第17話 死亡フラグ『メイドを辞める』
とりあえず、状況が呑み込めないので、まずはそこから理解したい。
「ごめん。ちょっと状況が呑み込めないから教えて欲しいのだが、なぜ、ルナは明日から俺のメイドじゃなくなるんだ?」
「それは、お前の使用人をセバスチャンに戻すからだ」
「セバスチャン?」
ここに案内してくれた執事が頷く。彼は俺の使用人だったらしい。
「何でセバスチャンに戻すの? ルナじゃ駄目なの?」
「それは、使用人に身の回りの世話だけではなく、教育なども任せているからだ。ルナ君に教育は難しいだろう」
「なるほどね。なら、教育の時間みたいなものを設け、その時間だけセバスチャンに任せるじゃ駄目なの?」
「……それは難しい」
「なぜ?」
「使用人から勉強を教えてもらう。それが、うちの伝統なんでね」
「……なるほど。事情は分かった。なら、その上で言わせてもらう。俺は使用人がルナじゃなきゃ嫌だ」
「なっ」
ざわつく一同。俺の決断は、彼らにとって想定外の反応みたいだ。
それでも、死亡フラグを折るためなら、この道を突き進もう。
「な、なぜ?」
「うむ」
理由を問われると困る。ルナの死亡フラグを折りたいから、と言っても納得してもらえないだろう。
だから、それなりの理由が必要になる。
大丈夫。前世で頭の固い上司を納得させるために弁舌を鍛えた結果、『屁理屈王』の称号を貰った俺なら、この場をやり過ごすための言葉もすぐに思いつく。
「――俺がルナをメイドにしたい理由は二つある。授業内容の改善とルナに俺の使用人としての経験があることだ。まず、一つ目の授業内容についてなんだが、実のところ、セバスチャンのパフォーマンスに前々から疑問を思っていた」
「むっ」とセバスチャンが進み出る。「それは聞き捨てなりませんな。具体的にお願いします」
「もちろんだ。セバスチャンは俺にいろいろと教えてくれるのだが……正直、教え方が雑だ」
「なっ、私の教え方が雑? ウエスト・ハシーン随一の名師と呼ばれた私が?」
「そうだぞ。セバスチャンほどわかりやすい教師はいないぞ。それに、お前だって、ちゃんとテストで良い点数が取れているじゃないか」
「……うん。勘違いしているみたいだけど、教え方自体はわかりやすいとは思うよ。ただ、雑なんだよ」
「具体的にどんなところですか?」
「それはまぁ、いろいろだ。そして、雑な理由について考えてみたんだが、おそらくそれは、教育以外の仕事も任せているからだと思う。なぁ、セバスチャン。本当のことを言って欲しい。セバスチャンは、俺に教えるための最適な準備ができていると言えるか?」
「はい。できています」
「本当か? 本当にそうか? 心の底から一片の迷いもなく、俺に対して最善の教育ができていると言えるか? 勘違いしないで欲しい。俺はセバスチャンを非難したいんじゃない。ただ、セバスチャンに正直であって欲しいんだ。それが、俺のためであり、セバスチャンのためでもあるからだ。さぁ、どうだ? まだ俺のためにできることがあるんじゃないか?」
俺が目に力を込めると、セバスチャンはうろたえる。
「そう言われると、確かにまだ甘いところがあるかもしれません」
「そうだろう。だから、セバスチャンが教育に集中するためにも、教育以外の部分は他の人に任せるべきだと思うんだ」
セバスチャンが渋い顔で口を結ぶ。
不服そうではあるが、理解しているようには見えた。
セバスチャンの授業を受けた記憶はないが、はったりで何とかごり押しできたようだ。
仕事が雑。この言葉は、この世界でも便利なワードとして使えそうだ。
「というわけで、俺はセバスチャンには教育に集中してほしいと思っている。となると、教育以外の世話を誰にお願いするかという話になるが、その場合、適任なのはルナだと思う。なぜならルナには、一年間、俺の使用人として働いてくれた実績があるからだ。今回、ルナはかなり特殊な環境の中でもしっかりと使用人としての責務を果たしてくれた。俺は、間近でそれを見ていたから、彼女になら安心して使用人としての仕事を任せる。だから、今後も俺の使用人として働いてほしいんだ」
「……なるほど」
父親も渋い顔になる。どうやら、俺の言い分を理解はしてくれたみたいだ。しかし、伝統と俺の言い分の間で揺れているように見える。
彼を納得させるためにはもう少し言葉が必要みたいだ。感情に訴えかけてみるか。
「それに、ルナは俺の命の恩人でもある。俺はこの一年間、正直、苦しかった。でも、こうやって克服できるに至ったのは、ルナがいたからこそだ。つまり、ルナは俺にとって、命の恩人であり、そんな恩人に対し、無礼なことはできない。今まで世話になったのに、用済みになった途端、切り捨てるなんてそんな薄情な真似を俺はしたくない」
「べつに切り捨てるつもりはないが。これからもうちでは働いてもらし」
「そうか。でも、彼女が俺の使用人として働きたいと言っているなら、その願いを尊重してあげてもいいんじゃないかなって思う。だって、俺の命の恩人だぜ? それは、つまり、俺たち家族の恩人でもある」
「そうね」と同意したのは母親だった。「ルナさんは、私家族の恩人よ。そんな恩人に対し、失礼なことはできないわ。だから、彼女のお願いを聞いてあげても良いと思うの。ジャックも彼女の使用人としての能力を買っているみたいだし、ここは柔軟に対応したらどうかしら?」
父親は他の者たちの顔をざっと見回し、数秒の思案の後に頷いた。
「そうだな。伝統も大事だが、時として、伝統よりも大事にしなくてはいけないことがある。今回、ルナ君はジャックのために一生懸命働いてくれた。その働きぶりを評価できないようでは、シュー家の名も廃るというもの。なので、これからはルナ君に使用人としての仕事を任せ、教育に関しては引き続きセバスチャンに任せたい。それでどうだろうか?」
「……旦那様がそうおっしゃるのであれば、私はそれに従うのみです」とセバスチャン。
「ルナ君はどうかね?」
「はい! これからも、ジャック様のメイドとして頑張って働きたいと思います!」
ルナの顔に光が戻る。彼女が元気になったみたいで何より。
それにしても、父親は意外と物分かりが良い人なんだな。もう少し頑固な見た目をしているが。
俺としてはそちらの方がやりやすいから助かるが。
「それでは、ジャック様。お疲れでしょうし、お部屋に案内しますね!」
「ああ、うん。それじゃあ、父さん、母さん、また明日」
ルナに連れられ、部屋を出る。
ルナはスキップしそうな足取りで進むも、急に振り返って、深々と頭を下げる。
「ジャック様。先ほどはありがとうございました。そして、これからもよろしくお願いします!」
「ん。こちらこそ、よろしく」
顔を上げたルナと目が合う。彼女が気恥ずかしそうに笑うので、俺も照れてしまう。
「私のことも思い出してくださったんですね!」
「……ごめん。それはまだ思い出せてないんだ」
「え、それじゃあ、どうしてあそこまで私のことを」
「どうしてと言われると難しいな。まぁ、日は浅いけど、ルナに世話になったのは事実だし、その短い時間を通して、ルナには幸せになって欲しいと思ったからかな」
それに、死亡フラグのことを考えると、ルナの幸せは俺の幸せもである。むろん、そんなメタ的なことを彼女に伝えるつもりはないが。
「……そうですか。ジャック様は、私に幸せになって欲しいんですね」
「ああ」
「なら、ジャック様が私を幸せにしてください!」
「え、俺が?」
「はい! 頼みましたよ!」
「わかった」
どうすれば彼女を幸せにできるかはわからないが、彼女の死亡フラグを折り続ければ、彼女は幸せになるだろう。
とりあえず、メイドを辞めるフラグは折ることができたわけだし。
――しかし、このときの俺は気づいていなかった。彼女の死亡フラグを折ったことで、別の死亡フラグが立っていたなんて……。
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