第5話 あれ? すでに立ってる?

 翌日。


 まだ薄暗い時間に、俺は厚着で離れから出た。臭い対策である。季節が秋ということもあり、少し温かい程度で済んでいるのは喜ばしいことだ。これが真夏だったら、汗が滝のように流れ、俺のスキルも猛威を振るっていただろう。


 俺は素早く裏庭を抜け、門に駆け寄る。


 ルナのおかげで門は開いていた。また、うまく門番の気も引いてくれたらしく、門番もいない。


「こっちです!」


 胸ポケットから声がした。ルナの人形である。顔を上げると、100メートルほど前方にルナがいて、手を振っていた。


 マスクをつけていても、近すぎると危険らしいので、彼女とは距離を取っている。


 遠目で見るに、彼女はメイド服を着て、マスクを被っているように見えた。リュックのようなものも背負っている。


「その恰好で、大丈夫なの?」


「はい! これが一番慣れているんで!」


「なら、いいけど。あと、本当に良いの? 今なら、俺を逃がしただけで済むんじゃ」


「もう。昨日も言ったじゃないですか! 逆に私を置いていくつもりなら、旦那様に報告しますからね」


「わかったよ。案内、よろしく」


「はい!」


 ルナが進みだしたので、俺も彼女を追いかけるように歩く。


 本音を言えば、道ならある程度分かるから、一人で行動したかった。


 しかし、【厄臭】が原因で、他人と会話するのが物理的に難しいため、ルナに協力してもらうことにした。


 一応、離れに手紙を置いてきたので、俺が渓谷に入った後は、追手に彼女を保護してもらうと思っている。


 それにしても、どうして彼女はここまでしてくれるのだろうか。


「なぁ、ルナ。どうして、そこまで俺のためにしてくれるんだ?」


「……ジャック様のメイドですから」


「メイドとはいえ、さすがに今回の行動はリスクの方がでかいんじゃないか?」


「ジャック様は、私のこと、ちゃんと思い出してくれましたか?」


「ごめん。それはまだ、断片的にしか」


「なら、早く思い出してください。そうすれば、わかると思いますよ」


「……なるほど」


 俺とルナの間には、Aルートをやっただけじゃわからない特殊な事情があるみたいだ。


 何だろう? 実は付き合っているとか。


 いや、でも、ルナは主人公の幼馴染だぞ?


 そんな彼女に、他の男と付き合っていた過去があってはならないだろう。オタクたちが暴動を起こすぞ。


 だから、そういった設定は普通設けないはずだが……『それ俺』の制作陣ならやりかねない。


 というか、やる。


 彼らはそういう変態だった。


 あれ? でも、そうだとしたら、主人公の脳みそ破壊フラグが不可避なのでは……? 


 もしかして、すでに立ってる?


「それより、ジャック様こそ、大丈夫なんですか?」


「ん。何が?」


「その、精霊と契約できそうなんですか? 風の渓谷は、かなり危険な場所だとお聞きしていますが」


「それは大丈夫……なはず」


 少なくとも、道なら覚えている。


 問題は、道中に出現する魔物だが、【厄臭】があるから大丈夫だと思う。


 敵として戦ったから、その強さが分かる。


 対策をしていなかったら、高レベルでも一瞬でHPが消し飛ぶ攻撃性を秘めたスキルだ。


 だから、このスキルを活用すれば、魔物も恐れるに足りないが、それは希望的観測に過ぎないので、あとは渓谷で確認するしかない。


 ただ、その力の片鱗は感じている。


 俺たちが歩いている山道は、ゲームだとレベルが30くらいある魔物が出現するのだが、全くその気配を見せない。


 彼らは本能で感じ取っているのだろう。


 この臭いの主が、とても危険な人間であることを。


 それから一日掛けて山を越え、『風の峡谷』の入口付近までやってきた。


 辺りは暗く、満天の星空が広がっている。


 結局、一度も魔物に遭遇することは無かった。


「その、気を悪くしたら申し訳ないのですが、ジャック様のおかげです。ありがとうございます」


 ルナも素直に感謝を伝えるのが難しい様子。


 俺も素直に感謝の言葉を受けとることができない。


 俺は……想像以上にカメムシだった。


 まぁ、でも、無事に到着できたし、自分のスキルに確信を持てるので、良しとするか。


 峡谷の入口には村があった。


 本来なら、そこで村民とのバトルがあり、村民に勝利することで峡谷へ入る許可を得るのだが、今日は遅いから、明日にした方が良いだろう


「ルナは、そのまま村に行って、宿で休みなよ。俺はその辺の浜で寝るからさ」


「え、でも」


「いいから。だって、俺があの村に入ったら、多くの人に迷惑を掛けちゃう」


「なら、私もその辺で寝ますよ」


「わかった。じゃあ、これは俺からの命令。ルナはあの村の宿で休みなさい」


「……わかりました。でも、何かあったら、連絡くださいね。あ、あと、食料とか貰ってきます」


「ありがとう」


 ルナを見送ってから、俺は海の方へ移動する。


 風が強くて、目を開けるのも大変だ。臭い対策のために厚着をしていたのだが、寒さ対策としても丁度よかった。


 風よけになりそうな岩を見つけ、その影に身を隠す。今日はこのまま眠ろう。そんなことを思っていたら、人形から声がした。


「あの、ジャック様。今、どちらにいらっしゃいますか?」


「ん? 浜の所だけど、どうしたの?」


「実は、村長さんに事情を話したら、許可がもらえました」


「え?」


「『風の峡谷』へ入って良いそうです。というか、行くなら早く行って欲しいそうです」

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