第14話 死亡フラグ『邪神の右腕』

「――ぁま! ――ャック様! ――ジャック様!」


 ルナの俺を呼ぶ声で目覚めた。


 俺をのぞき込むルナと目が合った。


「良かった」


 俺は慌ててルナから離れる。


「どうしたんですか?」


「あ、いや、その臭い大丈夫かなって」


「はい。全く問題ありませんでした。それに、先ほど私を、だ、抱いてくれたじゃないですか。だから、今更じゃないですか」


「ん。まぁ、言われてみたら、そうだな」


 俺は立ち上がり、ルナの手を取って、ルナも立たせる。


「すまんな、心配させて」


「本当ですよ。でも、お体は大丈夫なのですか? あのミイラの手は、ジャック様の体に入ったみたいですが」


「ん。まぁ、大丈夫でしょう。今の俺から、ルナの感じた邪悪な気配を感じる?」


「いえ、感じません」


「なら、大丈夫だよ」


「わかりました。それにしても、あれは何だったのですか?」


「さぁな。帰ったら、調べてみるよ」


 邪神のミイラだが、そのことを説明すると長くなりそうなので、知らないふりでやり過ごす。


 それにしても楽な相手だった。


 邪神の魂は、自分のHPとMP以外のステータスを真似した状態で出現するため、敢えて弱点を用意すると、その弱点までコピーする。


 だから、その弱点を突くような攻撃を繰り出せば、比較的容易に倒すことができる。


 とはいえ、無策の状態だと、ただの強敵だ。


 かくいう俺も、最初は弱点を用意するのを忘れてしまい、主人公が闇堕ちしてしまった。


 この情報を得た後にやり直したら、普通に倒すことができたが。


 いずれにせよ、俺は邪神の魂を倒し、『邪神の右腕』を手に入れた。


 他にも邪神のミイラは存在するはずだが、右腕が俺の中にある限り、『邪神の復活』フラグが立つことはない。


 これで、安心して他の死亡フラグを折りに行くことができる!


「んじゃ。用も済んだし、帰るか」


「はい」


「あ、でも、ちょっと待って」


 俺は風魔法を発動し、壊れた石像を集め、元の形に戻した。


「すごい! そんなこともできるんですね!」


「ん。まぁ」


 ルナには、俺が石像を修復したように見えただろうが、実のところ、俺は石像を修復したわけではない。


 石像の表面に空気の層を張って、無理やり固定しているだけだ。


 それに、閉じ込めた空気の中に俺の【厄臭】も入れておいた。


 おそらくだが、闇の組織の人間がこの石像の調査に来る。


 だから、そいつらに嫌がらせをしようと思ったのだ。


☆☆☆


 小屋から出ると、村長と思しき老人と小屋に入る前に話した少女がやってきた。


「旅人さん、勝手なことをされては困りますよ」


 老人が額の汗を拭いながら言う。


「勝手なこと?」


「ええ。だって、あそこには、その、他の人には言えない、村の秘密が隠されていたんですから」


「そんなものありませんでしたよ。あったのは、石像だけです。なぁ?」


「はい。石像しかありませんでした」


「いや、そんな馬鹿な」


「あなたは、その秘密とやらが具体的に何なのか、知っているんですか?」


「いえ、先代の村長からそのように教えられていたので」


「なら、具体的な内容も確認せず、言われたことを守っていただけですか」


「うっ、それは、まぁ、先代もそうだったらしいので」


「なるほど。まぁ、でも、確かに嫌な気配がする場所ではあったので、近づかない方が良いとは思いましたね。一応、原因になりそうなものは私が取り除いたのですが、念のため、今までと同じようなやり方で、あの場所から人を遠ざけた方が良いかもしれません」


「わかりました」


「つまり、旅人さん」と少女。「村の不調は治ったってこと?」


「はい。そちらは解決できました。そのうち、皆、元気になると思いますよ」


「そっか。やっぱり。だって、俺。すげぇ、元気が出てきたもん」


 少女はそう言って、腕をぶんぶん回す。その姿にどこか見覚えがあった。


「なぁ、君、俺とどこかで会ったことが無いか?」


「え、旅人さんと?」


「ナンパですか? サイテー」


「旅人さん。悪いことは言わない。この娘だけは止めた方が良い」


「あぁん? 俺ほど素敵なレディは、都会にも中々いないぜ」


 あ、思い出した。『邪神巫女』だ。もしも、俺が右腕を回収した無かった場合、彼女は死んでいた。


 ゲームだと、村のことを大事に思う彼女は、一人であの井戸に入り、奥で右腕に呪われる。そして、邪神巫女として主人公たちと戦い、最終的には闇の組織に無理やり右腕を奪われ、それが原因で死んでしまう。


 つまり、俺は意図せず、彼女の死亡フラグ『邪神の右腕』を折ったというわけだ。


 そして、このことが俺にある気づきを与えてくれる。


 俺の行動次第で、他人の運命を変えることができるということだ。


 それがわかっただけで、この世界で生きるモチベーションが上がる。


「……すみません。気のせいでした」


「いや、そんなことはないと思うけど」


「旅人さんがまともな方で良かった」


「村長、後で話がある。覚えておけよ!」


「それより!」とルナに背中を押される。「急いだ方が良いんじゃないですか?」


「ん? ああ、まぁ」


 別に急ぐようなこともないが、このままここにいる理由もない。


「えー。もう帰っちゃうのかよ。折角だし、俺の家でお茶でもしていきなよ」


「いえ、結構です」


 ルナがきっぱりと断って、俺の背中を押す。どんだけ帰りたいんだよ。


「ちぇっ、なら、名前だけでも教えてよ」


「俺の名前か……」


 こんなとき、言ってみたかったセリフがある。だから俺は、決め顔で言った。


「名乗るほどの者じゃないよ」


「お、おぅ」


 微妙な空気が流れる。


 くそっ、アニメとかだとカッコよく決まっていたのに、俺だとどうしてこんなにもダサくなってしまうのか! 服屋で見るとお洒落なのに、自分が着るとダサくなってしまうあの現象と一緒だ。


「んじゃ、そういうことで」


 恥ずかしすぎるので、俺は逃げるようにその場から去った。

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