消滅のパラドックス

たってぃ/増森海晶

消滅のパラドックス

 むかしむかし、山奥の神社に『なんでも願いを叶えてくれる』神様が住んでいました。


 ある日、村の若者が神社に訪れて、神様に『お願い』をします。


「神様、お願いします。みなの記憶ごと俺の存在をこの世界からすべて消してください。俺、なにをやってもみんなに迷惑をかけてしまうんです。俺のせいで迷惑をかけて傷ついている人たちに、癒しと安らぎを与えるために『はじめから存在しない人間』になりたいのです。どうか、お願いします」


「――わかりました。願いを叶えましょう」


 神様が願いを叶えた瞬間、若者の存在は消え、そして『なんでも願いを叶えてくれる』神様も世界から消えました。


 はじめから存在しない人間の願いという、存在が『ある』のか『ない』のか判別できない矛盾。


 若者が消えた瞬間に願いが『叶い』――同時に願いが、はじめから『無かった』ことになる二律背反りつはいはんが発生しました。


 はじめから存在しないのならば、神社に訪れて『お願い』をした若者は存在しません。

 

 かといって、若者がこの世にはじめから存在しないのならば『願いが叶った』ともいえるのです。


 存在していない/存在している。


 相反する矛盾の極みに『なんでも願いを叶えてくれる』という存在が揺らぎ、神様は死んでしまいました。


 願いを叶えた若者は、自分の願いが神様を殺してしまったことを知りません。


 若者がこの世界から消えたことで、心に平安を取り戻した人々は確かに存在しました。


 ですが『なんでも願いを叶えてくれる』神様が消えたことで、あっという間に人類は滅んでしまったのです。


 願いを叶えてくれる存在がいないため、人類は文明を発達させて、自分たちの願いよくぼうを叶えることに夢中になってしまったからです。


 願いを叶える前に若者は神様に言いました。


「俺、なにをやってもみんなに迷惑をかけてしまう」と。


 その結果、人類が滅んでしまったのだとしたら、若者はこの世界に存在したと言えるのでしょう。


 


【了】


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