第8話 ジャックとの出会い① ~ルナ視点~

*ルナ視点です


――――――――――――――――――――


 ジャック様が渓谷にこもってから一ヵ月になる。


 私は渓谷前の村で、ジャック様が帰ってくるのを待っていた。


 ジャック様が渓谷に入った直後に、旦那様の警備隊員がやってきて、無理やり連れ戻されるかと思ったが、事情を話すと帰っていった。


 それから警備隊員のモーブさんの同行を条件に、ジャック様の帰りを待つ許可を貰った。


 女の子が一人では大変だろうという旦那様からの配慮だった。


 そういった点も含めて旦那様には感謝しているが、相変わらず打算的な人だとは思う。


 あれほど渓谷行きを却下していたくせに、臭いが克服できると分かった途端、手のひらを返したのだから。


 そんな旦那様を見て、民衆は寛大な領主だと持て囃すするかもしれない。


 でも、腹の内を知っている私からすれば、ただの政治的パフォーマンスでしかない。


 ……まぁ、ジャック様のことを待つことができるなら、何でもいいけど。


 ジャック様からは定期的に連絡が来るから、彼が生きていることは知っていた。


 でも、何も知らない村の人たちは、どこか同情的な目で私に声を掛ける。


 彼らには、私が帰ってこない主人を待つ犬のように見えているのかもしれない。


 そんな人たちには、適当な顔で対応する。


 ジャック様が無事であることを知っているのは私だけでいい。


 とは言え、一ヵ月も待つのはやることが無くて退屈だった。


 だから最近は、宿にこもって、新しい人形を編んでいる。


 今度は、臭いを気にする必要は無いだろうから、布で作った人形をお渡しするつもりだ。


 もちろん、モデルは私。ジャック様には、この人形を私だと思って大切にしてほしい。


 私が、私の持つ人形をジャック様だと思って大事にしているように。


 人形を編んでいると、昔のことをよく思い出す。


 と言っても、三年前のことだけど。私が、ジャック様と会った時の話だ。


☆☆☆


 私の家系は、代々シュー家に仕えてきたので、私も10歳の頃にメイドとして働くことになった。


 まだ子供の私が、大人と一緒になって働く。


 当然、大人のようにできないことも多いし、わからないこともたくさんあったから、毎日、怒られてばかりだった。


 その度に、私は物陰に隠れて、メイドの人形に不満をぶつけた。


「どうして、私だけあんなに怒られないといけないの?」


 人形からの反応は無い。だから私が、彼女の気持ちを代弁した。


「そうだね。誰も、ルナの頑張りを認めてくれない。どう考えてもおかしいよ」


「だよね」


 人形は私の全てを肯定してくれる。だから、彼女との会話が、私の救いになっていた。


 そうやって、日々のストレスを解消していたある日、いつものように人形と話していたら、声を掛けられた。


「何をしているの?」


 振り返って、言葉を失ってしまう。そこに立っていたのは、ジャック様だった。


 やばい! 見られた!


 私は焦る。私もわかっていた。自分のしていることが、異常なことくらい。でも、そうしないとやっていられない状況だった。


 しかし、そんなことを知る由もないジャック様は、私と人形を訝し気に見てきた。


「あ、いや、あの、これはですね、その」


 ジャック様は何も言わず、私の方へやってくると、私が落としてしまった人形を拾い、私に向けた。


「お嬢さん、どうして泣いているの?」


「……え?」


 最初、何が起きたか理解できなかった。だって、ジャック様が裏声で人形を操っていたのだから。


「とりあえず、おれ、私のハンカチを使いなさい」


 ジャック様は自分のハンカチを人形の手で挟んで差し出してくれた。


 受け取らないのも悪いと思い、私はハンカチを受け取る。


「あ、あの! ジャック様、ありがとうございます」


「私はジャックじゃないよ。えっと、エリッサよ!」


「……ありがとうございます。エリッサさん。ハンカチ、使わせてもらいますね」


 私は軽い気持ちで目じりの涙を拭った。でも、何度拭っても、涙が止まらなかった。


 ジャック様の前だというのに、私は、いっぱい、いっぱい泣いてしまった。


 そんな私を、ジャック様は優しく見守ってくれた。


 ――それが、私とジャック様の出会い。


 この日をきっかけに、私はジャック様と話すようになった。


 ジャック様は、エリッサとして、私の話を聞いてくれた。


 ジャック様と話していると、心が軽くなって、嫌なことも忘れることができた。


 だから私は、ジャック様と会うことを楽しみに、日々の業務を頑張った。


 そして、いつしか思うようになった。


 主と従者の関係じゃない別の形でジャック様と繋がりたい、と。


 ドールちゃんと出会ったのは、そんな風に思い始めたときのことだった。

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