第16話 帰宅

 空が赤く染まり始めた頃、俺たちの前に洋館が見え始める。


 寄り道したが、夜になる前に帰ってこれた。


 やはり、動物が使えると、移動が楽になる。


「久しぶりの家だな!」


 ルナも喜んでいるかと思いきや、「そうですね」と素っ気ない反応。


 見ると、表情が少し暗い。


 あんなに帰りたがっていたのに、どうしたのだろうか。


「大丈夫? 具合が悪いの?」


「いえ、そんなことはないです。すみません、ご心配をお掛けして」


 ルナは笑って見せるが、どこかぎこちない。


 気にはなるが、体調が悪そうにも見えないので、とりあえず帰宅。


 門の前で止まると、二人の門番が愕然とした表情で俺を迎える。


「ジャ、ジャック様ですか?」


「そうだけど、俺の顔を忘れたの?」


「あ、いや、そういうわけではないのですが……」


「早く開けてくれる?」


「すみません。念のため、旦那様に報告させてください」


 少し待たされてから、中に入ることを許可され、門をくぐる。


 ハシリドリを門番に任せていたら、執事らしき男と警備隊の群れがやってきて、髪がグレーのダンディなおじさん執事が進み出た。


「おかえりなさいませ。ジャック様」


「ただいま」


「失礼を承知で伺いますが、本当にジャック様でしょうか?」


「そうだけど、信用できないの?」


「いえ、そういうわけではないのですが、あまりの変貌ぶりを信じられないというのが本音でして」


「なるほどね。なら、これでどう?」


 俺は薄めた【厄臭】を風魔法で執事たちに送る。その臭いで執事たちは後ずさるも、大きく頷いた。


「こ、この臭い! 間違いない。ジャック様ですね!」


 臭いで識別されるのは複雑な気持ちだが、納得してもらえるのなら、受け入れよう。


「そう言ってるじゃん」


「失礼しました。それにしても、流石でございます。風魔法を習得され、臭いまで意のままに操れるようになるとは」


「どうも」


「旦那様がお呼びになられています。このまま向かいますか?」


「そうだね。そうする」


 その場にいた従者や警備員たちが、頭を下げて俺を見送る。


 自分が良い所のお坊ちゃんであることを思い出した。


 肩書だけで敬ってもらえるのだから、貴族になって良かったと思う。


 執事に案内してもらい、両親が待つ部屋の扉を開ける。


 赤い絨毯が敷かれ、金ぴかの装飾が施された豪奢な部屋だった。


 その部屋に、父親と母親、数人の従者がいた。父親と思しき人は黒の髪を撫でつけた目つきの悪い男で、母親と思しき人はブロンド巻き髪の貴婦人だった。


 俺を見て、二人の顔に動揺が走る。


 しかしそれは一瞬のことで、二人は目に涙を浮かべると、「おお、我が息子よ」と感嘆の言葉とともに父親が手を広げる。


「無事に帰ってきてくれて、私たちは嬉しいよ。なぁ、メイサ?」


「ええ。上級魔法を取得して、臭いも克服しちゃうなんて、私は、あなたの母親で誇らしいわ」


 感動の対面――のはずなんだが、俺はいまいちその空気に浸ることができなかった。


 俺にとっては彼らが他人にしか思えないというのもあるが、彼らの言動にどこか芝居がかったものがあるのも感じるからだ。


 俺の考えすぎかもしれない。


 俺の反応が渋いせいか、二人も困った表情で目配せする。


「そ、そうか! 疲れているんだな、長旅だったもんな」


「そうね。一度、ゆっくり休んだ方が良いわ。詳しい話はまた明日にしましょう」


 確かに、それは一理ある。


 俺も自分で思っている以上に疲れてしまい、うまく反応できていないのかもしれない。


「なら、お言葉に甘えて、休ませてもらうわ。あ、でも、その前に一つだけ確認させて。俺が勝手にあそこを出た件だけど」


「ああ。それなら、今回は目を瞑ろう。それで上手くいったのだから。できれば、前もって相談してほしかったんだが」


「……わかった」


 したじゃん、と思ったが、水掛け論になりそうだったので、余計なことは言わない。黙って、その言葉を飲み込んだ。


「俺だけじゃなく、ルナに関しても不問にしてほしいんだけど。俺がルナに無理やりお願いしたんだし」


 ルナが何かを言いたそうにしたが、目で制す。


 するとルナは、口を閉ざして下がった。


「うん。それはもちろんだ。ルナ君も息子のためにありがとうね」


「そうね」と母親。「ルナさん。今まで息子を支えてくれてありがとう。わざわざ息子のために闇魔法を習得してくれたみたいだし、本当に感謝しているわ。明日からは、通常の仕事に戻ってもらっても構わないから」


「すみません。その件についてなのですが」とルナが進み出る。「私からお願いがあります」


「あら? 何かしら?」


「明日からも、ジャック様のメイドとして働かせていただけないでしょうか?」


「ルナ!」と怒鳴ったのは、そばに控えていたメイドである。見た目から察するに、ルナの母親だった。「奥様方に迷惑を掛けないの!」



 ルナが口を結ぶと、ルナの母親と思しきメイドは、父親に頭を下げる。


「すみません、後でこちらから言い聞かせておきます」


「うむ。気にしていないから、大丈夫だ」


 ……なんかよくわからないけど、不穏な空気が流れ始めている。


 ルナを見ると、不服そうな顔をしていた。その顔に見覚えがある。上司に怒られて辞めることを決意した同僚の顔だ。このままだと、ルナが辞めてしまうかもしれない。


 それは……まずいんじゃないか?


 ゲームだと、ルナがメイドを辞めていた。つまり、メイドを辞めることは彼女にとっての死亡フラグであり、俺が彼女を殺すきっかけになりかねない。


 今の俺に彼女への殺意なんてものはないが、怪しい芽は摘んでおくに限る。


 だから、俺、動きます!

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