺も最後の方やばかったわ」
ついでに欠伸まですると、すぐ近くに居た友人の
渡辺は体が細い。対して松林はガタイが良く、柔道部をやっていると言っていた。この二人は中学が同じで、元々仲が良かったらしい。
そして、この二人は俺が高校に入って初めて出来た友人でもあった。
「つか
「なんで鏡とか持ってんだよ。松林」
「ん? そりゃ彼女の寝癖直す時に必要だろ」
「このリア充が……爆発しろ」
手鏡を渡してきた松林に呪詛を撒き散らした。ちなみに渡辺は俺と同じで彼女が居ない。
手鏡には見慣れた顔が写っていた。
平凡な目。平凡な鼻。平凡な口。強いて言うのなら、肌荒れなんかがあんまりしてないくらいか。
俺はこの顔が割と嫌いだ。
『出雲』とかいう名前は、とてもではないが俺には不釣り合いである。
名前負けしすぎだろ俺の顔。親も『なんかかっこいいじゃん?』で名前付けんなよ。名が体を表してないんだよ。
平凡な目を隠すように前髪は伸び切っているのだが。その髪の隙間からは赤くなった額が見えている。
「うわー。松林、なんとかしてくれよこれ。彼女居るんだろ?」
「お前、彼女が居る奴は魔法使いだとでも思ってんのか?」
「どっちかっていうと錬金術師じゃね?」
「非モテだったから彼女を生み出した訳じゃねえんだわ」
と、三人でいつものようなやり取りをしていた時。扉が開いた。
そして、鼓膜が揺さぶられるような黄色い悲鳴が上がった。
「か、可愛い……!」
「でも雰囲気はかっこいい!」
「ちっちゃい。子犬みたいで可愛い」
「でもでけぇ……やべえだろあれ」
教室に入ってきた少女は黄色い声を上げる生徒達をどこか気だるそうに見回した。
「はぁ。ボクは静かな方が好きなんだけど」
そう呟いた後は一瞬で生徒達から興味を失ったのか、自分の席へと歩いていった。
皆が言う通り、背は随分と小さい。それもそうだ。彼女の背丈は140cmしかないからだ。
……いや、これも数年前の話だな。あれから成長したのだろうか。
肩につかない程度の長さ。ボブカットというやつである。
その目は赤く、肌は真っ白。ガラスのような透明感があった。
「あの体の作りどうなってるの……」
「ボクとしても不思議なんだよ。食べても食べても胸と頭にしか栄養が行かなくてね」
「あれ? もしかして私喧嘩売られた?」
「いいなぁ……私も美空様に喧嘩売られたい」
彼女は気まぐれに返事をする。今もなんとなく返しただけだろう。
先程の声援や、今のやり取りからも見て分かる。彼女は生徒達から、加えて先生達にも人気な様だ。
「それにしてもすげえよな、ほんと」
「後で松林の彼女にチクッとこ」
「あ、てめ、やめろください! 彼女気にしてるんですから!」
松林の気持ちも分からんでもない。後でビンタの一発くらいは受けてて欲しいが。
彼女の顔は可愛らしいが、その雰囲気はクール寄りだ。雰囲気は確かにクール寄りなんだけどな。
スタイルが本当に凄いのだ。
身長に比べて胸の大きさがとんでもないのである。服のせいで分かりにくいが、決して太っている訳でもない。
彼女が生徒達を見る姿はいつも気だるく、そしてどこか冷たい。一部の層からは人気を博しているらしいが。
それは一旦置いておこう。
ここで、彼女が【魔女】と呼ばれる
彼女の父は学者であり、時折テレビで取り上げられるくらいには有名である。
彼女はこの歳でそんな父に学会へと連れられ、論文や研究を発表している。……いや、正確には少し違うな。
中学生の頃からである。
十三歳の頃から彼女は大人に混じって学会にて発表をしているのだ。本格的な活動は十四歳になってからだったはずだが。
彼女が学会にて振る舞う姿は異様であった。
矢継ぎ早に飛ばされる質問に冷静に対処をし、明らかに屁理屈を捏ねたような質問にはため息と共にド正論が返される。
今から齢を十や二十重ねたとしても、身につけられるか分からない対応力。
そして、その研究結果は何度も学会を。世間を揺るがすものであった。
『何度人生を繰り返せばこの領域に辿り着けるのか。今の記憶を保有して生まれ変わったとしても私では不可能だろう』
御歳八十を超える、世界的にも有名な学者は彼女を特集したテレビ番組でそうボヤいていた。
『美空月夜が居れば、人類は数十年未来を短縮できる』
名高い学者はみんな口を揃えてそう言うらしい。
結果として、付けられた二つ名が【魔女】である。
余計な修飾は要らない。現代に【魔女】は彼女一人しか居ないのだから。
専攻は生物学。更に細かく言うと、遺伝子学を中心に研究を行っているらしいが。その他の知識も成果も、その辺の学者以上に持っている。
彼女の緋色の目と目が合いそうになって、俺は立ち上がった。
「ん? どうした? 出雲」
「ちょっと腹痛いからトイレ行ってくる」
「おお、いってら」
「先に飯食っとくぞ」
「ああ」
二人の声を背に受け、俺は教室の外へ出た。
◆◆◆
俺は
しかし、いつからか一緒に居る事はなくなった。
この世の中。幼馴染といつまでも仲良くしている人の方が少ないと思う。
探せば居るだろう。
幼馴染と中学高校、大学でも仲良くしている。果てには結婚している人なども居るとは思う。
ただ、その数は少ない……はずだ。少なくとも、俺達はそうならなかった。
それには明確な理由があった。
美空月夜は天才を超えた【魔女】だったから。中学時代にはもう父に連れられて学会に参加をしたり、海外に飛んだりしていた。彼女はマルチリンガルなのだ。
必然的に俺と一緒に居る時間も減った。やがて疎遠になったという訳だ。
そこまでを見れば、他の『幼馴染』達と同様に……もう会う事もほとんど無くなるはずだった。
「はぁ」
トイレの個室で思わずため息が漏れた。
美空は海外に行くと思っていた。そうでなくとも、もっと上の高校に行くと思っていた。私立とか、その辺にでも。
まさか同じ高校で……更に、同じクラスになるとは。
その上美空は、高校生になってから話しかけようとしてきたのだ。
恐らく、また昔のようになりたいと思っているのだと思う。
だけど、それはとても……とても、難しい事だ。彼女の立ち位置からしても、俺の立ち位置からしても。
「どうするかな」
入学から二ヶ月が経ち、六月。どうにか話しかけようとしてくる彼女から逃げ切ってきた。
あと二年以上。……いや、来年にはクラスが変わると信じて。半年以上はあるけど。
頑張ろう。
と、この時までの俺は考えていた。
現実はそう甘くなかった。
◆◆◆
「なんかしたかなぁ、俺」
放課後。俺は生物の先生に呼ばれ、生物室へと来ていた。しかし、課題もちゃんと出したし呼ばれる覚えもない。
「暗いな。先生は準備室……いや、こっちも暗い。まだ来てないのか」
化学室の中は暗い。カーテンも閉まっていた。とりあえず荷物を置こうとして――嫌な予感がした。
やはり帰ろうかと荷物を取った瞬間の事。
「ふふ。やっぱり察しが良いね、イズは」
ふわりと、クッキーのように甘い香りが漂ってきた。
次の瞬間。
背中に綿飴かと言いたくなるくらい柔らかいものが当てられる。
その声で誰なのか分かる。分からないはずがなかった。
「み、美空」
「やあ。こうして話すのはいつぶりかな」
首と視線を動かして後ろを見ると、彼女は普段はクールな表情を崩して笑っていた。
「逃がさないよ。抵抗したら……ふふ。どうしようかな」
いや怖いな!?
大丈夫だよな!? 俺生きて帰れるよね!?
――――――――――――――――――――――
あとがき
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