第6話 風の峡谷

「お前がにおいの原因か、と村長さんはおっしゃっています」


 暗くてはっきり見えないが、100メートルほど前方に人影が見えた。あそこに、ルナたちがいるのだろう。人形を介し、会話する。


「そうです、と伝えてくれ。あと、『風の峡谷』に入りたい旨も」


「本来なら、村長が課した試練を合格した者にしか、渓谷に入る許可を与えないそうなんですが、ジャック様は特別に許可するそうです」


「ありがとうございます、と伝えてくれ」


「ただし、入りたいなら今すぐ入って欲しいそうです。その、においが、あれでして」


 ルナは言葉を濁しているが、要は俺の臭いがあの村まで届き、住人から苦情が来るレベルだったから、さっさと渓谷に入って欲しいのだろう。渓谷に入れば、風向き的に村への被害も少なくなる。


「わかりました、と伝えてくれ」


「はい。あと、村にいるときは、風魔法を浴びせ続けるそうなので、そのことについて理解してほしいとのことです」


「わかった」


 不快感が無いわけではないが、臭いんだから仕方がない。むしろ、こんな時間に許可を与えてくれたことに感謝して、先に進もう。


 俺は村へと近づく。


 近づくにつれ、俺への風当たりが強くなった。逆風の中を進む。


 村に入ると、左右からも強風が吹いた。見ると、50メートルほど離れたところから、住人たちが風魔法を発動していた。一人や二人ではない。総動員で俺の臭いを吹き飛ばそうとしている。


 クリーンルームにいるような気分で、道なりに進む。


 そして、渓谷の入口の前まで来た。そこまで来ると、風は後方からしか吹いていない。


「ジャック様! 頑張ってください! 私、待っていますから!」


 強風の中でもルナの声ははっきり聞こえた。


 振り返る。50メートルほど離れたところに人垣が出来ていた。暗くてよく見えないが、その中に手を振っている影がある。


 俺は手を振り返して、渓谷へと進む。


「ありがとう、ルナ。俺、頑張るよ」


「はい!」


 ここまで過ごしてみて、ルナが死んでしまうのも納得できた。


 彼女には、善人の死亡フラグが立っている。


☆☆☆


 渓谷に入ると、目を開けるのが困難になるほど、風が強くなった。


 風向きも無茶苦茶で、前後上下左右全ての方向から風が襲う。


 ゴーグルを装着して、この暴風の中を進んだ。


 しかし、夜ということもあり、適当な場所を見つけて、休みたい気持ちもあった。


 洞を見つけ、その中に身を隠す。


 二人くらいは入れそうな狭い洞の中は、それほど風の影響がなかったものの、たまに風が吹き込んできた。


 俺としてはその方が良かった。無風だと、自分の臭いで死にかねないからだ。


「さっさと寝るか」


 渓谷を進んだ先にボスがいるので、英気を養うためにも、しっかりとご飯を食べてから、俺は眠った。


 ――翌朝。


 入口を見て、ギョッとする。巨大な鳥が嘴先を突っ込んで死んでいた。


 ロック鳥である。ゲームだとレベルが65くらい。俺を襲おうとしたが、強烈な臭いで死んでしまったのだろう。


 カメムシもビックリの殺傷力は、逆に自信になる。レベル65ですら倒せるのだから、これはもう立派すぎる武器だ。


 俺は堂々と洞穴を出て、渓谷を進んだ。


 渓谷は相変わらず暴風が吹き荒れ、進むのが困難だった。頭の中にある地図に従って、先を急ぐ。


 進んでいると、風の流れに乗って、ロック鳥などの魔物が襲い掛かってきた。


 この暴風のせいで、近づくまで俺の臭いに気づかないのだろう。


 しかし、ひとたび俺に近づけば、感覚が狂い、そのまま崖に激突して動かなくなった。


 戦わずして勝つ。


 孫氏も首を傾げる兵法で、俺は魔物を倒し続けた。


 自分のレベルを確認することはできないが、ゲームだったら、レベルが爆上がり中だろう。


 そうやって進み続けていると、ぴたりと風が止む場所に出た。


 台風の目にも思えるその場所は、四方を崖に囲まれ、上空に青空が見える。


 そして、奥の方に神殿があった。風の上級精霊が住まう『風の祠』だ。


 祠に向かって、進む。


 が、その行く手を阻むように、黒い影が俺の前に降り立った。


 身体は巨大な鷲で、その頭部は勇ましい雄の獅子。


 祠の守護者――アンズーが、大声で咆える。


 頭の中で宗教音楽を思わせる荘厳なBGMが鳴り始めた。


 アンズーは、推奨レベルが70のボスキャラで、風を利用した強力な攻撃を繰り出す、HPゲージが三本もある難敵だ。


 アンズーは飛び立つと、挨拶代わりにナイフのような羽を飛ばしてきた。


 ジャンプして避けたが、体力的に避け続けるのは難しいだろう。


 そもそも、アンズーに長期戦を挑むのは賢いやり方とは言えない。


 アンズーは時間が経てば経つほど、強くなる。


 だから、短期決戦で倒すのがセオリーだ。


 羽ばたくアンズーに注意しながら、懐から秘密兵器を出す。


 閃光玉だ。


 アンズーの攻略法は熟知している。もちろん、行動パターンも。だから、ある行動を誘発するために、アンズーに向かって、閃光玉を投げた。


 閃光玉が炸裂。


 辺りが光に包まれる。


 アンズーは叫びながら、空中で悶えた。


 そして、大きく息を吸うモーションに入る。


 閃光玉で視界を奪うと、『風の息吹』を放つのが、アンズーの行動パターンだった。


 俺はそれに合わせて、履いていた靴を投げた。


 【厄臭】がしみ込んだ靴が宙を舞い、アンズーの口の中に吸い込まれる。


 ――瞬間。アンズーは落下して、地面で悶える。思った通りだ。アンズーには毒攻撃が有効だったので、俺の攻撃も効くと思ったよ。


 悶絶するアンズーを見て、やることがはっきりした。


 急いでアンズーに駆け寄り、飛び掛かる。


 ――俺は、その一発のために、ニンニク漬けの干し肉とイモをたくさん食べた。


 道中も誘惑を断ち、耐え続けた。


 ゆえにその一発は、最強の溜め攻撃とも言える。


 俺は、アンズーの鼻先にケツを向け、その一発を放った!


 プ~~~~~~~~~~~~~~~~~プヒィッ。


 沈黙。


 ずしんと重い音がして、アンズーは白目を剥きながら泡を吹いた。


 へっ、これが俺の一発!


 他の人には間抜けな高音に聞こえたかもしれない。


 しかし俺には、勝利のファンファーレに聞こえた。


 これがゲームだったら、三本のHPケージが一瞬で無くなる快感に酔いしれただろう。


 ギャグマンガみたいな勝利方法であったが、俺の勝利に偽りなし。


 しかし、アンズーがピクリと動く。倒しきれていないようだ。まだ、出るかな。


 俺がケツを向けようとしたところで、「もう止めてあげなよ」と声がした。


 祠に目を向ける。


 薄緑色の艶やかな女性が祠の上に浮かんでいた。女性は苦笑しながら続ける。


「ズーちゃんが可哀そうだわ」


 そのビジュアルは、俺の知る『クイーン・シルフィード』だったが、本人確認はした方が良いだろう。


「あなたは?」


「――クイーン・シルフィードよ。よろしくね、人間さん」

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