第18話 屋敷探索

 翌朝。


 人の気配で目覚める。目を開けると、ベッドに入り込もうとしているルナと目が合った。


「何をしているの?」


「あ、いや、起きないので、起こしてあげようと思いまして」


「ベッドに入る必要なくない?」


「体を揺らしたのですが、それでも起きられなかったので、もう少し刺激的な方法がよろしいかと」


「ベッドに入って何をするつもりだったんだよ?」


「何って、そんな、もう言わせないでくださいよ」


 顔を赤くするルナ。なんか、俺がセクハラしたみたいになっている。おかしいな。俺は何もしてないのに。


「まぁ、いいや。明日からは、起きなかったら、もう少し強くゆすってみて」


「はい! それより、朝食はどうされますか?」


「ん。食べる」


「はい。では、こちら、お着換えです」


 ベッドから降りて、着替えようとしたが、ルナがじっと俺を見ていることに気づく。


「着替えなら一人でできるから、外で待ってもらって大丈夫だよ?」


「いえ、私のことは起きになさらずにどうぞ」


「いや、気になるんだけど」


「これも私の仕事ですから」


 ルナが譲らない感じなので、ルナに背を向けて着替える。今までの人生で、メイドに関わったことなんて、喫茶店しかないから勝手がわからない。ここまで面倒を見てくれるものなのだろうか。


 ルナに案内してもらった部屋でご飯を食べる。


 パンとスープに、オムレツとサラダの組み合わせだった。


 異世界らしい食事をしてみたかったが、製作者はそこまで気を回す暇はなかったようだ。


 ご飯を食べながら、辺りを見回す。長机でご飯を食べているのは俺だけ。ルナは後ろに控えていた。


「なぁ、ルナ。父親と母親はどうしたの?」


「はい。旦那様と奥様は、本日、用があるとかで、先にご飯を食べられました」


「ふぅん。そうなんだ。ルナは食べたの?」


「はい。先に家で頂いてきました」


「そっか。そういえば、昨日、父親と会った部屋に、ルナのお母さんっぽい人がいたけど、ルナのお母さんなの?」


「はい。そうです」


「ふぅん。ルナはお母さんに似ているんだね。お母さんも美人だったよ」


「あ、ありがとうございます。それより、もしかして、まだ、記憶の方が」


「うん。そうみたい。もしかしたら、この家の中を見ていたら、思い出すかも」


「そうでしたか。なら、食事が終わりましたら、私が家を案内致します」


「ん。よろしく!」


 その後、食後のお茶を飲んでから、ルナにこの家を案内してもらった。


 家の中については、とくに語ることはない。広くてきれいで、金持ちっぽい装飾が施されていた。


 俺が不在の間に、マリアが一度来てくれたらしく、【浄化】を使って臭いも消してくれたらしい。


 近いうちに、マリアへ感謝の言葉と現状について報告したいところだ。


 そして、歩いているときに気になることがあった。


 ジャックが使用人に好かれていたのである。


 例えば、廊下を歩いていると、若いメイドに声を掛けられた。


 掃除中だった彼女は、俺を認めると、弾けるような笑みを浮かべた。


「あ、ジャック様! あそこから出てこられたと聞いていたのですが、本当だったのですね!」


「ああ、うん」


「すみません。本当は私、ジャック様があそこにいる間、ジャック様のために何かしてあげたいと思っていたのですが、何もできず、申し訳ありませんでした」


「いや、気にする必要はないよ。むしろ、ありがとう。それほど思ってもらえて、俺は嬉しいよ」


「ジャック様は、相変わらずお優しいのですね」


「ん? うん」


「あ、ジャック様だ!」


 それから他のメイドたちもやってきて、取り囲まれる。


 心配や謝罪の声があちこちから聞こえ、正直、煩わしかった。しかし、彼女たちの好意を無下にするわけにもいかなかったので、適当に対応し、頃合いを見て、抜け出した。


「相変わらず、おモテになられているようで良かったですね」


 ルナのどこか棘のある言い方に、俺は苦笑を返すしかなかった。モテると言われても、そのときの記憶が無いから、どう対応すべきかがわからない。


 さらに、庭師や警備員からも声を掛けられ、立ち話になった。


 使用人たちの明るい表情を見ていると、違和感しかなかった。


 俺の知るジャック・シューという男は、悪臭と悪態をまき散らしながら人の命を虫けらのように扱う悪漢であったから、周りから愛されていることが信じられない。


「なぁ、ルナ。俺って、どんな人間だったんだ?」


 一通り、家の中を見て、部屋に戻る途中にルナへ質問した。


「え? それは……」


 ルナは返答に困った。難しい質問だったらしい。俺が質問したことを詫びようとしたら、ルナは言った。


「……とても優しくて、素敵な人ですよ」


「ふぅん。そうなんだ」


 そのとき、「見つめましたぞ!」と刺すような声が聞こえた。振り返ると、セバスチャンが立っていた。


「あ、セバスチャン」


「ジャック様。お勉強の時間です。昨晩、ジャック様に言われ、授業内容を見直してきたので、本日の授業には自信がありますぞ!」


「そうか。よろしく」


 勉強なんてしたくなかったが、この世界を知るきっかけになると思い、受けることにした。


 ……が、セバスチャンは確認テストに書いた俺の解答を見て、頭を抱えた。


「ジャック様、答えが空白になっていますが」


「すまん。この一年で、授業内容を全部忘れた」


 というか、そもそも受けた記憶が無いから、解こうにも解けない。この世界の文字を読み書き出来るし、ゲームで知った情報ならある程度わかるのだが、今回のテストには出題されていなかった。


「全部!? ジャック様、その冗談は」


「俺が嘘を言う人間に見えるか? マジでわからないんだって」


 セバスチャンは天井を見上げ、沈黙した。


 ルナに目配せする。こんなとき、俺はどうすればいいのだろう? 


 しかし、ルナは困惑した表情で首を振った。


「……わかりました」とセバスチャンが顔を戻す。「このウエスト・ハシーン随一の名師と言われた私が、必ずやこれまでの授業内容を思い出させてあげましょう」


「よろしく」


「では、まず、こちらの本を開いてください――」


 それから、めちゃくちゃ勉強した。


 ――その夜。


 俺は、自室のベッドの上で大の字になっていた。


 知恵熱が出そうなほど、知識を詰め込まれたから、少し頭が痛かった。


 ただ、この世界についてある程度わかったので、その点では良かったと思う。


「それにしても、ジャックへの周りの態度は気になるな」


 俺の知るジャックと周りのジャックに対する接し方にかなりのギャップがあった。


 もしかしたら、あの離れで生活し続けた結果、ジャックの人間性が崩壊してしまったのかもしれない。


「……部屋の中を探してみるか」


 朝からいろいろあって、自分の部屋を物色している時間は無かった。


 めぼしいものは無かったが、部屋を物色中に、離れの机にあった仕掛けのことを思い出し、部屋にある机を確認してみた。


 その結果、机の引き出しに隠し底があって、一冊の本を見つけた。


「これは……日記か?」


 ジャックの内面を知るのに、これほど適したものはない。


 俺は早速、その日記を開いた――。

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