第9話 ジャックとの出会い② ~ルナ視点~

*引き続き、ルナ視点です


――――――――――――――――――――


「ジャック様ともっと仲良くなるためには、どうしたらいいんだろう?」


 ある日のこと。ベッドの上で悩んでいると、声がした。


「恋のことで、お悩みかしら? なら、あたちと契約しなさい」


 窓の所に、黒いドレスを着たビスクドール(ドールちゃん)が立っていた。


 私は悲鳴を上げそうになったが、ドールちゃんの力で喉を締められる。


「あたちを見て、叫ぶなんて失礼しちゃうわね。静かにしてちょうだい。わかった?」


 私が頷くと、ドールちゃんは解放してくれた。


「あの、あなたは?」


「あたちは、ダーク・ドール。世界で一番高貴なドールよ」


「……なるほど。その、魔物なんですか?」


「このあたちが魔物ですって~~~~~!」


 ドールちゃんの髪が逆立ち、ガラスの眼球がぐるぐる回った。表情は変わらないが、怒っていることはわかった。怖いので、必死に謝る。


「ごめんなさい! ただ、素敵なあなたのことを知りたくて」


 ドールちゃんの怒りが収まる。


「あたちが素敵?」


「はい。素敵です!」


「ふーん。あなた、よくわかってわね」


「どうも」


「あたちは精霊よ。恋の予感がしたから、お姉さんであるあたちが、力を貸してあげようと思ったわけ」


「せ、精霊!?」


 精霊を見るのは、それが初めてで、自分とは無縁の存在だと思っていたから、普通に驚いた。後にわかることだけど、ドールちゃんは、闇の下級精霊だった。


「そ、それに恋の予感って、誰の話ですか?」


「あなたに決まってるわ。あなた、恋してるわね」


「し、してませんよ! まだ、そういうのわらないし」


「ふーん。なら、お姉さんとして教えてあげる。あなたのそれは恋よ」


「そ、そうなんですか? 恋、私が……」


 指摘されて、顔が熱くなった。私のジャック様に対する想いが恋らしい。


「ふふっ。あなた、可愛い乙女の顔をしているわ。どう? その恋、成就させてみたくない?」


「できるんですか?」


「ええ。あたちと契約すれば、素敵な魔法を教えてあげる」


「どんな魔法ですか?」


「恋する殿方といつでもどこでも繋がることができる素敵な魔法よ」


「そんなものが」


「どうする? あたちと契約する?」


 そのときの私は、魔法や契約のことを全く分かっていなかったけど、ジャック様に対する想いだけで、契約することにした。


「契約します」


「きゃはは。良い返事が聞けて良かったわ。あ、そうだ。あたちと契約したら、あたち以外の精霊と契約しちゃだめだからね?」


「はい」


 そして私は、ドールちゃんと契約を結んだ。


「はい。これで契約成立。それじゃあ、早速、魔法を教えてあげるわ」


「よろしくお願いします」


「今から教える魔法の名前は『オモイ・ドール』。この魔法を発動するために、準備してほしいものがあるの。人形を二つとあなたの髪の毛、あと、あなたが繋がりたい殿方の髪の毛よ。まず、人形の片方にあなたの髪の毛を入れ、もう一つの人形に殿方の髪の毛を入れる。そしてこれから教える呪文を唱えれば、あら不思議、いつでもどこでも好きな殿方と繋がれる『オモイ・ドール』の完成よ」


「……それだけでいいでんすか?」


「ええ。簡単でしょ? 人形は何でもいいわ。誰もが皆、あたちのように高貴ではないから、ドールを準備するのも大変でしょう」


「そうですね」


 思っていたよりも簡単そうなやり方だったので、早く試したくなってきた。


「で、その呪文というのは?」


「まぁ、待ちなさい。お姉さんとして、これだけは先に忠告しておくわ。この魔法は、確かに便利なんだけど、ただ、あなたを傷つけかねない諸刃の剣であることも知っておいてね」


「……わかりました」


 そのときの私は、その言葉の意味が分からず、ただの情報として受け取った。


「よし。じゃあ、呪文を教えるわ――」


☆☆☆


「俺の可愛いルナ。そこにいる?」


 ――ジャック様の言葉で我に返る。


 ドールちゃんと契約していないジャック様は、私が設定した合言葉を言わないと、私に連絡できないようになっている。


「あ、はい。います」


「良かった。今から帰る」


「ええっ、今からですか!?」


「ん。入口までは一時間くらいかな。んじゃ、よろしく」


 一方的に切れた。もう一度繋ぐことも考えたが、止めた。戻ってくるなら、入口で待つ。それがメイドとしての務めだ。


 私は準備を整えて部屋を出ようとした。


 が、マスクを持っていくかで悩む。


 そして、持っていかないことにした。


 ジャック様はスキルを克服するために渓谷へ行った。そこから戻ってくるということは、克服したということだ。


 一応、モーブさんに声を掛けてみたが、部屋で爆睡していた。


 お酒臭いし、昨日も酒場で飲んでいたのだろう。


 起こすのも悪いと思い、彼を残して入口に向かった。


 入口まで来たけど、当然、ジャック様の姿はない。


 手ごろな石があったので、そこに座る。そばに大きな岩があって、風よけになっていた。


「ジャック様、早く来ないかな……」


 ジャック様と言えば、渓谷に入る直前から雰囲気が変わった。


「実は、記憶喪失になったみたいで、自分のこととかも忘れてしまったんだ」


 ジャック様はそんな風に言っていたが、本当なのだろうか?


 実際、私のことも忘れているみたいだし、嘘は言っていないように見える。


 だとしたら、早く思い出してほしいな。


 でも、私のことを思い出したら、あのことも思い出しちゃうか。


 ――何だ、この人形。


 ――マジでキモいなあの女。


 ――いつも愚痴ばかりで、つまんねぇんだよ。


 私にとって都合の悪いところは思い出さなくていい。


 なんて願いは、欲張りか。


 記憶が戻っても、いつも通りのジャック様なら、それで良かった。


 ふと、気配がする。


 渓谷の方から人影。


 その人影が私に気づいて、走ってくる。


 その姿を見て、私は心臓が止まるかと思った。


 あの日、【厄臭】が与えられ、全てに絶望する前のジャック様がそこにいた。

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