第10話 再会

 シルフィから魔法のあれこれを教えてもらうようになって、一か月ほどが経った。


 ある日、シルフィに言われる。


「もう帰って良いよ」


「え」


 シルフィに言われると、ブラック企業の権化だった前世の上司がちらつき、胃が痛くなる。


「いや、もう教えることないし」


「あ、そういうことでしたか」


「あなた、優秀ね。思っていたよりも物覚えが良い」 


「ありがとうございます」


「それに、今のあなたは、清潔な見た目をしている。その姿なら、全然問題ない」


「……ありがとうございます」


 外見に関しては、素直に喜ぶことができない。だって、俺であって、俺じゃないし。


 前世の俺は、坊主が似合う可愛い系(自称)だったが、今の俺は、黒髪マッシュの生意気な面構えだ。


 前世だったら、自撮りして、『やべぇ。今日の俺、ブサイクだわ』と、そんな風には思っていない表情で、SNSに投稿していただろう。


「まぁ、あなたがここに残りたいというなら、残っても良いけど」


「いえ、帰らせていただきます。一か月間、本当にありがとうございました」


 シルフィには、空気の層以外にも、様々な風魔法を教えてもらった。


 だから、感謝している。精霊であるシルフィなら、善人の死亡フラグが立たないだろうから、安心して感謝できる。


「あら、そう。たまには、遊びに来てね」


「はい!」


 俺は荷物をまとめ、シルフィにもう一度お礼を言ってから、祠を後にした。


 祠のある場所を出ると、暴風が吹き荒れる。


 この騒々しさにも慣れてしまった。俺はそれくらいこの場所にいて、自分の魔法を磨いた。


 当然、臭いについても克服している。


 ロック鳥の気配。鋭い爪で襲い掛かってきた。


 以前なら、ある程度近づいたところで、気絶するのだが、今回は気絶することなく、ギリギリまで迫る。


 これは、俺の危機が迫っていることを示すと同時に、空気の層が機能していることも示す。


 暴風の中でも、空気の層が乱れることはなかった。


 そして、爪が俺の頭部に触れそうになったとき、ロック鳥の体が舞い上がって、そのまま崖に衝突した。


 風を操って、衝突させた――が、正しい言い回しか。


 いずれにせよ、俺は魔法でロック鳥を倒せるようになった。


 災害スキルの死亡フラグ自体はまだ折れていないが、それでもできることは確実に増えた。


 これで他の死亡フラグを折っていけばいい。


「そうだ。ルナにも連絡しておくか」


 ルナの人形を取り出して、呼びかける。


「俺の可愛いルナ。そこにいる?」


 この合言葉、マジで恥ずかしいから変えてほしいのだが、ルナは応じてくれない。


「あ、はい。います」


「良かった。今から帰る」


「ええっ、今からですか!?」


「ん。入口までは一時間くらいかな。んじゃ、よろしく」


 俺は人形をしまい、暴風の中を進む。


 それにしても、ルナは本当に良い人だな。


 俺がこの渓谷にこもってからも、ずっと村にいて、俺の帰りを待ってくれていたらしい。


 仕事をサボりたいとかだったら俺も安心できるのだが、そうじゃないなら早死にするだけだから、彼女がサボり魔であることを願う。


「そういえば、ちゃんと会うのも今日が初めてか」


 今までは、人形越しに話していたし、俺が見かける彼女はいつもマスクをつけていた。


 だから、素の彼女と対面するのは今日が初めてだ。


 三年後のビジュアルから察するに、可愛い人なんだとは思うが、『可愛い』は死亡フラグだから、ちょっと個性的なくらいだと嬉しいのだが。


「……ちょっと急いでみようかな」


 それで彼女の良い人度が分かる。


 予定よりも早く帰ってきたことに、文句を言う淑女だと嬉しいのだが……。


 俺は風魔法を発動し、体を浮かせると、そのまま風に乗って、先を急いだ。


 ――予定よりもだいぶ早く、15分ほどで入口についた。降り立って、村の方へ歩み出す。


 岩陰に人がいた。


 服装から察するに、あれはルナだろう。


 彼女を待たせるわけにもいかないので、俺は急ぐ。


 彼女に近づくにつれ、胸のざわつきが大きくなる。


 そして、彼女と対面し、胃が痛くなった。


 ルナは――可愛いかった。間違いなく、死亡フラグが立ってしまうほどに。


 髪は黒のショート。くりっとした目で俺を見つめている。メイド服がよく似合っており、俺の知っているルナよりも少し幼く見えた。


 彼女が可愛いことくらいわかっていた。しかし、まだ、ワンチャン別人の可能性がある。


「ルナか?」


「はい。ジャック様、ですよね?」


「ああ」


 はい。本人確定。可愛い女の子に出会って、悲しい気持ちになるのは、この世界に来て二回目か。


 彼女には『善人』と『可愛い』の二つの死亡フラグが間違いなく立っている。


 俺は、彼女の背後に、死神という名のサディスティックな変態が見えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る