一歩踏み出して初めてのキスをする百合

川木

はじめてのちゅう

「楓、いらっしゃい」

「うん、お邪魔しまーす」


 楓と恋人になったのは一か月前。ゴールデンウィークの最終日のことだ。二人で遊んでいて、どうしようもないくらい彼女のことが好きだって気づいたから、そのまま勢いで告白した。

 びっくりする楓に恋人になってってお願いして、ちょっと強引だけど頷いてくれた。それから友達だった時と同じように学校でいつも一緒で、遊んだり、勉強会したりとか、色々あった。今までとおんなじで、でも今までとはちょっと違って、楓も私のこと、ちゃんと恋人として意識してくれていると思う。

 先週のデートで手をつないだ時、楓は嫌がるとかはなくて、むしろ照れたようにしながらも握り返してくれたし。


 だから私から告白したけど、楓だって私のこと好きなはずだ。その、だからってわけじゃないのだけど。


 今日、キスをしようと思う。もう一か月だし。放課後の寄り道もあわせるならもう何回もデートはしてるわけだし、早くはないよね。タイミングを外さないよう、お家デートにしたし、大丈夫、なはず。


「紅葉、これ、お土産」

「あ、ありがとー。気ぃつかわせちゃって悪いね」


 靴を脱ぐ前に押し付けるように渡されたナイロン袋。お礼を言いながら広げると中はコンビニのお菓子たち。ここに来るまでに買ったんだろう。口が悪いとこもあるけど結構律儀で私よりよっぽど真面目なんだよね。


「いーよ。前紅葉がうちに来たときは手作りクッキーだったじゃん」

「あれはまあ、教えてもらうから、賄賂?」

「賄賂って、それより勉強しろとは思ったけど。ま、美味しかったけどね」


 前回紅葉の家に行った時は勉強会だったしね。あれもデートカウントはしているけど。

 初めて招いたわけでもないので私の部屋に行ってもらい、私はもらったお菓子を食べるように飲み物を用意してお盆にのせたポットが倒れないよう注意しながら運んだ。


「あけてー」

「はいよー」


 自分の部屋なのに楓に開けてもらう。なんかちょっと、いいよね。


「はい、お茶。いつもの紅茶だけどいいよね?」

「うん。ありがと」


 ミニテーブルに置くとさっそく楓がグラスにそそぐ。氷がくずれて涼し気な音をたて、ぐっと楓は一杯一気飲みした。


「はー、つめたくて美味しい。最近蒸し暑いよね」

「そ? 今日とか雨だし気温結構低いと思うけど」

「暑いの。歩いてきたんだから」

「ま動いたらね。お疲れ。来てもらって悪いね」

「やー、ま、いいよ。デートだし」


 うっ!

 さらっと、そういうことを。いやもちろんデートだし? お誘いの時もちゃんとお家デートって冗談っぽくだけど宣言しておいたけど。でもそういうこと、ちょっと照れて目をそらしながらもさらっと言ってくれちゃうからほんと。

 いやほんと、あの時勇気だして告白した私、ほんとにファインプレーだよね。こんなとんとん拍子に両思いとか。はー、照れる。


「う、うん。えへへぇ。で、で、今日のメイン、言ってたゲームこれね」


 梅雨だし雨降るし室内でーってことで、今回私の手持ちのゲームを一緒にすることにした。一人でもできるけど基本二人で協力プレイ前提で常に二キャラが画面にいて協力し合うゲームだ。合体して一人にもなれるけど、二キャラいないと進めない部分もあって、順番に操作してできなくもないらしいけど難しいので。

 ほんとはだいぶ前に買って投げてたんだけど、どうしようかなーと思いながら自分のゲームソフト一覧を見ていた時に思い出したのだ。


 テレビをつけてゲームの電源をいれると自動的に画面がつく。コントローラーをとって選択すると、ポップなアイコンに興味をひかれたように楓はもう一つのコントローラーを手にした。


「へー、聞いたこともないゲーム。紅葉ってほんとゲーム詳しいよね。オタクって感じ」

「まぁね。そういえばポカモンはそろそろクリアした?」

「バッチはそろえたけど、急に強くなってつんでる」


 楓はもともとゲームはお兄さんがやってるのを見ている程度だったみたいだけど、私がおすすめして一緒にした島づくりゲームで結構のめりこんで自分用に本体買ってくれたんだよね。それで色々おすすめして楽しんではくれてるけど、あんまりこだわりないみたいで普通にクリアしなくても普通に放置してる。

 無理にしても仕方ないけど、私がおすすめしたしお金もったいないなー。申し訳ないなー。と思うのだけど。


「じゃあ私のとこから好きなのあげよっか? 交換で」

「んー……や、そのうちするから。それよりはじめて」

「はーい」


 まあ、楓なりのペースでしてるならいいか。とりあえずスタートする。一からでいいでしょ。

 チュートリアルをクリアして、最初は私が誘導して手早く進む。結構サクサク進むアクションで死んでもすぐ戻るので快適操作なんだよね。


「あ、落ちた」

「このまま支えてるから、もっかいのぼってきて」

「おっけ。次こそ決めるわ」


 ちょっと変わった操作に楓も最初は戸惑っていたようだけど、すぐになれたようで15分ほどで1ステージをクリアした。


「よしよし。いい感じじゃん?」

「うん。楓ってほんと、飲み込みいいよね。運動神経いいし、もっとアクション系してみればいいんんじゃない?」

「んー、まあ紅葉よりはそうかもだけど、逆に力はいりすぎちゃうし、紅葉とのんびりやってるくらいがいいって」

「そっかー」


 深い意味はないだろうけど、なんかそういわれると嬉しくなっちゃう単純な私。

 ストーリー進行のためにムービーが流れているので、お菓子をつまむ。


「あ、これ今シーエムやってるやつだよね。おいしー」

「ん。紅葉好きそうだと思って。お、思ったよりいける」

「えー、好きー」

「うん。私も気に入った」


 今の好きは私が好きそうだから買ってくれた楓に対しての好きなのだけどスルーされてしまった。

 とりあえず次のチャプターが始まったので手を拭いて再開。


 一人も一体ずつ操作しても結構面白かったのだけど、画面上二人で動かしてわちゃわちゃすると、思った以上に楽しい。こんなスピーディにすすむゲームだったのか。


「あ、ちっ。何いまの、一瞬で死んだんだけど」

「なんかわかんないけど触れたら死ぬ」

「このゲーム、ムービーも見てて全然意味わかんなかったし、謎過ぎない? わかってんの?」

「わかんないけどアクションが楽しい」


 あと舌打ちしたの可愛い。出会った頃は舌打ちされるとちょっと怖かったけど、今はそんなに頻繁にしないし、楓の舌がなってると思うとちょっとドキッとすらするよね。


「っし! っけたー」

「うわー、今のめっちゃ絶妙だったよね、ないすー」


 10回くらい死んだけどなんとか私も積んでたステージをクリアした。


「ふー。結構いったし、休憩する?」

「うん。疲れたし今日はやめよっか。楓がまた来た時に続きしよ」

「おっけー」


 にしても、お家デートの口実としてゲームを用意して、結構雰囲気よくて好調だけど、具体的にどういう風にキスにもっていくかは考えていないんだよね。

 さすがに来てすぐはあれだし、ゲームひと段落ついてやめたくらいでお話ししてって思ってたけど。もう三時半か。

 お菓子も半分以上なくなって、二時間近くゲームしてた。思いのほか熱中してしまった。普通に楽しんでしまったし、普通に疲れた。

 

「……ねー、紅葉」

「なに?」

「あんさー、まあ、なに?」

「え? なにが?」


 飲み切ったのでお代わりを注いでいる私に楓が声をかけてきた。いつもずばっと言うタイプなので濁すのは珍しい。振り向くと楓のコップも一割くらいになっていたのでお代わりかな? ととりあえずそそぐ。ちょうどなくなったし、最後だから遠慮した? いや、楓がそんなこと気にするはずない。


「……」


 注いだポットをおいて視線をあげると楓と目が合う。なにやら言いたそうにちょっとだけ口を開けて真顔だ。それに対して私もとっさに言葉がでなくて、見つめあってしまう。


「……私、お代わりいれてくるね」


 それが気恥ずかしくて、普通に珍しい真顔にみとれたのをごまかす様に立ち上がる。


「待てって」

「えっ、った」


 立ち上がろうとおしりを上げかけたところで手を引かれた。しりもちをつくようにまた座り、引かれた勢いで楓にぶつかった。


「ごめん、いたかった?」

「いや、そんなでもないけど」

「そか。てか、今、大事な話してるじゃん? 逃げんなって」


 思わず声がでた私に楓は手を離して背中を支えて心配そうな顔をしたけど、振り向いて否定すると安心したような顔になって、ちょっと不満そうになった。


「え、ごめん。え、でも、話してなくない?」

「……これからする」


 反射的に謝ってから、いやでも、会話、してないよね? と思い直して聞くと唇をとがらせたまま言われた。り、理不尽。でも子供みたいにすねた顔してるの、可愛すぎるなぁ。楓のこういう子供っぽいとこも好き。


「……」


 姿勢を正して見つめあう。大事な話ってなんだろう。想像つかない。でも、こうやって正面からじっくり顔をみると、楓、ほんと可愛いよね。ちょっと目つきがするどいのも、怖いっていうより凛々しいって感じなんだけど、輪郭が丸顔でちょっと幼いからなれて顔全体を見ると普通に可愛いんだよね。


「……あのさ、言ってなかったけど……私も、紅葉のこと好きだから」

「!? あっ、う……うん」


 真っ赤になって、でもまっすぐ私を見つめたまま、楓はそう言ってくれた。全然予想してなくて、変な声がでてしまって、何かリアクションしなきゃって思って変になってしまった。なに、うん、って。えっと、あの。


「あの、嬉しい。私も、好き」

「ん……うん」


 ちょっと片言みたいになった私の返事に、楓は照れたように、でも満足げに笑った。

 胸がきゅーっとする。あー、好き。めっちゃ好き。こういう、屈託のない楓の笑顔が好きで、すっごく抱きしめたくて、ずっと、ずーっとこの笑顔見ていたいって思って、それで好きって自覚したんだよね。

 それまでももちろん楓は私の大切な友達だったし一番仲良しだったけど。それだけじゃないって、それ以上がいいって、私の心臓が言うんだよね。


「……で、だけど。その、なんてーか。だからさ、その……紅葉から告白してくれたわけだし? 今度は私の番っていうか」

「うん。えへへ。嬉しかったよ。楓の気持ち、なんとなく察してたけど、やっぱり言葉で聞くと、こう、ぐわーってなった。ありがと」


 楓は照れ屋だし、こうもまっすぐ、しかも私が促してとか雰囲気とかじゃなくて、自分から積極的に言い出してくれるなんて思ってもみなかった。突然だけど本当に嬉しいし、まだ胸がドキドキしてる。


「お、おう。いや、じゃなくて、いまのも、まあ、あれだけど。早く言わなくて悪かったけど」

「ん? そんなの気にしなくていいよー。私結構強引に恋人になってもらったし。両思いになってくれただけで嬉しいよ」


 両思いになっているだろうと察してはいたし、つれない態度をされたわけでもない。早く言わなかった、なんて言われてもそうだねとは思わない。むしろ、そんな風に健気なこと思ってくれてるの? めっちゃ可愛いし嬉しーとしかならない。

 だけど何やら私の言葉にも楓は表情を明るくすることはなく、何かまた言いたげだ。楓はためらうように一度視線をさまよわせてから、またまっすぐ私をみて口を開く。


「……最初から、両思いだから」

「え? ……え?」

「相っ変わらず鈍いな。だからぁ……紅葉が告白してくれた時、私はその前から、ずっと、紅葉のこと好きだから」

「えっ……えええ!?」

「こっ、声がでかい馬鹿」


 最初、の意味がわからなくて首をかしげる私に、楓は怒ったように眉をよせながらストレートに説明してくれた。だけどその考えたこともない内容に普通に声を出してしまった。膝立ちになって怒られてしまった。


「ご、ごめん。いやでも誰もいないし私の家だし、じゃなくて、え、そうなの? 私が告白したとき全然すぐに反応してくれなかったじゃん」


 告白されて大声で驚く、と言う確かにデリカシーのかけらもない反応をしてしまったのは悪かったけど、でも、全然そんなそぶりなかったよね?


「それは、今まで私がアプローチかけても全然反応せず、何にも気づかずぼけーっとしてたくせに急に告白してきたから、油断してたというか……」


 そんな……そんな覚え全然ない。言われて思い出して、あれかぁ! とか全然ない。うーん。

 と言うか、気づかなかったのが私が鈍いか、楓のアプローチが下手かと言うのは置いておいて、そもそも楓、好きになってからはそれとなくアプローチするタイプの人間だったんだ。意外すぎる。私と同じですぐ告白するタイプだと思ってた。

 

 えっと、でも、あの、申し訳ないけど。ちょっと悔しそうな楓が可愛いけどそれはおいておいて、めっちゃ嬉しい! 最初から両思いだったんだ! どーりで恋人になってくれてからとんとん拍子にいい感じに反応してくれるし受け入れてくれると思った!


「楓、ありがとう! すっごく嬉しい!」

「う、うん。……じゃなくて!」

「え?」


 なに? じゃなくて? 今の会話の流れでそんなちょっと怒った風に否定することなにかある? まあさっきからやや怒り気味なので、照れて赤くなってるのと照れ隠しでちょっと語気強めになってるだけってわかってるから、それも可愛いけど。


 全然わかんなくて首をかしげる私に、楓はちょっとだけすねたような顔になってから、意を決したように唇を一度横に引いてから開いた。


「……だから、告白は紅葉がしてくれたから、その、その次は……」


 そこで一度言葉をとめた。じっと、まっすぐ私を見てる。その視線に焦がされるように、だんだん私の熱があがっていく。だけど今度はちゃんと、私もわかったから。だからじっと、続きを待った。


「次は、私からって。決めてたんだ」


 そう、楓は私から目をそらさないまま言った。次。次って、なんだろうか。そう思いながらも、熱くなった脳みそが勝手に答えを出そうとする。

 ひょっとして、都合のいい妄想かもしれないけど、でももしかしてもしかすると、楓も、同じことを考えてくれてたんじゃないだろうか。なんて。


 私と同じように、今日、キスをしようって、決めてくれていたんじゃないだろうか。


「か、楓……」

「……いい?」

「っ、う、うん!」

「……馬鹿。だから声、大きいって」


 思わず裏返ったような上ずった声をあげてしまう私に、ちょっと呆れたように楓はわらった。うう。だって、今日はずっと、いや、ほんとはそうしようと計画したこの間からずっと、今日のことを意識して、楽しみにしていたんだから。

 恥ずかしくなって違う意味で赤くなる私に、楓はそっと私に体ごと寄ってくる。膝と膝がぶつかる。肩がふれあう。すぐそこに、吐息が聞こえそうな距離に楓がいる。


 キスするんだ。緊張して体が硬くなる。同じように緊張してか、目つきがするどくなってこわばった楓の顔が近くなる。そんな表情さえ、可愛らしい。そんな風に感じるなんて、初対面の時の私に言ったら驚くだろう。

 ああ、そうだ。これだけは、キスの前に言っておかなくちゃ。


「楓、前から私のこと好きでいてくれたのに、全然気づかなくてごめん。でも、私もね、負けないくらい好きだよ」

「……紅葉、目、閉じて」

「うん」


 私の言葉に楓はちょっと目を細めて笑って、そう私に促した。目を閉じる。近づいてくる気配が、飛び出しそうなほど心臓を喜ばせる。


「……ん」


 唇が触れ合う。ただそれだけのことが、どうしてこんなにドキドキして、幸せな気持ちになるんだろう。


「……紅葉」

「うん、なぁに?」

「……ふっ、ふふ、なんでもない」


 唇が離れてかけられた声に返事をすると、ちょっと間を開けて笑われてしまった。自分でもちょっと腑抜けた声だったと思うけど、笑うようなのじゃないよね? じゃあ他に今ので笑うとこってなに?


「え、なに、なんで笑うの? え、私の唇、変だった?」

「いや、唇変ってなに、そんなのないでしょ。まったく、紅葉は……。もっかい、目閉じて」

「ん!」


 よくわかんないけど、でも楓が可愛く笑っておねだりしてきたので、私はぎゅっと目を閉じた。







 紅葉はいつも柔らかく笑うから、当たり前みたいに私をまっすぐ見つめ返すから。私にとって紅葉はずっと、特別な存在だった。

 だけどこの気持ちを口に出してしまって、関係が壊れるのがこわかった。紅葉は優しいけど、優しすぎて気を使って自分がひいてしまうところがあった。普段は元気で空気が読めないところもあるからこそ、気づいてしまうと過剰に不器用な気遣いをする人間だった。そんな紅葉が私の好意を知ってしまえば、それを断った後今まで通りの関係でいることはできなくなるだろう。


 だから一歩も踏み出せず、ただいつか、紅葉が私じゃない誰かを好きになってしまうんじゃないかと恐れながら、少しくらい意識してくれないかと、自分でも臆病だとわかる程度、かすかに匂わせる程度にアプローチして、気づいてほしいけど、気づいてほしくないと祈りながら今を楽しむしかできなかった。


 だけどあの日、すべてが変わった。


 紅葉にすすめられてはまった私の好きなゲームキャラのぬいぐるみがゲーセンでとれるということで取りに行った。最初の想定を大幅に超えたけどなんとか手に入れることができて、喜んで隣で見てくれていた紅葉に見せびらかした。

 そんな、今思えばはしゃぎすぎて子供っぽくて恥ずかしい私に、紅葉は急にこういったのだ。


「楓、私、楓のことが好き!」

「は!?」


 急すぎた。さっきまでいつもと何一つ変わらない友情ムーブをしていたくせに。そして何より、雰囲気もくそもなく、ぬいぐるみの入ったクレーンゲーム機の前で、他に普通にお客もいる中でも大声。

 一瞬、普通に意味がわからなくて何言ってるんだ? となった私は悪くないと言いたい。


「だから、好きなの。恋人になって!」

「おまっ、ばっ。こ、こんなところで何言ってんだ!?」


 ゲーセンは普通の店よりうるさいとはいえ、そんな大声を出せば普通に周りから見られている。告白された喜びよりも、周囲の視線が気になって恥ずかしくて動揺がおさまらない私は、返事よりもとにかくこの場を逃げたくてそう怒鳴ってしまう。


「ちょっと、あっちに行」

「お願い! 付き合って! 付き合ってくれなきゃここを動かないからね!」

「だー! わかった! わかったからちょっと黙れ!」


 だけどそんな私に構わず、紅葉は移動させようと紅葉の肩に触れた私の手をつかんでぎゅっと顔の前で握ってそうさらに告白してくるので、私はたまらず自棄になって怒鳴るようにそう答えるしかできなかった。


 やったー! と無邪気に笑う紅葉の喜びを共有することもなく、私はその背を押して遠巻きに口笛をふいたりする無関係な他人からなんとか逃げだした。

 そうして私は紅葉と恋人になった。


 いや、こんな展開想像できないでしょ。なにこれ。ずっと好きだったし、もちろんめちゃくちゃ嬉しいんだけど、もうちょっとこう、情緒と言うか雰囲気と言うか、あるでしょ。めっちゃ怒鳴っちゃったし。


 とはいえ、恋人になれたのは事実だ。とても嬉しい。勇気がなくて告白できなかった私と違って、どういうつもりであんなタイミングだったのかはともかく、告白してくれたのは確かなのだ。

 紅葉はすごい。それだけで惚れ直したし、恋人になって前とちょっと違って時折照れたように私を見てくる可愛い紅葉を、前よりもっと好きになった。


 だけどそれを伝えることはできないでいた。両思いなのだとわかっていても、拒絶されないとわかっていても、気持ちを伝えようとすると恥ずかしくてたまらなくなってしまう。

 だからこそ、今度こそ、この次こそ、いいタイミングをはかってにはなるけど、ちゃんと思いを伝えてステップアップする。そうして今度こそ、紅葉をリードする。


 そう心に決めていた。


「んふふー、楓、すーき」


 そう決めていたのだけど、なんだこれは。ちゃんと思いを伝えたのは我ながら百点満点だけど、こう、リードできているかと言うと微妙と言うか。

 今、楓は私の膝に乗っかって、私の体に足をまきつけるように抱き着いている。私もその背中に手をまわして抱きしめているけれど、こんな姿勢になる予定はなかった。


 そもそも私としては、ちゃんと思いを伝えて、そうして、その、そのままベッドに上がらせてもらおうと思っていた。ちょうど今日は紅葉の家に、他に家族もいない中でのお呼ばれだったので余計に。

 だけどキスをして、名前を呼んだところ、普通になぁに? となーんにもわかってないとぼけた声が返ってきたから。


 笑ってしまうしかなかった。


 突然、人目もはばからず告白してくるほどの度胸と積極性がありながら、全然この後のことなんて考えてないピュアな子供っぽさ。インドア趣味で家庭的でお菓子作りをしたり見た目も含めて真面目っぽいのに、全然真面目じゃなくて宿題もしょっちゅうサボるし勉強もできなくて、好きなことしかできない紅葉。

 そんな無邪気な紅葉が好きだから、私は自分の願望をおさえて今日のところは気持ちを伝えてキスができただけで百二十点とすることにした。


 そしてそれはそれとして私もキスが初めてだし、存分に心行くまでキスを楽しむことにした。

 もっとと欲望を燃やしていただけに少し残念だったけど、人を好きになったのも恋人ができたのも、紅葉が初めてのことだ。紅葉とのキスは気持ちよくて、無限に唇をくっつけていたいくらいだった。

 やわらかくて、温かくて、押し当てるとすこし形が変わるのがまた。と堪能していると四回目で我慢できなくなったように紅葉が、これまたかわいい声で「ぎゅーってして」と言いながらすり寄ってきたのでなんだか気が付いたらこんな姿勢になってしまった。


 普通に重いけど、それ以上にスカートがまくれて太ももがきわどく見えているし、足がぐっと私の背中に回って密着していて、紅葉の何もかもが柔らかいし、いい匂いもするし、体の熱がどんどん際限なく上がっていってしまう。


「も、紅葉。そろそろ、一回。重いから」

「えー、ひどーい。でもそうだね。じゃ、次、楓がのっていいよ」


 重いというのは嘘ではないけど、本音を言うならもっと密着していたかったけれど、キスで我慢するにはもう理性が限界だったのでそう言ったのに、楓ときたら平然とそう言いながら私から一度離れ、背もたれにしていたベッドに腰かけた。

 すぐ目の前に紅葉の膝がある。ほんの少しの出来心で触れたら、下着だってその奥だって見れる無防備な状況から逃げたくて立ち上がると、そんな私にむけて紅葉は両手を広げた。


「ん。おいで」

「……うん」


 その、まるで大人が子供を迎えるような仕草、普段に冗談でやられたら腹がたつような動作なのに、今、キスをするためにそうしている紅葉はなんだかいつもと違う魅力が漂っていて、私は馬鹿みたいに頷いて言われるまま紅葉の膝に座るしかできなかった。


「楓、好きだよ」

「ん……」


 紅葉はまるで、簡単に言う。当たり前みたいに、気持ちを伝えてくれる。かなわないな。そう思ってしまう。勝ち負けなんかじゃないけど、そう感じてしまう。だから私は言われるまま、紅葉が望むまま、ただキスを


「ねぇ、楓。あのさ、……なんかちょっと、変な気持ちになってきたんだけど、キス以上もしていい?」

「……」


 ほんとに、かなわない。そう思いながら私は、黙って紅葉の抱擁に応えた。





 こうして、私はずっと紅葉にかなわないけど、めちゃくちゃ充実した幸せな恋人生活を送るのだった。


 おしまい。

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